十一.五訓(屋根上決闘後・春雨前日)



なんだか何もかも、すげェ久しぶりだった。



晩冬の昼下がり。
万事屋の居間兼応接室、デスク前の椅子にだらしなく腰掛けて、銀時は窓の外に目をやった。
日差しは柔らかで、空気もそう冷たくない。春ももうすぐかね、なんて思わせる気候に、万事屋の窓は久しぶりに開いていた。
吹き込んできた涼やかな風がふわりと髪を揺らす。
冬が遠ざかっていく気配に、だが銀時は特に何の感慨も持たないかのように欠伸をした。
右手の小指で耳をほじる。

今、神楽と定春という二大凶暴生物が散歩に行っているせいで、万事屋は束の間の静けさを取り戻していた。
このまま寝ちまおっかな、と銀時は目を閉じる。
しかし手放そうとした意識は、障子戸を開ける音に遮られて戻ってきてしまった。

「銀さん」

自分の名を呼ぶ新八の声に、銀時は不機嫌そうに片目を開ける。
昼寝を邪魔するなんて野暮なヤツだ。

「なんだよ?俺ァ今、い〜気持ちで…」
「昼間っから惰眠をむさぼっていられる経済状況じゃないでしょ。今の万事屋は」

文句を非難で遮られて、銀時は口を噤む。なんか最近こいつ生意気になってきたなオイ。
まあ確かに、最近やたらでかい犬を拾ってしまった上に、ここ数日仕事が来なくて家計は火の車なのだが。
だからと言って、起きていれば仕事が来るというわけでもないし。

「家宝は寝て待てっつーだろうが」
「果報ね」
「イチイチ細けーんだよ!口に出したら判んねーはずだろうが!姑かお前は!!」
「アンタは姑をパシリに使うんですか?鬼嫁ですか?」

溜息とともに、はい、と新八は手に抱えていた小包を差し出した。

「宅配業者の人でしたよ。銀さん宛てです」

それを聞いて銀時は、さっきチャイムが鳴って新八を応対に行かせたんだった、ということを思い出した。
僅か数分の間にすっかり忘れていた。口に出したら認知症だ何だと蔑まれるので言わないが。

「あぁ?宅配便?」

新八の持つ小包に目を遣れば、それは妙に細長い長方形の包である。なに、蛍光管でも入ってんの?みたいな感じだ。
差出人を尋ねようとした銀時は小包の隅にTVショッピングのロゴを見ると、「ああ」と無感動な声を上げて受け取った。

「何なんですか、それ?」

銀時が訝しむ様子を見せなかったことに、新八は逆に興味を引かれたらしい。ちょっと身を乗り出して、小包を覗き込む。
銀時は新八から小包を遠ざけるようにして立ち上がった。

「コレはお前にはまだ早ェよ、新八君」

包装を剥かないままの小包を手に和室へ向かう。自分一人で開けますよ、という意思表示だ。
それを感じ取った新八は、驚き焦ったような声を上げた。

「ちょ、何?え、何なの?えぇ!?マジで何なんすかそれェェェ!?」

新八の声を背中で聞きつつ、銀時は後ろ手に襖を閉めた。



「やっと来たか」

和室の床に座り込み、銀時はガサガサと小包の包装を解いた。
ダンボールの箱を開けて中から取り出したのは、一本の木刀。
柄の部分に彫られた「洞爺湖」の文字は、銀時愛用の木刀のシンボルだった。

「仕事ねェってのに、痛ェ出費だなオイ」

木刀を右手に持って垂直に立て、矯めつ眇めつ眺めて、銀時は溜息を吐いた。

数週間前のことだ。新八の姉、お妙のストーカー退治を請け負って、その結果銀時は愛用の木刀を失った。
相手に折られたとかではなく、色々と訳があって自分で削ったのだが。
ともあれそんなわけで、銀時は通販で新しい木刀を購入したのである。
TVショッピングとはいえ、割といい木刀なので結構な出費だ。
銀時はバリバリと頭を掻いた。

それなりの考えがあって、自らの意思で木刀を手放した。のだが。
金はかかるし、新八や神楽には「卑怯な手」を非難されるし、自分は随分損をしていた。
一応、相手のストーカーのことも気遣っての行動だったのに、結局そのせいで斬りかかられるし…

ピクリ。

ここまで考えて、銀時は少し眉を寄せた。

そう、ストーカーと決闘した翌日のことだ。
知り合いのハゲ大工の依頼を受けて屋根の修理をしていたら、名も知らぬ男にいきなり斬りつけられた。
どうやらストーカーゴリラの仇討ちのつもりのようで、銀時には迷惑な話だった。
幸い受けた傷は浅く、もうしっかり塞がっているのだが。

銀時はあの日以来、ふとした折にその時のことを思い出しては、眉根を寄せていた。
些細な諍いなど、数日も経てば相手の顔すら忘れてしまう銀時には珍しいことだった。
まあ、忘れないのにはそれなりの理由があるのだけれど。

「よ…っと」

銀時は立ち上がり、腰に木刀を差し落とした。
何日かぶりの重みに、思わず口端を上げる。やっぱりコレが無いとなんだか落ち着かない。

ちょっとその辺を散歩してこようと銀時は襖を開いた。



万事屋を出て、ぶらぶらと歩く。
新八には、ちょっとそこまで、とお決まりの文句を残してきた。
和室から居間に戻ってきた銀時に新八は何か問いたげな目をしていたが、腰の木刀には特に違和感を覚えなかったようだ。
当然と言えば当然である。
何故なら、銀時はここ数週間、木刀を佩いていないという違和感を周囲に与えないことに全身全霊をかけていたからだ。

銀時が木刀を持ち歩いていない、という事実に気付けば、新八や神楽はすぐにその理由に思い当たる。
ストーカーとの決闘の際に折ったのだ、と。
そうすれば、ガキどもは銀時の「卑怯な手」を思い出して改めて軽蔑の眼差しを送ってくるだろう。
…それならまだいいが、いや、良くはないのだが…

ひょっとすると、銀時がたかがストーカー退治のために、「卑怯な手」で片付けるにはあまりに大きな犠牲を払ったのだという不可解さに、 気付くかもしれない。
そして改めて、どうしてそんな、などと疑問をぶつけてくる可能性もある。
はっきり言ってそっちの方が遠慮願いたかった。

ストーカーにもお妙にも、何も失わせないために、自分は木刀を失ったのだ、などと。

今更そんなこと、わざわざ口に出して言いたくない。説明するのも面倒だし、第一アレだ、恥ずかしい。
軽蔑の視線も浴びて気持ちの良いものではないが、雨の日に捨て猫を拾う不良を見たクラスメイトのような目で見られるのも御免こうむり たいものだ。居心地悪い事この上ない。

新八に小包の中味を見せなかったのはそういう訳だった。

(でもありゃ、誤解したな、多分)

万事屋を出る前の新八の視線を思い出して、銀時は頭を掻いた。
TVショッピングからの荷物隠して、「お前にはまだ早い」って、そりゃオメー…
問い質すような新八の目は、疑問よりも軽蔑を多く含んでいた気がする。

(理不尽だよなァ…)

銀時はぼやく。

他人を気遣ったりしちゃってる自分を悟られるのが嫌で、わざと誤解を招くような言動で誤魔化しているというのに。
まんまと誤解されて蔑まれたり敵意を向けられたりすると、思惑通りのはずなのに何となく淋しいというか、やるせないというか…そんな 気分になってしまうのだから、人間というのは我儘なものだ。

自分の厄介な性格をさり気なく全人類になすりつけて、銀時は嘆息した。



「オーイ、メニューは?」
「はいよ。すぐ持ってくるから座って待っててくれや旦那。へへっ」

面白くない気分を払拭しようと、銀時は甘味処を訪れた。初めて入るが、新しい店ではない。ボロくて間口も狭く看板も傾いている、見るか らに儲かってなさそうなシケた店だ。でも案外こういうとこの方が味は良かったりすんだ、そう考えて縁台に腰掛ける。
奥に声をかければ、愛想の良い親父の声が返ってきた。看板娘もいねェのか。だから流行らないんじゃねェの?なんて思っていると、若い娘 がお盆にお茶を乗せて運んできた。

(あー、娘はいるけど看板にはならないわけね)

丸眼鏡をかけた大柄な娘の顔を見て、銀時は失礼なことを考えて目を逸らした。
いらっしゃいませ、と人の良さそうな声で挨拶し、娘は銀時の横にお茶を置いて去っていった。
ズズ、と啜ると、少し濃い。きっと甘味と一緒に味わうことを考慮してのことだろう。銀時はこの店の細やかな気遣いに期待が膨らむのを 感じた。

ほどなくして、先刻の娘と一目で親子だと判る丸眼鏡の親父が、団子を一皿持ってやってきた。
お茶の横に置かれた皿を見て、銀時は首を傾げる。

「オイ、俺はメニュー頼んだんだけど」

え?何コレお茶請け?サービス?そう問えば、親父は頭を掻いてへへっと笑った。

「ウチにはコレしかないんだよ。看板に『だんご屋』って書いてあっただろ?」

身を捻って見上げれば、傾いた看板には確かに「だんご屋 魂平糖」とある。
しかしだからと言って。

「団子、だけ?」
「俺ァそれしか能がないんで。へへっ」

悪怯れずに笑った店主の顔を見て、銀時は団子に目を移した。
今どき団子だけってお前…そりゃ流行らねェわな。
天人が来てからというもの、江戸の甘味は多彩になっている。ケーキだの何だの華やかな甘味が市中の人気を博していた。
銀時だって例に漏れず、パフェやらケーキやらチョコやらなんやらが大好きである。

ただし銀時は、団子も大好きだった。

「じゃあいただきます」

素直にそう言って手をのばす。
口に含んだ団子は、流石にそれ一本にしぼっているだけあって、美味かった。

「団子だけなんて今どき時代遅れだけど、うめェなオヤジ」
「はっきり言うね旦那、ありがとよ。へへっ」

親父は笑って銀時の横に腰を下ろした。
店主が何やってんだと思ったが、銀時の他に客もいないのだからいいのだろう。
親父は団子を頬張る銀時を眺めて、眼鏡の奥で意味ありげに目を細めた。

「俺を時代遅れというなら、旦那だってそうじゃないのかい」
「あん?」
「それ」

親父が指差したのは、腰から抜いて傍らに置いてある木刀だった。
銀時はちょっと居心地悪げに団子を噛んだ。

「今どきそんなもん腰に差して…真剣じゃないってこた、幕臣や攘夷志士っつーわけでもないだろうに」
「真剣…ね」

口の中で団子をモゴモゴ言わせながら、銀時は虚空に視線をさまよわせる。
そして、そっかアイツ幕臣だもんな、なんてぼんやり考えた。


先日屋根の上でいきなり斬りかかってきた男。
彼は躊躇いもなく真剣を抜き放ち、銀時にも真剣を貸し与えた。

無意識に左肩に手を置く。

刀傷を受けたのは本当に久しぶりだった。

それに。

真剣を抜いてしまったのも、本当に本当に久しぶりだった。


「旦那?」
「ん?あぁいや、別に。腰に何か差してねーと落ちつかねーんだよ。オヤジだってアレだろうが、なんか団子作ってねーと落ちつかねーっ つー感じでこの店やってんだろーが」
「そりゃあまあねぇ…」

まだ何か言いたげなオヤジを無視して、串を皿に置き、お茶を啜る。
さっき濃かった茶の味は、団子を食べた後ではちょうどよかった。
やっぱりこの団子に合わせたお茶を淹れていたのだ。なんとなく、という惰性でやっているような店ではない。
この店の団子を一口食べたときから、そんなことは判っていたのだけれど。

この店が団子一本にしぼっている理由を、銀時は自分から聞こうとはしなかった。
湯呑みから口を離して、ほぅ、と一息つく。


銀時が真剣を抜かなくなったのには、最初は大した理由があるわけではなかった。
廃刀令が布かれて、捕まるのも面倒くせェから腰の刀を木刀に替えた。それだけだ。
しかし真剣を振らない日々を何年も重ねるうちに、いつしか銀時の中で、真剣での戦いは攘夷戦争の記憶とイコールになった。
大切なものを護ろうとして、結局死体の山しか築けなかったあの戦争と。

大事に抱えてたモンを全部落っことしてしまった自分の無力と、後悔と虚無感と全部。
抜き身の刀と、イコールになってしまった。

だから。

真剣抜いて、何かを斬ってまで護らなきゃいけないもんなんて、もう作らないようにしようと思っていたのだ。
抜き身の刀は抜き身の心。剥き出しの魂は、受ける傷も与える傷もでかいから。
刃は収めて、木刀振るって、目の前で落っこちそうなもんだけ拾ってやることにして。

「周りの人の」大切なものを護るために。
「木刀を」振るということ。
それが、銀時がここ数年出ることをしなかった領域だった。
真剣を抜くか否か、というのは、銀時が自らはっきりと引いた、一つの境界線だった。はずだ。

なのに。

(なァんで抜いちゃったかなァ…)

それが、銀時が屋根上の決闘を忘れられない理由だった。


木刀が無かった、というのは、言い訳に過ぎないのだ。

のらりくらりとかわして、戦わずに済ます方法もあったはずだし、
刀を抜かずに、鞘のまま振るったってよかった。
確かにあの男は下手な誤魔化しを許してくれなさそうな眼をしていたし、鞘の重さというハンデを背負って勝てるかどうかは、ちと危うい かもしれないと思えたが。
それでも、どうしても真剣を抜かなければいけない、という状況ではなかったはずなのだ。

それならば何故、抜いてしまったのか。
今考えるとどうにも不可解だった。
あの男の挑戦に応えたことと、あの男を斬らなかったことは、確かに自分なりの武士道を護った結果だ。
しかしそれは、刀を抜いた理由にはならない。

では、何故。

「護りたいモンがあるのさ」
「あ?」

突然聞こえてきた声に、銀時は横に店の親父がいたことを思い出した。
見ると、親父はへらっとした表情を変えずに空を眺めていた。

「あんだって?」
「ウチはこれでも四百年続いてきた店でね。俺にも護りたい味ってのがあるんだよ。へへっ」

だからこれからも団子一本だ。
そう言って照れくさそうに笑った親父は、立ち上がって銀時に目を向けた。

「アンタも同じなんじゃないのかい、旦那」
「…………」

へらりと笑った親父に、銀時は何も答えずに立ち上がった。




万事屋に帰ると、いきなり定春に食いつかれた。
神楽が散歩から帰ってきたらしい。

「いだだだだだっ!なにしやがんだこのクソ犬ゥゥ!!」
「ワン!」
「ワン!じゃねェェェ!!」

帰るなりの絶叫に、新八と神楽が障子戸からひょこりと顔を出す。

「あ、帰ってきた」
「銀ちゃんおかえりネ」
「のんきなこと言ってねェでコレ止めろお前ら!」

二度三度と訴えてようやく、神楽が定春を宥めた。
文句を言ってやろうと睨みつけたら、ガキ二人はなんだか随分上機嫌な笑顔をしていて、毒気を抜かれた銀時は怒鳴るのをやめる。

「なにお前ら。なんかあったのか?」

聞けば、新八は顔を輝かせて答えた。

「仕事来ましたよ銀さん!しかも結構大きなお屋敷の人からで、報酬も良さそうです!」
「え?マジで?」
「明日家に来てほしいって電話で言ってたネ」
「え?お前が電話の応対したの?」
「あ、電話受けたのは僕ですよ銀さん。安心して下さい」
「あっそ。ならいいけど」
「お前らどういう意味アルかァァ!」

そのまんまの意味だ。言いながら、銀時はソファにどっかりと腰を下ろした。
仕事か。それを聞いて、ガキども…特に新八の機嫌がいいのも頷けた。手元不如意の今、報酬の期待できる仕事ってのはありがたい。
銀時も自然に口端を上げた。

「じゃあ、今日の夕飯は奮発して鍋にすっか?冬ももうすぐ終わりだし、なべおさめっつー感じで」
「マジですか!?」
「キャッホォォウ!」

銀時の言葉を聞いて、万事屋は俄然盛り上がった。
はしゃぐ二人を眺め、銀時も何だか浮かれたような温かいような気分になってしまって、目を瞑った。

『護りたいモンがあんのさ』

そう言って照れくさそうに笑った団子屋の親父の顔が頭に浮かぶ。
もしかしたら自分は今、それと同じような顔をしているのかもしれない。
そう思うと妙にむず痒くなって、銀時は詰まってもいない鼻をほじった。

もう認めてしまおうか。
団子屋からの道すがら考えていたことが具体的に形になって、銀時の目の前に突き出されていた。

護りたいモン、は、確かにあるのだ。

自分はただ、大切なものの存在を、剥き出しの魂で認めるのが怖いだけだ。
また失うかもしれない自分の無力が怖くて、木刀に事寄せて誤魔化していただけだ。
「真剣抜いてまで護るものなんて、俺にはもうありはしない」と。
本当は疾うに気付いていた。
木刀だろうと真剣だろうと、護りたいもののために振るっている時点で、何ら変わりないということに。

その事実から目を逸らすのはもうやめようか、と思った。
今更だけど、あの団子屋の親父のように、認めて受け入れてしまおうか、なんて。ガラにもないことを考えた。

それは。


屋根の上でいきなり斬りかかってきたあの男に、悪くないと思わされてしまったからだ。
大切なものを護るため、常時抜き身の魂が。
自分が受けるダメージを顧みず、「斬る」と迷いのないその瞳が。

大事なモンなんて二度と抱え込みたくないと思っていたのに。
大事なモン抱えてるヤツの瞳が、あんなに真っ直ぐだと知ってしまったから。
自分の手の中にも、既に抱え込んでしまっているものがあることを、認めるのも悪くないと。
それを護るためなら、魂を鞘から抜き放つのも悪くないと、思ってしまった。
覚悟さえありゃ、木刀も真剣も変わらないのだと。

あの時刀を抜き放ってしまったのは、きっと無意識にそう感じたからなのだ。

どこの誰とも知らないヤツにこんなこと思わされるなんて、なんだか面白くないのだけれど。


「銀さんてば!材料買いに行きましょうよ。何鍋にしますか?」
「スキヤキネ!スキヤキがいいアル!」
「ばっかオメー、いくら仕事が入ったからってまだ金は入ってねーんだぞ。そんなもん食えるか」

一蹴しつつ、そういや神楽がウチに来た日がたまたまスキヤキだったな、と思い出す。
いきなりあんなもん食わせるんじゃなかった、と後悔しきりだ。
…でもスキヤキか。俺も久しぶりに食いてェな。

神楽の誕生日とかには、スキヤキにしてやってもいいかも。
なんて考えて、自分の思考に苦笑した。
ああ、もうダメだ。俺。




なんだか何もかも、すげェ久しぶりだった。

刀傷を受けたのも。
真剣を抜いたのも。
自分の中に住みついた存在に、はっきりと目を向けるのも。
それを護りたいと思っている自分を、悪くないと思うのも。

その感覚は、まるでずっと閉め切っていた部屋の窓を開け放たれて、新しい風を入れられたようで。
ぶっちゃけ気持ちいいんだけど、自分の意思で窓を閉ざしていた俺としては、素直に認めるのはちょっと面白くねー、みたいな。
でも改めて窓を閉めに行くのも面倒くさくて。
本当は面倒だから閉めないんじゃなくて、窓から入ってくる風が清々しいからだと、心の隅では判っちゃいるけど。そうと認めるのは やっぱり癪だから。
メンドクセーなオイ、なんで俺が動かなきゃいけねーわけ?開けたら閉めてけってのアイツ…とかぼやいてみせるのだ。

…って、アイツって誰。

浮かんだ顔が名も知らぬ男であることが何だか不本意で、銀時は丸めた鼻クソを飛ばした。




その夜。

「ちょ、銀さん、明日朝から仕事なんですから、あんまり飲まないで下さいよ?」
「うるせーな。母ちゃんかお前は」

人んちの窓を勝手に開け放して行った不愉快な存在を押し流そうと、銀時は久しぶりにしこたま飲んだ。
新八の制止にも拘らず限界を越えて飲んでしまった銀時は、その翌日、ひどい二日酔いのまま、新八と神楽のために真剣を抜くことになる。




ーーー第十一.五訓、完