「いいかお前ら。ここから先は戦場だ。心してかかれ」
「おうヨ銀ちゃん!」
「…あの…本当に行くんですか?」
夜の小路。
闇に身を潜めながら真剣な声音を発する銀時に、新八は当惑したように聞き返した。
「何言ってるネこのダメガネ!今さら怖気付いたアルか!」
「ここを攻略せずして今日の目的は達せられねーんだよ!覚悟決めろ新八!」
「わ…わかりました」
二人にギラリと睨まれて、渋々頷く。月明かりでかろうじて見て取れる彼らの表情は、まさに本気と書いてマジと読むそれであって、新八には
自分の意見など罷り通る訳もないと判りきっていた。
「門番には目をくれるな。一気に奥まで突入して大物を狙え」
「了解アル!」
「先手必勝、迫力で押していくぞ。相手に機先を制されたら負けと思え」
「まかせるネ!」
銀時の指示に元気よく返事をする神楽とは対照的に、新八はごくりと唾を飲み込んで拳を握り締める。
こんなことして、本当に大丈夫なんだろうか。僕ら全員無事で帰れるんだろうか。
新八の緊張をヨソに、銀時はくるりと身を翻して敵地へと鋭い視線を送った。
深呼吸を一つ。
「よし…行くぞ!」
合図と同時に三人は路地から飛び出し一気に駆け抜けて、
「真選組屯所」の看板がかかるその門へ、門番を蹴倒す勢いで飛び込んだ。
「うおぉりゃぁああ!トリックオアトリィィィト!!」
大半の日本人にとってイベントの意味なんか自分で勝手に設定するもの
今日の夕方のことだ。
「ちょっと銀さん、何ですかその格好」
新八は、黒いマントを羽織って居間に現れた銀時を見て目を瞬かせた。
「何じゃねーよ。お前らもさっさと着替えろ」
そう言って銀時が床に放り出したものを見て、もう一度目をしばたく。
バサリと床に広がった白装束と毛皮の着ぐるみ。そして銀時が今着ている洋服。
それらは確か去年の肝試しで使って、流れで借りパクしてきてしまった衣裳ではないだろうか。
目を上げると銀時は牙を装着しようとしていて、間違いないと新八は確信した。あの時のドラキュラと狼男、幽霊の衣裳だ。
それは判ったが、しかし。
「着替えるって…?」
「また肝試しアルか?」
どうも腑に落ちない新八がソファから立ち上がれずにいると、神楽も酢昆布を齧りつつ首を傾げた。彼女も、銀時が着ているものが
肝試し大会のものだと気付いたらしい。
だが銀時はガリガリと頭を掻いてそれを否定した。
「バッカお前、なんでこんな時期に肝試ししなきゃいけねーんだよ。今日は何日だ。言ってみろ新八!」
今日?ビシリと指名を受けて新八は首を傾げた。
そりゃ確かに、秋も終わりかけのこの時期に肝試しは無いだろうとは思う。思うが、他にそんな格好をしなければならない理由があっただろうか。
今日の日付は10月31日だったはずだが…
「…ひょっとして、ハロウィンですか?」
はたと思い付いて新八が問えば、銀時は大儀そうに頷いた。
そう言われてみれば、ドラキュラも狼男もどちらかといえば肝試しよりもハロウィン向きの仮装だ。…まぁ、白装束の幽霊はちょっと毛色が違うが
それは置いておくとして、気付いてしまえば今日ほど仮装に相応しい日はない。
(…あれ?でも、パーティーとかあったっけ?)
納得しかけた新八は、また首を傾げた。
そんなものを万事屋で催す予定も、招待されたという話も聞いていない。どこかのイベントの手伝いをする依頼でも入ったのだろうか。
「銀ちゃんハロウィンって何アルか?」
「ハロウィンっつーのはな。年に一度、合法的に恐喝ができる日のことだ」
「いやそれ違うから。ハロウィンの定義間違ってますからね」
神楽の質問に答える銀時に条件反射のようにツッコミを入れてから、ふと気付いて頬を引き攣らせる。
「…ってまさか、アンタその格好で近所回る気ですか?」
「当たり前だろうが!菓子だぞ!?イタズラすんぞって脅すだけで菓子がもらえるんだぞ!?こんなおいしいイベント参加しないバカが
いるかァァァ!」
熱意に欠けた声で新八に問われた銀時は、途端に文字通り牙を剥いて叫び。
新八は成人男性の口から放たれたその台詞に、呆れを通り越し眩暈すら感じて怒鳴り返した。
「バカはアンタだァァァ!その行為が許されるのは子供だけでしょうが!ウチでやっていいのは神楽ちゃんぐらいだよ!」
「いいんだよ。男は死ぬまで少年だから」
「その言い訳はジャンプを買う時だけで充分だァァ!」
叫ぶ新八にの肩に、銀時は突然、ポンと両手を置いた。
いつになく真剣な目で覗き込まれて新八は思わず口を噤む。「いいか」と静かな声で語りかけられ、ついつい引き込まれるように耳を傾けた。
「ハロウィンを甘くみるな新八。上手くすりゃあ一週間分の食料がタダで手に入るんだぞ?飴にクッキー、チョコレート。かぼちゃプリンに
パンプキンパイ。場合によっちゃ団子や饅頭…」
「……………」
「うおぅ、マジでか!酢昆布もあるアルか!」
新八の後ろで神楽がガバリと身を起こす。ハロウィンというものに多大な興味を覚えたらしい。
微妙に間違ったイメージを抱いているに違いないことにツッコミを入れるべきなのだが、この時の新八は不覚にも、ごくりと唾を飲み込んで
しまっていた。
(そうか、タダか。そうだよな…)
万事屋の財政に苦しめられている身には、「無料」という言葉は大変甘美に響く。タダで食事できる場には必ずタッパーを持参する新八にとって、
銀時の並べた言葉は大変魅力的なものだった。
(やってもいいか…いいよな。うん)
「そうですね。やっぱり男は死ぬまで少年ですしね」
自分に言い聞かせるようにそう言って、新八は狼男の衣裳を拾い上げた。
神楽は既に嬉々として白装束に着替えている。
そんな子供達を見て、銀時は満足そうに頷いた。
こうして万事屋三人のハロウィンは幕を開けたのである。
…それにしても去年は何も言わなかったのに、どうして今年に限って。などと、新八に微かな疑問を抱かせながら。
三人はまずスナックお登勢に突入。神楽の据わった目に危機感を覚えたお登勢から結構な量の菓子をゲットした。
それに味を占めて近所や顔見知りの家を回りまくり、驚かれたり文句を言われたりしつつも戦利品多数。
そして今。
最後のターゲットとして、三人は「武装警察真選組」の屯所へとやってきていた。
…やっぱコレ、おかしくないか?新八はタラリと冷汗を流した。
ハロウィンに武装警察に「トリックオアトリート」って。ふざけてるにもほどがある。
しかも相手はあのチンピラ集団だ。そんなことをしたら何を言われるか判ったものではない。
そう言って新八は強固に反対したのだが、ここを狙うということは銀時が主張して譲らなかったのだ。
曰く。
こういう大人数が暮らしている場所には、それ相応の食料がある。
その上、あのゴリラはイベント好きだから、何らかのことを催していてもおかしくない。
もし何もくれないと言うなら、盛大に「トリック」…イタズラという名の嫌がらせをしてやればいいだけの話だ。
最後の提案に神楽がキラリと目を光らせて、その時点でもう真選組屯所を狙うことは決定事項となってしまったのである。
(つーかコレ、どっちかっつーと「トリック」目的なんだよな。多分)
門番を振り切って屯所の中庭に駆け込んだところで、新八は茂みにしゃがみこみ溜息を吐いた。
案の定、神楽は屯所に飛び込んだ途端「サド王子」にトリックオアトリートを挑みに(本来「挑む」ものではないはずなのだが)突進していって
しまい、銀時は銀時でいつの間にか姿を消している。
(…きっと土方さんトコだな)
新八は再度溜息を一つ。
仕方がない。
自分は近藤か山崎か、あまり怖くない人を探して事情を話してみようと、新八は狼男の衣裳を脱いで重い腰を上げた。
ハロウィンなのだ。
だったら甘味を強請りにいっても極普通じゃねェか。
そう思ったのだ。
銀時は屯所内をザクザクと迷いなく、一直線に進んでいた。
目指すは副長の自室。当然だ。
あの男から何らかの物をもらうまでは今日は絶対帰らねェ。
銀時はそう心に決めていた。
今から二十と一日前。
万事屋にやって来なかったアイツを恨んでいるわけではない。
…ないったら、ない。
ただちょっと面白くなかっただけだ。
誕生日、なんて。
祝ってもらうような歳でもないし。
そもそも無邪気に「ハッピーバースデー」なんて言い合えるような関係じゃない。
相手に聞かれてもいないのに誕生日を教えるのは、まるで祝ってくれと甘えているようで、癪。
相手に教えられてもいないのに誕生日を祝いに行くのは、まるでメロメロですと宣言しているようで、もっと癪。
そういうやっかいな関係だ。
だから、素直に祝ってもらえるなどとは思っていなかった。
だけど。
当日、予想以上に多くの知り合いから「おめでとう」と言われて。
万事屋ではささやかながらパーティーなんてものが開かれて。
神楽と新八からは、「え?コレ明らかにウェディングケーキじゃね?」と戸惑うようなケーキをプレゼントされて。
やたらめったらウマイそのケーキに、どうやったのかしらないが無理して高級なケーキを買ってきたのだ、と、子供らの気持ちに柄にもなく
温かな気分になって。
賑やかな時間が終わった、夜。日付が変わった瞬間に。
なんだか無性に腹が立ってしまった。
土方がその日が何の日か知らないはずはなかった。
もちろん銀時が直接告げたわけではない。だが実は銀時は遠まわしに、間接的に、土方の周囲からその事実が伝わるように工夫を凝らしたのだ。
だから知らないはずはない。
そうだよそこまでしたのに。
銀時はギリリと歯を食いしばった。
こっちがお互いのやっかいな性格を考慮してそんな小細工までしたのに、向こうはその苦労を全く無視って、どういうことですか。
これじゃ俺が一人でじたばたしてるだけみてェじゃん。
例えば巡回を装ってウチの前を通るとかさ?偶然装って顔合わせて「テメェ誕生日らしいじゃねェか。また一歩オッサンに近付いたな」ってな
感じで喧嘩売るとかさ?いつもの定食屋に入って、俺の宇治銀時丼に文句付けつつさり気なく奢るとかさァ!
俺らの微妙な関係性を崩さずに誕生日を祝う方法はいくらでもあるじゃん!
ちったァそういう頭を使えや!ジミーまで使ってこっそり誕生日を知らせた俺の立場はァァァ!?
まったく、ひねくれツンデレにも程があるぞオイ。
銀時は深々と溜息を吐いた。
まァいい。そんなヤツのためのハロウィンだ。
今日という日が本来はどんな日なのかなんて知らないが、大切なのは「トリックオアトリート」この言葉。
おもてなししてくんなきゃイタズラすんぞ、なんて脅しが罷り通る日。
甘い贈り物を強請るのにも、それに応えるのにも躊躇はいらない。今日は誰もがそうしているのだから、何もオカシイことなんてない。
最上級の言い訳が用意されているこの日に、誕生日の埋め合わせをしてもらおうじゃねェか。
きっちり「トリート」、おもてなししてもらうぜ。土方。
それを断るなら、ただれた大人なら誰でも一度は考えた事があるはずのイケナイ「イタズラ」でもさせていただくまでだ。
銀時は土方の自室の前に立った。
障子の向こうに人の気配。土方だ。
こちらの気配にも気付いているだろうに障子を開けようとしないということは、銀時が開けるのを待ち構えているのだろう。
開けた瞬間に斬りつけられるかもしれない。
もしそうきたら、身体を開いてかわして手首を掴んで、逃げられないように引き寄せてやる。
頭の中でシミュレーションをして、深呼吸を一つ。
「土方ァァァ!トリックオアトリートだコノヤロー!」
スパァァン!と音を立てて障子を開けば、そこには予想通り、待ち構えるように立っている鬼の副長。
ただし。
「よう、遅かったじゃねェか」
彼の表情は銀時の予想に反して、笑みを浮かべており。
刀に置かれているだろうと思っていた右手は、ウェイターがトレイを持つかのように四角い箱を支えていて。
「来ると思ってたぜ。ホラよ」
不法侵入を怒鳴りもせずに差し出されたその箱を見て、銀時は軽く混乱した。
来ると思った。
今日という日にそう言って差し出したということは、この箱の中身は、菓子類ということか。
用意していた、というのか。この男が。ハロウィンの菓子を。
あまりにも予想外の事態に、銀時はその箱と土方の顔を交互に見比べた。
「何してんだ。早く受け取りやがれ」
「オ、オイそれ…なんか箱からしてホールケーキみてェに見えるんですけど…?」
銀時の声が戸惑いに揺れる。
土方が銀時用の菓子を用意しているとしたら、「イタズラ」をさせないための防御策だろうと思っていた。
しかしそれならば飴玉一つで事は足りたはずだ。
なのに、わざわざそんな大層なものを用意するなんて、それは。
「ああ、正真正銘のホールケーキだぜ。しかも手作り」
「てっ…!?」
手作り、と言ったか。今。
銀時は酸素を求めるようにパクパクと口を開閉させて土方を見詰めた。
(そそそれってもしかして、ここここいつが作ったとか、そういうことか?え、マジでか。マジでか!?)
「ちょ、おま、『手作りは手作りでもゴリラの手作りです』とかいうオチはやめろよ?」
「近藤さんはケーキなんか作らねェよ」
恐る恐る張った予防線は、呆れたような溜息に一蹴される。
じゃあ、といよいよ目を瞠る銀時に、土方はニコリと笑みを浮かべて箱を突き出した。
「俺がお前のために心を込めて作ったチョコレートケーキ土方スペシャルだ。ありがたく受け取れ」
「ちょっ、待て待て待てコノヤロォォォ!!」
途端、ズザリと後ずさった銀時に土方は不満そうに眉根を寄せた。
「なんだよ」
「なんだよじゃねーよ!そっちこそ何だよその不吉なネーミングはァァァ!」
「土方スペシャルのどこが不吉だ!」
「そのスペシャルが付いた時点で大抵の食い物は食い物じゃ無くなるんだよ!」
「テメェどういう意味だコラァァァ!!」
「どうもこうも、そのまんまの意味だろーがァァァ!」
以前食わされそうになった「カツ丼土方スペシャル」を思い出して、銀時はブルリと身震いした。
カツ丼はまだしも甘味にそんなモノ。かける訳がないと言い切れないのがコイツの怖さだ。実際、団子にかけているのを見たことがある。
何にかけるにも躊躇いというものがないのだ。そこまで考えて、銀時はますます蒼ざめた。
「おおお前まさか、マジでか!?本気であの、甘味の王道、スイーツの王様『ケーキ』に、ああああの黄色いモンを…っ」
バッと箱を奪い取って、恐る恐る蓋を開く。
そこに入っていたのは。
「…アレ?」
例の黄色いヤツの影など見当たらない、チョコレート色したケーキ。
ガトーショコラかフォンダンショコラ、なんて名称が浮かぶようなその見た目に、銀時は拍子抜けしてパチパチと瞬きをする。
え?コレが土方スペシャル?なんて問いかけるように顔を上げれば。
「チョコレートケーキ土方スペシャル、別名『シークレットチョコレートケーキ』だ」
何気ない顔で土方が告げたのは、やはり不吉な香りがプンプンするその名。
「…なんだよシークレットって。何が秘密なんだよ」
嫌な予感に眉を顰めつつ尋ねれば、答えはあまりにもあっさりと返ってきた。
「隠し味」
「やっぱりかァァァ!つーか、隠れるかァァァ!!」
ついにプチンとブチ切れた銀時は箱を大きく振りかぶった。
勢いに任せて床に投げ付けようとした寸前、駆け寄った土方に奪い取られる。
「テメェ!何しやがんだ!」
「テメーが何てことしてくれてんだ!上にかかってるだけだったら内部をくりぬいて食えたかも知れねーのに!混ぜ込まれちまったら
どうしようもねーよ!食えねーよもう!」
「何言ってやがる、混ぜ込むとこがポイントなんじゃねェか!ぐだぐだ言わずに食ってみろウメェから!」
「うまいわけあるかァァァ!!」
銀時の絶叫に土方は顔を顰める。
そして箱を抱え直すと、やれやれとでも言いたげに溜息を吐いた。
「チッ、しょうがねェな…」
舌打ちとともに土方が箱の中からスチャリと取り出したのは、一本のフォーク。
それを使って恐怖のケーキをひとかけ切り出し、突き刺した土方は。
「ほら、アーン?」
ニッコリ笑って、それを銀時の口元に差し出した。
「いや、いやいやいやいや!ちょっ、お前…!」
なんか台詞に似合わないドス黒いオーラが立ち上ってるんですけどォォォ!?
うっかり流されようもないほど凶悪な空気を纏わせた土方の魔の手を、銀時は咄嗟に手首を掴んで押しとどめた。
そのままグググと、本気の力比べ。
土方は笑顔ではあるが目は全く笑っておらず、意地でも食わせてやる、とその瞳が語っていて。逆に銀時は、意地でも食うものか、と唇を
真一文字に結んだ。
それを見た土方は笑顔を象ることすらやめてチッと舌打ちする。
「なんでテメェはそんな頑なに拒むんだコラ」
「テメェこそなんでそんな頑なに食わせようとすんだよ!」
「決まってんだろ。お前のために作ったからだ」
「……………」
わざとらしい、と思いながらも、一瞬キュンとかしてしまった自分に眩暈。
くそ。卑怯だこんなん。
銀時はタラリと背中を伝った汗に、負けを認めざるを得なかった。
「だーっ!わかったよ食うよ食えばいいんだろコンチクショー!」
ヤケクソで叫んだ銀時の口にすかさずケーキが突き込まれる。
反射的に顔を引こうとするのをグッと堪えて、銀時はそれを口に含んだ。
「……ん?」
もぐもぐ。ごっくん。
「…………あれ?」
銀時は目を点にして首を傾げた。
マズくない。
…つーか、うまくね?普通にうめーよコレ。
だってマヨの味しねェし。俺の大好きなチョコレートケーキの味しかしねェし。
「だから言っただろ」
銀時が目を瞠って黙っていると、土方が肩を竦める。
その様子に、銀時は一気に肩の力を抜いた。
「なんだマヨ入ってねェの?なんだよ冗談かよビビらせんなコノヤロー」
「誰が入ってねェっつったよ。入れたに決まってんだろ。レシピ通り」
「へ?」
さらりと否定され、銀時は間の抜けた声を発した。
どこに最も驚くべきだろう。やはりマヨが入っていたという事実か、重大な異物混入を当然扱いされたことか、マヨが入っているにも
かかわらず美味だったことか、レシピ通りだということか…ってレシピ通り?
咄嗟に言葉が出てこずに銀時が固まっていると、土方は彼の眼前にピラリと一枚のレシピを提示した。
『シークレットチョコレートケーキ
材料:小麦粉、砂糖、マヨネーズ……』
「……………え?」
マジでか。
ゴシゴシ。思わず目を擦るが、材料の中に堂々と表記されているその名は消えようとしない。
土方の手書き、というわけでもない。写真と活字がキレイにならんだその紙はどう見ても本をコピーしたか、インターネットサイトの画面を
印刷しました、という雰囲気だ。
つまりはちゃんとしたレシピなのか。銀時は唖然としてその紙を眺めた。
なんだコレ。マヨ以外は普通の材料じゃねェか…ってアレ?卵とバターがねェ?あ、ああ、そうか。マヨって卵と油の固まりみてーなもん
だし、それで代用してるってことか。そうかそう考えりゃ別にオカシくねェのかも…?
…にしてもケーキにマヨって。まさかそんな発想するヤツがコイツ以外にいようとは。
「すげェなオイ。お前こんなレシピどっから見付けてきたんだよ」
アレか。マヨ神様のお導きか?そう尋ねつつ、銀時は左腕にケーキの箱を抱え込んで右手でフォークを奪い取った。マヨ味さえしないならば
このケーキを拒む理由は何もないのだ。そう判断した瞬間から既にMYケーキ体勢である。
土方はそんな銀時を見てフンと鼻を鳴らすと、ケーキの作り方なんか全く知らねェから、ネットで、と言葉を続けた。
「とりあえず『ケーキ』『マヨネーズ』『レシピ』っつーキーワードで検索したら見付かった」
「いやキーワード設定オカシイから。明らかに必要ねェのが一個混ざってるから」
すかさずツッコむも、ケーキをちゃっかり口に運びながらでは説得力がない。土方もそう思ったらしく、ニヤリと皮肉な笑みを浮かべて
みせた。
「食いながら文句言うんじゃねェよ。うめェんだろ?マヨの偉大さを思い知ったか」
「いや確かにうまいけどね。コレはチョコと砂糖の威力だから。マヨを卵がわりに使わなきゃならねェ理由はどこにもないから」
「負け惜しみはやめるんだな。素直に今までの自分を反省してマヨネーズに対する数々の暴言を謝りやがれ」
勝ち誇ったように言う土方に、そうかコイツこれが目的か、と銀時はフォークに歯を立てた。
このまま食べ続ければ、今後こいつのマヨ飯を非難する度に「マヨケーキ完食」の事実を持ち出されるだろう。それとこれとは話が別だと
言っても、こちらの立場が不利になることは疑いない。しかしだからと言って、ここでこのケーキを突き返すという気にもなれない。くっそ
考えたなコイツ。銀時はもごもごとケーキを咀嚼しつつ悔しげに眉を寄せた。
卑怯だ。
さっきも思ったが、今日のコイツは卑怯すぎる。
だって、「お前が俺のためにわざわざ作ったうまいケーキ」なんて。
俺が拒めるわけないと知っていて、それを戦略の一環にするんだから。
ひでェヤツだ。
銀時はフォークをケーキに突き刺して、また大きな固まりを口に運んだ。
しかも、なんだ。
今日という日にあらかじめこんなモンが用意されていたということは、読まれてたのか、俺の行動。
思いっきり読まれてたんですかコノヤロー。
ハロウィンに菓子を強請りに来ると、いや。
ハロウィンにかこつけて、お前からプレゼントを強奪に来るということを。
ひいては。
誕生日にもらえなかった甘さを、別のイベントで奪取しようとしたことを。
「いや。いやいやいや、ナイ。流石にそこまでは読まれてねーだろ」
「何がだ?」
「ぅどわっ!?」
思考が口から零れ出ていたらしいことに、銀時は叫んで身を引いた。
いつの間にか土方との距離が随分縮まっている。
何だ、と思っていると、土方はひょいと銀時が抱える箱を覗き込んだ。
既に大半が欠けているケーキに、目を見開いて瞬き。
「まさかお前それ、ここで完食する気か?」
「………悪いかコノヤロー」
土方の台詞に、銀時は悔しげに声を絞り出した。
ああオメーの思惑通りだよチクショー。戦略の一環だと判っていてもお前の手作り菓子を拒むことなんか俺にはできねェんだよ。悪いかボケェ!
奥歯をギリ、と鳴らしながら、したり顔でこちらを見ているであろう土方に目を向ける。
「へ…?」
するとそこに浮かんでいた表情は、得意気というよりもむしろ当惑、で。
ものすごい速度で無くなりつつあるケーキと銀時の顔をチラチラと見比べながら、何か言いたげに開きかけては閉じる唇。
銀時が思わずマジマジと顔を見詰めれば、揺れる瞳、パッと逸らされた。
瞬間、銀時の脳裏に走った閃き。
あー…コレ、ひょっとして。
「土方…?」
「な、なんだよ」
「うめぇよ、コレ」
「―…っ!」
銀時が微笑みすら浮かべて率直に感想を述べると、土方は大きく目を瞠った。
目元に少し朱が走る。
そして。
「ありがとうな」
そう言えば、今度こそ真っ赤に染まった土方の顔。
ああやっぱり。と銀時はニヤリと笑った。
誕生日祝いなんかできない。
だけどハロウィンには甘い贈り物を。
だって今日はそういうイベントだから。何もオカシイことなんてない。
そう思ってたのは、自分だけでは無かったという話。
「来るだろう」と準備していたということは、つまり。
「来ればいい」と期待していたということと、ほぼ同義。
わざわざマヨネーズを使ったのは、きっと嫌がらせにカムフラージュしたせめてもの抵抗。
それでもマズくはならないように、ちゃんとレシピを探してきて。
銀時が、来るか。受け取るか。食べるか。どう思うか。
今日一日、密かにほんの少しドキドキしていたんじゃないのか、なんて。
銀時がククッと喉で笑えば、土方は悔しげに唇を噛んだ。
その仕草こそまさに銀時の推測を肯定していて、銀時はいっそう楽しげに笑う。
誕生日の代わりに、ハロウィン。
卵とバターの代わりに、マヨネーズ。
ああもう、ホントに。ひねくれツンデレにも程がある。
でも。
「来年のハロウィンも期待しとくな、土方」
「ぐ…」
「その代わり、俺も来年の端午の節句には柏餅とか作ってみるわ」
「〜〜〜っ」
お互い近い日付にちょうどいいイベントがあって良かったな。ホント。
…なんて、そこまで口にしたらきっと殴られるから。
銀時はそれ以上何も言わずに、笑って土方を抱き締めた。
ーーー完
おまけ
「アレ?銀さん、せっかく大収穫なのに、今日はお菓子食べないんですか?」
「おいしいアルヨ?」
「あー、俺さっきホールケーキ食ったからさァ…」
「えぇ?そんなの誰から…あ、もしかして土方さんですか?」
「銀ちゃん、またニコ中にケーキもらったアルか?」
「…へ?またって…?」
甘…っ(当社比。コレで既に死にそうな私)
シークレットチョコレートケーキは実在します。
検索でhitするかどうかは知りませんが、
小林カ○代さんのレシピなので味は確かですよ。