Boy, what's a name of that feeling ?



Act.1-April


四月初旬。
うららかな春の陽射しが差し込む朝の教室で、坂田銀時は机に突っ伏してまどろんでいた。
ここは2年B組。銀時は先日めでたく、一年から二年へと無事に進級したところである。

新年度が始まるこの時期には、生徒は様々なことで運を試されるものだ。
それは例えば、担任が誰になるかだとか。または、仲の良い子と同じクラスになれるかどうかだとか。
何しろこれから一年間を過ごすクラスなのだ。一年の計は元旦にありなんて言うけれど、実際肝要なのは四月だよな。銀時はそう思っていた。

さて、では今年の銀時の運は、どんなものだろうか。

担任は松平のとっつぁん。
顔はまるでヤーさんだし、偶にとんでもなく自分勝手で理不尽なことを言ってくるけれど、根はそんなに極悪でもない。ガッチガチに頭が固い真面目教師よりは話しやすいタイプだ。担任運は80点、といったところだろう。

クラスメイトは、知った顔と知らない顔が半々。
去年の銀時は三人の悪友とよくつるんでいたが、そのうちの二人、ヅラとモジャとは今年はクラスが離れた。
寂しいか、と聞かれれば、「別に」と銀時は応える。強がりではない。むしろ離れられてラッキーだと思っているくらいだ。あの連中は決して悪いヤツらではないのだけれど、色々と厄介なヤツらであることも確かだった。
発想も行動も突飛な上に、とにかく人の話を聞かない。聞かなすぎる。アイツらのせいでどれだけ無駄な苦労をさせられたことか。ヤツらは隣のクラスにいるぐらいでちょうど良いのだ。

だから級友運は90点。
…ただ、一人。

「オイ、銀時ィ」

コイツだけは今年も一緒のクラスなんだけど。

右目を眼帯で覆った目付きの悪い男が、後ろからガンガンと椅子を蹴ってくる――くそ、うっとうしいな。銀時は出席番号順の席順を恨んだ。
大体、なんで坂田の次が高杉なんだ。しすせそがクラスに一人もいねぇってどういうことだよ。机に伏せたまま、頭文字の偏りをボヤく。
ひょっとしてこのクラス、サ行俺だけ?マジでか。じゃあ何行が多いんだろ、と益体も無いことを考え始めたところで、またガツンと椅子を蹴られた。

「銀時テメェ、シカトしてんじゃねぇよ」
「うるせーな、何だよ」

渋々振り向けば、高杉はだらしなく椅子にふんぞり返った姿勢で、怠そうにこちらに問うてくる。

「お前、数学の教担知ってるか?」

教担、というのは教科担任の略だ。
担任運や級友運に次いで、教担運も結構重要。
クラス担任と違って、教科担任は始業式の日に周知されたりはしない。最初の授業時間に教室に入って来たのを見て、初めて知るのが普通である。

「知るわけねーだろ」

銀時は素っ気無く答えた。
今日は一学期最初の授業日。数学に限らず、全教科の教担をまだ知らない。生徒の中にはどこからか情報を仕入れてきたりするやつもいるが、銀時はそういうことにアンテナを張るタイプではなかった。
むしろ高杉の方が、そういう裏情報に詳しいはずなのだが。

「お前、知ってんの?」
「いや。古文は服部だと思うんだがな」

逆に問えば、高杉は不機嫌そうに首を横に振った。
ああ、つまり数学教担の情報だけ手に入らなくて気になってるわけか、と銀時は肩を竦める。

「ま、すぐ判んじゃねーか」

軽い口調でそう言って、前へと向き直った。
本当に、すぐ判る。何故なら今日の一時間目が数学だからだ。
2−Bは既に朝のHRを終えて、一時間目のチャイムを待っている状態である。あと数分もすれば話題の数学教担は姿を現すだろう。
…まぁだからこそ、クラスには教担当てを楽しむ空気が流れていたりするのだが。生憎と、今の銀時はそんな気分ではなかった。眠いのだ。
ノリの悪い銀時に高杉が背後で舌打ちをしたようだったが、それには聞こえないふりをした。

授業が始まるまでうたた寝しよう。
そう思って再び机に突っ伏した瞬間に、チャイムが鳴った。
同時に教室の戸が開く。
どうやら今年の数学教担は時間にはタイトな人間のようだ。くそ高杉め、俺の貴重な睡眠タイムを削りやがって、と、銀時は舌打ちしながら顔を上げた。

教室に入って来たのは、見覚えの無い男性教師。

しかし、そいつに見覚えがない生徒は少数派だったらしい。教卓にツカツカと歩み寄る男の姿を見て、教室はザワリとどよめいた。
女子から上がる声は歓声に近く、反して、男子から上がる声は呻き声に似ている。

「…げ」

背後からも聞こえた短い呻きに、銀時は高杉を振り返った。

「なに、アイツ知ってんの?」

尋ねれば、高杉は意外そうに片眉を上げる。

「アァ?お前、土方知らねーのかよ」

ひじかた、という名を反芻して、銀時は首を傾げた。聞いたことがあるような、無いような。
記憶を探りながら、改めて黒板の前に立った教師に目を向ける。

…若い。20代半ばといったところだろうか。スラッとした長身、前髪がちょっぴり長めなサラサラ黒髪、スッキリした顔立ちに、薄いレンズの眼鏡。
なるほど、女子から歓声が上がったのはこのルックスのせいか。銀時は何となく面白くないものを感じつつも納得する。
しかし気になるのは男子の反応だ。

「アイツ、めっちゃくちゃ厳しいんだよ」

げんなりしたような高杉の声に、三たび後ろを振り返る。
生徒指導の松平の授業ですら平然とサボる悪友が、今にも深々と溜息を吐きそうな顔をしているのを見て、こりゃ相当だなと銀時は眉を顰めた。
それにしても、去年同じクラスだったのだから、高杉とて土方とやらの授業を受けるのは初めてのはずなのに。コイツは一体どこからそういう情報を手に入れてくるんだろうか。

「居眠りしようもんならチョーク飛んでくるぜ」
「んな時代錯誤な」

高杉の言葉に思わずツッコむ。
そんな漫画みてーな教師、実際見たことねーよ。そう笑い飛ばそうとした銀時の台詞は、教卓から放たれた静かな声に遮られた。

「このクラスの数Aを担当する、土方だ」

短い自己紹介。面白味の欠片も無いどころか、愛想すら感じられない表情と声色。
銀時は納得して溜息を吐いた。…これは確かに、厄介だ。

「ガッチガチに厳しい石頭教師かよ…」

一番めんどくせぇタイプじゃねーか。
苦々しく呟いた銀時に、しかし高杉は少々複雑な声音を返した。

「あー…そいつはちょっと違うな」
「あ?」

何が違うんだと聞き返そうとした、その時。


しばらく黙って教室内を見渡していた数学教師は、右手に持ったファイルを徐に振りかぶり。
バシィィン!高らかな音を立てて教卓に叩き付けた。


「やかましいィィ!テメーら、いつまでゴチャゴチャくっちゃべってんだコラァ!初っ端から俺の話を聞く気がねェとはイイ度胸だな、あァ!?」


ぱかり、銀時は口を開ける。
高杉は、そら出た、とでも言うように口端に苦笑を滲ませた。



数学の教科担任、土方十四郎は。

クールなのは顔だけの、チンピラ教師だった。





Act.2-May


「坂田ァァァ!テメ、堂々と寝てんじゃねェよナメてんのかコラァァ!」

ガツンッ
怒号と共に飛んできたチョークに脳天を直撃されて、銀時は呻きながら顔を上げた。

当たった、なんて可愛らしい衝撃ではない。狙いすまして全力投球されたチョークは銀時の頭で勢いよく跳ね返って、コンッカラカラと硬質な音とともに教室後方の床へと転がっていく。

「いってぇぇ〜…なんだよ!ちょっとカクッと舟漕いだだけじゃねーかこの暴力教師!」

薄っすらと涙さえ滲む目で睨み付けて怒鳴り返せば、黒板前に佇む土方はユラリと剣呑なオーラを漂わせた。

「ほほぉ〜う…お前はちょっとカクッとしただけで机に突っ伏す体勢になんのか。そりゃあ船漕いでんじゃなくて転覆してるっつーんじゃねぇのか?」
「船底に突き刺さったチョークのせいで今まさに転覆しそうだっつーの。ああ、もうダメだわコレ沈むわ。ってなわけで保健室行ってきまーす」
「上等だコラァァ!」
「うおおぉぉ!」

椅子を蹴って立ち上がりかけた銀時の鼻先を、また高速で飛来したチョークが掠めていく。
咄嗟に身をのけぞらせていなければ確実に横っ面に刺さったであろうそれに、銀時は頬を引き攣らせた。

「あっぶねぇな!いちいち投げんじゃねーよ!」

銀時の抗議に、教壇に立つ男は不機嫌そうに眉を寄せて舌打ちを一つ。

「…チッ、テメェのせいで白いチョーク無くなったじゃねーか。返せ」
「俺のせい?ねぇそれ俺のせい?」
「テメェのせいじゃなきゃ誰のせいだ。さっさと拾えコラ」

床に転がったチョークを当然のように顎で指されて、ヒクリ、銀時の頬が再び引き攣る。
…確かに、授業中に寝ていた自分も悪いのかもしれないけれど。

(普通の教師はそこでチョーク投げたりしねーんだよコノヤロー)

心の中で文句を言いつつ、銀時はチョークを拾うために身を屈めた。
言われるがままに拾うのは不本意だが、ここで渋ったら今度は黄色いチョークが飛んでくるに違いないのだ。土方はそういう教師である。
…本当に、よくPTAから抗議が来ないものだ。

近くの一本を拾い上げて、遠くに転がったもう一本に歩み寄りつつ軽く溜息。

最初の授業日に高杉が言った台詞は、冗談でも何でもなかった。
生まれて初めて白墨が宙を飛ぶ光景を目の当たりにした時は、それはもう驚倒したものだが。今ではそれがすっかり日常と化しているのだから、恐ろしいことだ。

――まぁ尤も、その破壊力を知って尚『鬼の土方』の授業で毎回毎回居眠りをする、なんて輩も、銀時ぐらいのものなのだが。

クラスメイトは最早、感嘆と呆れが綯い交ぜになった表情で銀時を眺めていて。数学の時間に舟を漕いでも、慌てて起こしてくれようとする人間はいなくなった。

ちなみに高杉は、最初から完全に面白がる顔で傍観している。土方のコントロールは凄まじく、後ろの席の彼にすら誤射が当たることはないのだ。
その投力の高さに野球部の顧問でもしているのかと思えば、高杉情報によると剣道部であるらしい。幼い頃から剣道一筋で人生を送ってきたとの噂。そこに投げる要素は欠片もない。
つまりアレは紛れも無く、チョークを投げることによって磨き上げられた技なのだ。まったく、今までに一体どれだけ投げてきたのやら。

とんでもねー教師。

二本目のチョークを拾い上げて、銀時は肩を竦めた。

あんなんで問題にならないのか、とは何度も思ったことだが…教え方はまぁ上手い方だし、女子人気は高いし、それに何より生徒が畏怖ゆえに必死で授業を聴くので、他の数学教師の受け持ちクラスに比べて土方のクラスは偏差値が格段に高いのだ。そんなこんなで、意外と評判は悪くないらしい。
ちょっと怖すぎるのさえ置いておけば、普通の良い先生だよ。とは、クラスメイトの弁。

しかし。
銀時に言わせれば、土方が教師として他と違うのは何もチョーク投げの一事ではない。

…例えば。


「オイ坂田、何ぐずぐずしてやがんだ。さっさと寄越せ」

苛立ったような声に促されて、銀時はへーへーとやる気のない返事をした。
見れば、土方はこちらを向いて軽く片手を上げている。

「おら、投げろや」
「………」

こういうところが、土方の変わっているところだと銀時は思うのだ。
自分が投げた物を尊大に拾えと言うくせに、教卓まで歩いて持ってこいとは言わない。
投げ返せ、なんて。
実に教師らしからぬ台詞だ。


厳しいけれど、厳格とは少し違う。
授業態度は怖ろしいのに、ヘンなところで緩さが垣間見える。


銀時はチョークを一本、思いっきり振りかぶると、ぶつけられた恨みを晴らすかのように全力で土方の顔目がけて投げ付けた。
土方は少し目を瞠って、眼前でパシリとそれを受け止め…

「…イイ肩してんじゃねぇか」

怒りもせずに、ニヤリと笑った。

――ホラ、そういうところも。銀時は苦笑する。



この、奇妙な気の置けなさがあるせいで。

銀時はこの無茶苦茶な教師を、何だかんだ言って嫌いになれないのだ。





Act.3-June


古文担当の服部が持病が悪化して休みとかで、その日の5限は自習だった。

自習、と聞いて素直に勉強するタマではない銀時は、早々に教室を抜け出して屋上に出てきていた。
近頃雨続きだった空は久々に晴れ渡っていて、陽射しは暑すぎない程度に明るく降り注いでいる。
絶好の昼寝日和だ。

屋上の柵を背にして胡坐をかき、ふわ、とあくび。
隣では、高杉が柵にもたれて煙草をふかしている。
そよ、と偶に吹く風に優しく髪を撫でられて、銀時は心地良く目を閉じようとした。

…の、だが。

ガチャ、キィッと音を立てて屋上の扉が開き。そこから姿を見せた人影に、銀時は低く唸り声を上げた。

「…げ」

やって来たのは、よりにもよってあの数学教担。
マズイ。口の中で小さく舌打ちをする。

うちのクラスは自習とはいえ、今はれっきとした授業時間なのだ。屋上でダラダラしているのを教師に見付かるなど、どう考えてもマズかった。
…何より、今。高杉の手には煙草がある。
立ち上がりながらチラリと隣に目を遣れば、高杉は今更慌てても無駄と思ったのか、隠そうともせずに煙草を指に挟んでいた。
オイオイせめて火を消せよ。銀時は顔を引き攣らせる。

土方は扉の前で二人の姿を認めると、真っ直ぐにこちらに歩み寄ってきた。…当然ながら、その表情は剣呑だ。

「授業中に何してんだテメーら」
「青空の下で自習中」

ギラリと目を光らせた土方の詰問に、高杉は飄々と答えた。
ああ、こりゃこっぴどく絞られるなチクショー。銀時はその瞬間に覚悟して溜息を吐く。

しかし。土方は意外なことに、あァ、2−Bは服部先生の授業か。と一言呟くと眉間の皺を解いた。
そのまま咎める様子も見せずに銀時の横の柵にもたれる。
ふぅ、と一つ吐いた息には、何の含みも無く。ただ空きコマに休憩しに来た教師、という風情だけを漂わせていて。

予期した雷が落ちないことに、銀時は拍子抜けして思わず尋ねた。

「……何も言わねーの?」
「アァ?自習なんだろ。なら別にいいんじゃね?」

いいのかよ。
土方の軽い返答に心の中でツッコみながら、つのる訝しさに眉を寄せる。

「いや、それもなんだけど…他にもあんだろ。言うこと」

今、土方が咎め立てすべきことは、授業時間内に屋上にいることだけではないはずだ。
ちら、と高杉の方を窺いつつ言えば、土方はパチリと瞬いた。

「は?他に?」

なんだよ、何かやましいことでもあんのか?と。
怪訝そうな顔でこちらを見た土方に、今度は銀時がパチリと瞬く。

…まさか、この距離でアレが目に入っていないということはないだろうに。

当惑して見詰める銀時の眼前で、土方は高杉の指先から細く立ち上る煙には目もくれず、スーツの内ポケットに手を入れた。
煙草のソフトケースを取り出して一本咥える。
それから胸ポケットやのズボンのポケットをパタパタと忙しなく探って…そこで初めて何かに気付いたように、キュッと眉を寄せた。
咥えていた煙草を一旦指に挟んで、銀時の隣に佇む男に目を向ける。

ああ、やっと気が付いたのか。意外と間が抜けてんのな…と、銀時が思ったのも束の間。

「高杉、火」

あまりに自然に放たれた言葉に、銀時は唖然として土方を凝視した。
高杉が何でもないことのようにライターを渡したのを見て漸く、呆れ返った声が出る。

「はああぁ?アンタ何してんの?」
「アンタとは何だコラ」

ジロリと睨まれて、いやいや言葉遣いを怒るぐらいならアンタ、と銀時は頬を引き攣らせた。
その銀時の視線が指すものに、土方はムッとしたように眉を顰める。

「んだ?教師が煙草吸っちゃ悪いってか」
「いやいやいや、それより高校生が煙草吸ってることの方が問題じゃねーのかよ」
「……ああ」

そういえば、と言わんばかりの顔をした土方に、銀時は額を押さえた。

なんつー教師だ。

この様子を見ると、どうやら土方は高杉が屋上で喫煙していることを前々から知っていたらしい。
火を借りるの何のという遣り取りも、これが初めてではないと見た。
所謂、喫煙仲間というヤツなのか。

(ホント、とんでもねー教師だなオイ)

初めてチョークを投げられた時もそう思ったけれど。

銀時は額を押さえた手の下で苦く笑った。
そうだ。そう言えばコイツは、色んな意味で破天荒な教師だったのだ。
厳しいくせに変なトコロで緩い。屋上での自習や喫煙は、土方にとって緩い方に属する項目だったということか。

(…いや、うん。まァ、悪くねーよ)

過干渉なほどギチギチに生徒指導されるよりは、ずっと好感が持てる。
ただし、それが教師として正しいかと言われたら、笑いながら首を横に振らざるを得ないのだけれど。

「俺が注意したところでやめねーだろ、コイツ」

フーッと煙を吐きながら高杉を顎で指した土方の態度は、ずっと前から高杉の喫煙を黙認してきたのだということを物語っていて。
仮にも生徒の前でそんな職務怠慢をさらけ出す土方に、呆れるやら笑えるやらで銀時は肩の力を抜いた。

横目で見れば、高杉がニヤリと口端を上げてこちらを見ている。
…思えば、コイツは土方が煙草を咎めないのを知っていたわけで。俺が一人で焦っているのを見て楽しんでいたに違いないと銀時は内心で舌打ちする。
ここは一つ意趣返し、と、尤もらしい声音を整えて土方に向き直った。

「それにしても何か一言ぐらい言えば?アンタ一応教師だろ。知ってて注意しなかったのが他のセンセーにバレたらどーすんだよ」
「あー…それもそうだな」
「オイ、今更めんどくせーこと言うんじゃねーよ」

銀時の言葉に思案するように煙草を揺らした土方に、高杉は渋面をつくる。

数秒考えた土方は、形だけでも何か言う気になったらしい。高杉に少し改まった顔を向けた。
真面目な表情で見られた高杉は益々渋い顔になる。余計なことしやがって、という目でジロリと睨まれて、銀時はニタリと笑みを返した。意趣返し成功だ。

「高杉」
「チッ…何だよ」

法律違反だとか今更言うんじゃねーだろうな、くだらねぇ。そう吐き捨てた高杉に、土方は至極真面目な顔で宣った。


「未成年のうちから煙草吸ってると、身長伸びねぇぞ」


ぶはっ、と、銀時が噴き出す。
高杉は一瞬唖然とした後、みるみるその顔に何とも言えぬ怒気を上らせた。

「………余計なお世話だ」

苦虫を噛み潰したような顔で低く呟き、ドンッと乱暴な仕草で柵にもたれ直す。スパスパと煙草をふかし続けるのは抵抗の証だろうか。やけに子供染みたその態度に余計に笑いを誘われて身体を二つに折れば、伸びてきた足にガツリと脛の辺りを蹴られた。

見れば、土方もクックとオカシそうに肩を揺らしていて。
どうやら土方先生は、高杉が身長が低めなのを気にしているとご存じだったらしい。銀時は内心でお見事と拍手を送った。

教師が生徒のコンプレックスをネタにして笑ってんじゃねーよ、とか。そういう常識はやはり、コイツには通用しないのだ。


ああ、やっぱり、とんでもない教師。

――それが、なかなかどうして。悪くない。


(…うん、俺やっぱ、コイツのこと嫌いじゃねーな)

それどころか、教師の中では結構好きかもしんない。と、銀時は口元を緩める。
まァ、あれだけチョークをぶつけられても嫌いだと言い切れない時点で、かなり好意的に見ていたということになるのだろうけれど。

青空の下で生徒と同じ目線で笑う土方は、教師というよりはもっと近しい存在として、悪くなかった。
あたかも対等な友人であるかのような。
まさか校内でも評判の「鬼教師」をそんな風に思う日が来るとは。状況の突飛さに銀時は苦笑を漏らした。

「なァ、坂田」

折りしも、まるで友人のように親しげに声を掛けられて、銀時は多少驚きながら土方を見た。
気付けばいつの間に来たのか、土方は銀時のすぐ隣で顔を覗きこむようにしている。ふわり、咥え煙草の煙が鼻腔を擽った。想像していたよりは軽い匂い。キツイと思っていた土方のイメージが端々で和らいでいくようだ、なんて、ボンヤリそんなことを考える。

「お前、なんで剣道部入んねーんだ」
「へ?」

益体もないことを考えていたせいか、それとも吐かれた台詞が完全に予想外だったせいか。銀時は間抜けな声を上げた。

――剣道部。
その単語におそらく聞き間違えはないし、何故自分がそんなことを聞かれるのかにも、実は朧げながら想像が付くのだが。

「…なんで俺が剣道やってたの知ってんの?」

高校に入ってからは剣道のケの字も口にしたことはないはずなのに。
訝しんで尋ねれば、土方は苛立ったようにキュッと眉を寄せる。

「ナメんな。俺ァ剣道部顧問だぞ?中学の県大会優勝者の名前ぐらい知ってるっつーの」
「…あー……」

そりゃ職務熱心なことで。
銀時はパリパリと首の後ろを掻いた。

確かに、そういう事実はあった。だが、それは銀時にとってはもう過去の話だ。
…なの、だが。
どうやら剣道部顧問の土方先生は、そうは思ってくれないようで。

「去年、新入学生の名簿にお前の名前見付けて、俺がどんだけ楽しみにしてたと思ってんだ」

ギラリとした目に睨みつけられて、銀時は頬を引き攣らせた。

「えーと…もしかして俺、今すげぇ責められてる?」
「当たり前だ。なんで帰宅部なんだよテメェ」
「いや、何でっつーか…いいじゃねーか別に」
「よくねーよ」

土方は即答で本人の主張を却下すると、ピシリとした声で宣告する。

「今からでも遅くねェ。坂田、テメェ剣道部に来い」
「ええぇ…ヤだよ今更そんなん」
「なんでだよ」

理由を話そうともせずに突っぱねる銀時に、土方はあからさまに不服そうな顔を浮かべた。

そして。

距離をとろうとする銀時の肩に、スイと片腕を回して引き寄せ。
逸らそうとする銀時の目を、下から覗き込むように捕らえて。


「イイじゃねーか坂田…なァ、俺とヤろうぜ?」


囁くような、蠱惑的な声に。



一瞬の間…銀時は、固まった。



…いや、バカな。そんなバカな。
あり得ないだろ。うん、それはあり得ねーよ。

――今の…に、心臓がドクリと変な音を立てたなど。

気のせいだ。
この破天荒で型破りな暴力的教師に、い、いいい色気的なモノを感じるなんて。
そんなバカなことがあってなるものか。


あり得ない。心の中で繰り返して、必死に深呼吸。
時間にしたらきっと0コンマ数秒。だけどその間に一生分の動揺と焦燥を味わったかのように、銀時の背中は汗をかいていて。

おお、熱烈だな土方、という愉しそうな高杉の声にハッと我に返って、銀時は慌てて土方の手を振りほどいた。

「いや、いやいやいや、俺より高杉誘えって!ほら、コイツも相当デキっから」

ササッと土方からさり気なく距離を置きながら、スケープゴートに高杉を指し示す。
奴とは同じ中学で同じ剣道部。腕は保証すると請け合えば――

めんどくさそうに眉を顰めるかと思われた高杉は、何故か余裕の笑みを刷き。

土方は溜息でも吐きたそうな顔をしてヒョイと肩を竦めた。

「とっくに誘ったっつーの。何度言っても全くやる気ねーからもう諦めたんだよ」


その台詞に。

原因不明の熱に沸騰していた銀時の頭が、サッと、冷えた。


「………あ、そう」

とっくに、ね。
気のない声で呟いて、ボリボリと後頭部を掻く。

…そりゃ、そうだよな。コイツらはずっと前から喫煙仲間だったみたいだし。
屋上にやってきた土方の数々の破天荒な言動に、高杉のやつは一度も驚いた顔をしなかったし。
高杉が一年の頃からの長い付き合い、というわけか。そりゃ、もうさんざん勧誘した後なわけだ。

「…………」

いや、だから何っていうわけじゃないんだけど。
銀時はまた、ガシガシと頭を掻いた。

そう、本当に。剣道部に熱烈勧誘されたって今の銀時には面倒なだけだし、同じく剣道を辞めた高杉が勧誘されたと聞いても、そりゃ大変だったな、という感想しか浮かばない。はず、なのだが。

「…………」
「…オイ、坂田?どうかしたか?」

黙りこくった銀時に土方が不思議そうな顔をするのを見て、ああ、そんな顔も初めて見るな、と思ってから。


「…別に。じゃ、俺もやる気ねーから」


何となく無性に面白くなくて。
銀時は怠い声で呟くと、ヒラリと手を振って屋上を後にした。





「んだ、アイツ」
「へえぇ…」

怪訝そうな土方の言葉に、心底面白がるような高杉の声が続く。

「土方ァ、ひょっとしたらアレ、脈アリかもしれねーぞ」
「ア?そうか?じゃあまた誘ってみっか」

首を傾げつつも、部員獲得の期待に口角を上げた土方の台詞は、しかし。
ニヤリと笑った高杉に、アッサリと首を横に振られる。

「いや、剣道部の方じゃなくてな」
「……アァ?」

じゃあ何だ、と眉を寄せた土方に、高杉はクックと肩を揺らした。




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黒川先生!サイトお疲れ様でしたァァァ!!

…と、いうわけで、黒川旭さん(@S/69)からのリクエスト「逆3Z」でございました。
遅くなってごめんなさい先生!こんなんでもよかったら受け取ってやって下さい…!

先生のサイトが見られなくなっちゃうのは淋しいけど、めちゃめちゃ淋しいけど!でも、いつでもいつまでも愛してるぅぅぅ!!