「おー、ここか」
「ここみたいですね」
「この中にモンスターがいるアルか」

鬱蒼とした森を抜けて洞窟の入口らしきものを発見したところで、三人は顔を見合わせてニヤリと笑った。

「洞窟に巣食うモンスターを倒すだけで報奨金5万。なかなかイイ仕事ですね、きんさん」
「きんさんじゃねーよ。俺の名前はきんときじゃねーよ。違和感あるからやめてくんない、しんはち君」
「それを言うなら僕もしんはちじゃないんですけど。仕方が無いじゃないですか。本名は魔王に封印されてしまった的な設定になってるんだから」
「あーもーお前らの名前なんかどうでもいいアル。早く洞窟のモンスターぶっ倒して報酬ゲットするネ」
「どうでもいいとは何だコノヤロー。こちとら濁点一文字足らねーせいでやる気半減なんだよ。いまいち気合が入んねーんだよ。ほれ見ろこの死んだような目を」
「いや、それは元からでしょ」

グダグダと会話しながら、三人は洞窟へと足を踏み入れる。5万もの報奨金がついたモンスターを倒しに行くとは思えない緊張感の無さだが、それは腕に覚えがあるからだ。
パーティー内では最弱と思われるしんはちでさえ、中の上ぐらいのレベルはある。きんときとかぐらの強さはハッキリ言って異常だった。ここらにいるモンスターなど敵ではない。

5万はもう貰ったようなものアルな、これで当面の生活費は大丈夫ですね…などと話しながら歩を進めて行くと、洞窟の奥に大きく凶暴そうな影が見えた。待ってましたとばかりに三人は身構える。

しかし。


ズズゥゥン…


音を立てて、その体が崩れ落ちた。


モンスターは、ちょうど。彼ら以外の人間の手によって、見事に倒されたところだった。


「あああああ!!」

三人の絶叫が洞窟に反響する。
モンスターの絶命を確認していた二人の男が、驚いたようにこちらを振り返った。

「うるせーなァ。何でィアンタら」

二人のうちの一方、薄茶色の髪の青年が、きんとき達三人を見てパチリと瞬く。
きんときはビシリとモンスターを指差して声を荒げた。

「ちょ、何してくれてんの?何してくれてんの!?そのモンスターにはなァ、俺らの生活がかかってんだよ!何勝手に先に倒してんだコノヤロー!」
「それは私達の獲物アル!大人しくコッチに寄越すヨロシ!お前らなんかに報酬は渡さないネ!」
「ちょ、ちょっと二人とも…!」

しんはちが慌てて声を掛ける。確かに5万を逃してしまうのは痛いが、向こうにしてみればとんだ言い掛かりだ。彼らは報酬を横取りしたわけでも何でもなく、普通にきんとき達よりも先に来て、先にモンスターを倒しただけなのだから。
それなのにこんな言い方をしたら、下手をすれば乱闘になる。
恐る恐る二人組みの方を窺えば、案の定気分を害したらしい。茶髪の青年の方は大して表情も変えずに少し眉を上げただけだったが、もう一人の黒髪の男はビシリと額に青筋を浮かべ、こちらへ一歩踏み出した。
ギラリ、瞳孔の開いた危ない目を吊り上げて、怒鳴る形に口を開く。


「…!―――っ!!」


おや、と、しんはちは首を傾げた。
黒髪の男はきんときに向けて何やら怒鳴っているようだったが、その口からは声が全く聞こえてこないのだ。ただパクパクと開閉されているだけである。

(――この人、声が出せないのかな…?)

僕らは読唇術とか知らないから、これじゃ何を言っているのか判らないな…そう思ったしんはちは、茶髪の青年の方へと目を向けた。彼らはどうやら二人パーティーであるようだから、この青年に頼めば意思の疎通を手伝ってもらえるだろう。

…そう、考えたのだが。


「あァ!?瞳孔ガン開きの人に言われたくないんですけど!俺のはアレだ、イザという時にはキラめくからイイんだよ!」


「…え?きんさん?」

きんときが何の躊躇いも見せずに黒髪の男に怒鳴り返したものだから、しんはちは目を瞠った。
黒髪の男はきんときの台詞にますます眉を吊り上げて、また無音で激しく口を開閉させる。

「―!―――!」
「違うわァァァ!コレはトウヤ湖の仙人からもらった伝説の木刀なんだよ!ひのきの棒じゃねェよ!テメーの鈍ら刀と一緒にすんな!」
「―――っ!!――!」
「ハッ、妖刀?要は呪われてんじゃねーか!どんだけ攻撃力が高くても呪われた武器には手ぇ出さねェのが鉄則だろ。大方オメー、軽い気持ちで装備したら外せなくなったんじゃねーの?」
「…っ」
「おや、図星ですねィ」

声を出さない男と口喧嘩を始めたきんときを呆然と見守っていたら、茶髪の青年がニヤリと呟いたのが聞こえてしんはちは更に驚いた。
どうやら彼らの会話は本当に成立しているらしい。きんときが雰囲気だけで適当に口喧嘩しているとかいうわけでは無いのだ。
それでは一体、どういうことだろう。きんときが読唇術を体得しているなんて話は聞いたことが無いのだが。

「おいおいマジでか?バカだろお前バカだろ」
「〜〜っ、――――!!」
「んだとコラァァァ!テメ、自分がサラッサラストレートだからって天パ馬鹿にすんじゃねーぞ!全国の天パの皆さんに謝れバカヤロー!」

…ひょっとして、黒髪の男の声が聞こえていないのは自分だけなんだろうか。
きんときの態度があまりにも自然なので、しんはちはそんな気分に駆られる。しかし慌てて隣に目を向ければ、かぐらも変な顔をして彼らの様子を眺めていた。

「しんはち、アイツの声聞こえるアルか?」
「あ、やっぱりかぐらちゃんも聞こえない?僕も全然…。何できんさん、あの人の言ってること判るんだろ?」
「まったくだねィ」
「わ!」

急に近くから聞こえた声に驚いて振り向くと、いつの間にか後ろに立っていた茶髪の青年が感心したような面持ちできんときを見ていた。

「あ、あの、えーと…」
「おきたでさァ」
「おきたさん、やっぱりあの人、声出てないんですよね?」

しんはちがそう聞けば、おきたと名乗った青年はヒョイと肩を竦めてみせる。

「あのヤローは、どうも魔王のヤツに妙に気に入られちまったみたいでねィ。身体能力を次々封印されちまってんでさァ」
「身体能力を…?」
「最初に奪われたのは確か名前だったかねィ。それも、よくあるように一文字だけとかじゃなくて丸ごと奪われちまったんでさァ。呼び名が無いと不便だから俺はとりあえずちんかすって呼んでんだが」
「いやちょっとソレは…」
「それから立て続けに、HPの大半が無くなって」
「えええ!?それめちゃくちゃ大変じゃないですか!」
「で、次が声」
「どんだけ奪われるアルか。出血大サービスアルな」
「それでもって、最後が聴力でさァ」
「………え?」

おきたの言葉に、しんはちは一瞬自分の耳を疑った。

聴力。が、奪われている…?
…それは、要するに…

「あの人…きんさんの声、聞こえてないんですか?」
「そのはずなんだがねィ」

首を傾げたおきたの視線を追って、しんはちとかぐらは再びきんときの方へと目を向けた。
きんときは、未だにちんかす(仮名)と口論を続けている。

「―――!――!」
「こっちの台詞だボケェ!そのモンスター置いてとっとと帰りやがれ!」
「――――!」
「認めるかァァァ!うちのパーティーの困窮ぶりをナメんなよコノヤロー!」
「―――〜〜〜っ!!」


放たれた声は聞こえず、放った声も届かない。そのはずなのに。


「…何で通じてんだか、まったく不思議でならねぇや」


俺だってちんかすと会話する時は筆談なんだぜィ、と。
興味深そうな目で二人を眺めやるおきたの声を聞きながら、世の中には不思議なこともあるものだとしんはちは目を瞬かせた。




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名前が平仮名って読みにくいな!!!

…と、まァ、それはさておき…

一周年企画リク、「何らかの理由で言葉が通じない銀土パラレル(ex.耳が聞こえない、外国人など)」にお応えするつもりだったのですが…

コレじゃ、「言葉が通じない(はずなのに何故か通じ合っちゃってる)銀土」ですよね。
とんでもなく大きくリクから逸れたよどうしよう(汗)

す、すすすいまっせん(土下座)
リクエスター様、お気に召しませんでしたらご遠慮なくおっしゃって下さいぃぃぃ!