※八十六訓「恋にマユアルなんていらない」を銀土風味に改竄した話です。
恋にマニュアルなんていらない。けど謀略は少し欲しい。
松平のとっつぁんを自宅まで送り届けて、土方はパトカーに戻った。
しっかし警察庁のトップが、小娘に騙されて財布と警察手帳盗まれるなんざ…
情けねェなァオイ。と溜息を一つ。
沖田に車を発進させて、煙草を取り出し火を付けた。
(あ、ヤベ。煙草残り少ねェわ)
その辺の自販機の前で停まってもらおうと、胸ポケットの財布を探る。
(ん…?)
あるはずの手ごたえはそこには無くて、代わりに何か、固い紙切れのようなものが土方の指先に触れた。
嫌な予感に駆られつつ、それを取り出す。
それは、なんかつい先刻どこかで見たような一枚のカードで。
そこには次のように書かれていた。
『アンタの財布と命はいただきやした。怪盗Sプリンス』
「…オイ、何だコレァオイ」
「あーらら、土方さんも物盗りにやられたんですかィ。とっつぁんの話聞いたばっかだってのに情けねェ」
「違うよね?明らかにコレ違うよね?」
「鬼の副長ともあろうものが、どこの娘に引っ掛けられたんでィ」
「誰がいつ引っ掛けられた!大体プリンスなんだから娘じゃなくて男だろ、っつーかテメェだろーが総悟ォォォ!」
怒鳴れば、運転席の沖田はひょいと首をすくめた。
「なんだ、バレてたんですかィ」
「バレねェ可能性が欠片でもあると思ってたなら、そっちの方が驚きだわボケ」
ヒクリとこめかみを引き攣らせつつ、右手を運転席に突き出す。
「オラ、財布返せ。ったく質の悪ィ嫌がらせしやがって。しかも命って何だオイ」
「…そうですね、すいやせん」
珍しくも素直に沖田が詫びたので、てっきり神経を逆撫でする言葉を返してくるだろうと思っていた土方は目を瞠った。
いやしかし。騙されるな。こういう時は後に大きな爆弾が待っているのだ。
油断しかけた土方が身構えなおすと同時に、沖田はお望みどおりとばかりに言葉を続けた。
「まだもらってないモンを『いただいた』なんて過去形で書いちまって…すいやせん土方さん、今すぐ現実を文面に追いつかせまさァ」
「待てコラてめっ、てオイ、ちょ、うぉわァァァァァ!?」
沖田は涼しい顔で急ハンドルを切ると、上手いこと助手席の部分だけがぶつかるような角度で電信柱に突っ込んだ。
土方は叫びつつ必死に手を伸ばしてハンドルを奪う。
すんでの所で電信柱をかわしたパトカーが、派手なブレーキ音を立てて停車した。
左後部座席のドアが擦ったが、そのくらいの被害は仕方ないだろう。
「あぶっ、危ねェだろーがァァァ!洒落になんねーぞオイ!」
「チッ」
「なに舌打ちしてんだコラ!こっち向けテメェ!」
背中を冷たい汗でじっとりと濡らし、土方は今度ばかりは本気で怒鳴った。しかし、やはりというか何というか、当の本人は反省の色など
欠片も見せない。
残念そうな様子すら見えるその横顔に、土方は頬を引き攣らせつつ何とか怒りを押さえ込んだ。コイツにはいくら怒鳴ったってこっちが
疲れるだけだ。
溜息とともに、改めて右手を差し出す。
「悪ふざけも大概にしろってんだ。財布出せコラ」
「うわーカツアゲされるー」
「お・れ・の・財布をどこにやったっつってんだよ!」
ビキビキと青筋を立てつつ根気よく問えば、沖田はまるで何でもないことのように、ああその話ね、みたいなノリで、答えた。
「ああ、土方さんの財布なら」
「さっき裏通りを通ったときに、路地裏に放り投げときやした」
………………
「車戻せコラァァァァァ!!!」
あまりのことに数秒間まっしろになった土方の絶叫に対して、沖田の返答は実にあっさりしたものだった。
「嫌でィ」
「嫌でィ、じゃねーよ!さっさとしろ!」
「あ、近藤さんからメールだ。『今すぐパトカーで家康像前まで来てくれ』?了解しやしたー。土方さん、引き返すなら車降りて一人で
行って下せェ」
「てめそれウソだろそのメール!」
掴みかかろうとする土方の手をひょいとかわして、沖田は手をのばして運転席のドアを開けると、勢い余った土方を外に蹴りだした。
「いいからとっとと降りろや土方コノヤロー」
どっ、ガッ、と音を立ててアスファルトの路上に落とされた土方は、打った頭を抱えつつ慌てて跳ね起きる。
「総悟!てめ」
「財布投げたのは裏通りの北から数えて四番目ぐらいの路地だったような気がするようなしないような感じでさァ。頑張って下せェ」
抗議の声を遮って曖昧で頼りない証言を残すと、沖田は躊躇無く車を発進させた。
「あった…」
裏通りの北から四番目の細い路地で、土方は自分の財布を発見した。
放り投げられていたというよりはゴミ箱の影に隠されていて、それゆえ他人に気付かれることもなかったようだ。中味も無事である。
ほっとすると同時に、おかしい、と土方は首を傾げた。
沖田の仕業にしては、心なしか良心を感じさせる所業である。
証言通りの路地にあったおかげで見つけるのにそう時間もかからなかったし、隠されていたおかげで盗まれもしなかった。
普通に考えれば充分に質の悪い嫌がらせだが、あのサド王子にしては手ぬるい。
と、いうことは。
真の狙いは他のところにあるのだ、と長年の付き合いで土方は見た。
財布を探させることが目的じゃないなら、俺を一人でここに来させることが目的か。
車で戻るのを拒否して土方を一人蹴り出し、隠し場所を正直に告げたことから考えて、きっとそうなのだろう。
つまりまんまとおびき出されたわけだ。
では、ここに何らかの罠があるのだろうか。
(ここ、思いっきりラブホ街だしな…)
アレか、勤務時間中に制服で一人こんなトコ歩いてる俺を隠し撮りでもして、また根も葉もない噂を立てる気だろうか。
今まで散々な目に合わされて疑心暗鬼になっている土方は、周りを見回して気配を探った。
すると近くから、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だから大人って嫌い!!不潔よ!!淫よ!!インモラルよ!!」
(………は?)
土方が目をパチクリさせたのは、それが場所に不似合いな子供の声だったからでも、言っている内容が意味不明だったからでもなかった。
(この声は…)
声の聞こえる方に目を遣って、土方は想像した通りの人物を見付けた。
ラブホの入口にかがみこんで、中を覗きながら叫んでいるアレは…
「チャイナ?」
万事屋んトコのチャイナ娘。なんでこんなとこに。
思わず声をかけると、チャイナは弾かれたようにこちらを振り向いた。そして土方を認識すると、目に涙を溜めていきなり跳びつき、
土方の腰あたりにしがみついた。
「うわァァんトッシィィィ!!銀ちゃんが!銀ちゃんがァァァ!!」
「トッシー言うな!って、へ?万事屋?」
少女の予想外な行動に慌てつつ、その台詞に聞き逃しがたいものを感じて、土方はホテルの中に目を向けた。
そこで、
ホテルの受付の前で志村妙と手を絡めて立っている、万事屋の坂田銀時と、目が合ってしまった。
「あ…?」
「ひ、土方…?」
その邂逅は、土方にとっても予想外だったが、銀時にとっては更に予想外だった。
なんでアイツがここに、とか、神楽のヤツなんでアイツに泣き付いてんの、どんな設定!?とかグルグル考えていると、しばらく黙って
こちらを見ていた土方が、ゆっくりと口を開いた。
「…お前、こんなとこにガキ連れてくんじゃねェよ」
「いや、あの」
「ホラ、来いチャイナ」
冷たく固い声に銀時が戸惑っている間に、土方は神楽の手を引いてさっさと歩き去っていってしまった。
「え、いや違、って、え?なにコレどういう状況!?オイ神楽!?」
大声で呼び止めても、戻ってくる気配はない。
銀時は大慌てで傍らのお妙に呼びかけた。
「やべーよオイ、やべーってコレ絶対アイツ誤解したってコレ。どどどうするオイ。追いかけるか、追いかけるか!?」
「ダメです。新ちゃんをあの女から守らないと」
銀時の慌てっぷりにも拘らずお妙の返事はあっさりしたもので、弟離れのできていないこの女は、新八のデートの尾行を放棄することを言下に
拒否した。それはもう、何を言っているんですか、ぐらいの口調で。
「いやまぁそれもそうなんだけどね、それも大事だけどこれも大事っつーか。だってホラこういうのは今すぐ説明しねーと、後で説明しても
なんかフワフワした感じにさァ」
「何ですか銀さん。あの人に誤解されるとそんなに困るんですか?」
「へ?い、いや、そりゃ」
お妙に聞かれた内容に、銀時は何だか妙に焦って言葉に詰まった。
あ、ああアイツに誤解されると困る?いいいやそんなことねェよ別にそんなんあんなヤツに何見られたって困ることなんか何もねェよホント
なにを焦ってたんだ俺?うん、どこの誰にどんな誤解されようと別に構やしねェ…っていや、そんなことはねェだろ!
お妙の疑問に流されそうになった銀時は、ふと我に返って思いとどまった。誰だって普通に困るわこんな誤解!
「いやいや困るだろ。お前だって困るだろーがそんな誤解」
自分を落ち着かせつつ「常識論」でお妙に返してみるが、しかしお妙はあっさりと首を横に振った。
「許婚だって嘘ついたこともあるし、コレがあの人からゴリラに伝わってストーカー被害がなくなるなら望むところだわ」
「いやいやいや尚更ダメだって!こんなことゴリラに知れたら、俺が命狙われるだけだって!」
「尚更?」
お妙の目がキラリと光ったような気がして、銀時は訳もわからずギクリと身体を強張らせた。
「尚更ってことは、ゴリラに命を狙われるなんてことが無くても、誤解されるのは嫌ってことですよね」
「そ、そりゃお前、当然だろ」
「私が前に許婚ですって嘘ついた時は、そんなに焦ってなかったじゃありませんか」
「いやだってそれはホラ、あん時はまだゴリラは初対面だったし。知らん人に嘘つくのと知り合いに誤解されるのとじゃ雲泥の差だって」
自分でもどうしてか判らないほど必死になって言い募る銀時に、お妙は納得したように笑って頷いた。
「つまり銀さんは、土方さんに誤解されるのがよっぽど嫌なんですね」
お妙のさり気ない言葉に銀時は一瞬固まった。
「だっ、いや、そ、まぁそうなんだけど、アイツに限らずだな」
「フフ」
あくまでコレは常識論で、土方は単なる知り合いAであって、というスタイルを貫き通そうとする銀時の言葉を遮って、お妙は笑った。
これは私の予想だけど。と前置きしてから、こう続ける。
「さっきそこにいたのが長谷川さんやお登勢さんだったら、銀さんはきっと『あーまァ後で説明すりゃいいだろ』って言ったと思うわ」
「………」
そりゃお前の無責任な想像だろ、と、言いたい。言いたいのだが、確かにそうかもと思ってしまった銀時は、何も言えぬまま口を閉じた。
ヤバイ、なんか判らんけどここで頷いたら俺すげェヤバイ気がするよ何コレ何この気持ち!?どうすればいいの?俺はどうすればいいわけェェ!?
「いいですよ」
「へ?」
もうぐちゃぐちゃに混乱してきた頭をどうにかしたくて黙っていると、お妙はにっこりと微笑んだ。
何のことか判らなくて問い返せば、お妙はにこやかに、本日最大の爆弾を銀時の脳に投げ込んだ。
「新ちゃんのことは私一人でなんとかしますから、どうぞ追いかけて下さい。土方さんを」
「……………」
銀時の頭の中は、キレイに真っ白に吹き飛んだ。
裏通りを出て歩きながら、土方は横にいる少女に何と言ったものかと頭を掻いた。
家族同然に慕っている男のあんな場面を目撃してしまった少女に、何を言えばいいのか。
この年頃の娘はデリケートだからな、言葉を選ばねェと…とは思うのだが、土方は何故だか先程から頭が回らなかった。
沖田に至近距離でバズーカぶっ放された直後のようにぐらぐらして、心なしか耳鳴りもする。
あーそうかニコチン切れか。と土方は煙草をくわえて火を付けた。
「…あー…まァその、アレだ。お前もショックだろうが…」
煙を吐き出しながら言えば、チャイナ娘は顔を上げた。傘の下からキラーンと光らせて見上げてくる瞳は、さっきまで涙を溜めていたのが
嘘のようにからりとしている。
「『も』ってことは、お前もショックアルか」
「なっ」
思いがけない問いかけに、土方は言葉を詰まらせる。
ショック?ショックなのか?い、いいいやそんなことねェよ何で俺があんなん見てショック受けなきゃなんねェんだ別にどうでもいいっての
アイツの色事なんざ興味ねェよマジで。俺はただちょっと驚いただけだアイツがどうのじゃなくて、
そうか、そうだ。土方は一つの答えを見付けてそれに安堵した。
俺はアイツがどうのじゃなくて、その相手が近藤さんの想い人だったことに驚いたのだ。
「俺ァただ、近藤さんにどう伝えたもんかと…」
「ショックアルな」
「聞けよオイ!」
せっかく見付けた答えをあっさり聞き流された上、逆に疑問を確定にされてしまったことに土方は怒鳴る。
しかし神楽は土方の怒りなど意に介さずに、周りを見回して、土方に尋ねた。
「お前、私を連れてどこに行くつもりネ?」
「は?……どこって、それァ、その…」
そういえば、俺はこのチャイナをどこに連れて行く気だったのだろう。
とりあえず裏通りから出たはいいが、コイツを屯所に連れて行くわけにいかないし、じゃあ万事屋まで送るのか?コイツは鍵を持っている
んだろうか。つーかメガネはどこ行ったんだ?
などとつらつら考えていると、チャイナは嫌な笑顔でわざとらしい溜息をもらした。
「何も考えてなかったアルか。よっぽどショックだったアルな」
「ってオイなんなんだその流れは!」
「誤解かもしれないアルヨ」
「…は?」
突然すぎる神楽の台詞に、土方は思わず聞き返した。
神楽はムフ、と聞こえてきそうな笑みを作ると、意味あり気な視線を送りつつ言葉を続ける。
「男女が並んで”ほてる街”を歩いてて誤解が生じるってのはドラマにありがちな展開ネ」
「いや、歩いてるっつーかホテルの中にいたし。誤解も何も決定だろアレは。つーかお前が『不潔』とか叫んでたんじゃねーか」
「愛が深ければ深いほど誤解も憎しみも深くなるネ」
「なっ、あああ愛ってなんだオイお前どこでそんな台詞覚えてんだコラ歳いくつだテメェ」
十代前半の少女のとんでもない発言に、土方は思わず言葉を吃らせる。
つーか何だよソレなんか判らんけどソレ今一番出しちゃいけねェ単語のような気がするんですけど何なんだコラてめェチャイナァァァ!
「問い質しに行くヨロシ」
「あァ!?」
グルグルしてきた頭を持て余して、土方は神楽の台詞に乱暴に問い返す。
しかし神楽は平然と、本日最大の銃弾を土方の脳に撃ち込んだ。
「そんなに気になるなら問い質しに行くヨロシ」
「……………」
土方の頭はキレイに撃ち砕かれた。
「つーかよ、神楽のヤツ、なんでわざわざアイツの前であんな誤解させるような言動したワケ?嫌がらせ?」
「結局、総悟のヤツは何のために俺の財布をラブホ街に隠したんだ?」
おかげでこっちは………
ーーーEND
だいぶ前に書いた話。
今読むと、色々拙い…(汗)