※オリキャラ、土方の肉親捏造を含みます。苦手な方はご注意下さい。

第三者、イコール、最強の立場


そいつを見かけたのは偶然だった。

新台入れ換えと聞いて行ったパチンコ、久々にプラスで終えて、上機嫌の帰り道。
甘味屋へ寄ろうと軽い足取りで歩いていたら、擦れ違った女が妙に気になって立ち止まった。
長身痩躯、肩を少し過ぎるくらいの長さのサラッサラストレートの黒髪、白い肌に整った顔立ちのクール系美人。
擦れ違う時にチラリとこちらを見て、少し瞠られた切れ長の目。
その目に。
どうも見覚えがある、と考えて、次の瞬間に理解した。
江戸広しといえど、あんな目を持つ人間は他に知らない。

(つーかあんな目ェしたヤツがごろごろいたら、もう江戸はお終いだよ。うん)

コレは面白いものを見付けた、と、俺は唇の端を吊り上げた。
どうしてあんな格好をしているのかはしらないが、どうせ仕事で変装中とかそんなんだろう。
俺を見ても知らないふりをしたのは、俺に気付かれていないと思っているからか。
…まァ何にせよ。
ここは存分にからかわせてもらおうじゃねェの。
パチンコの当たりといい、今日の俺は本当にツイている。

俺は楽しい気分を抑えきれずにクルリと踵を返すと、遠ざかりつつある背中に早足で歩み寄った。

「土方」

呼べば、そいつはやっぱり振り返った。
いや、変装中に本名で呼ばれてあっさり振り返るなよ。バカだろコイツ。
俺の顔を見て再び目を見開いた、女…の格好をした男に、俺は殊更にニヤリと笑みを浮かべてみせた。

「あれ〜?ど〜このお嬢さんかと思ったら、ヒジカタ君じゃねェの。いやいや、天下の真選組の鬼副長サマにそういう趣味があったとはねェ」
「………」

嫌味な台詞にすぐに怒鳴り返してくるかと思われた土方は、黙ったまま、じっとこちらを見詰め返した。
予想外な反応に俺は内心で少し首を傾げる。
…アレか。最悪の事態に遭遇してしまって咄嗟に反応できないんだろうか。無表情を装って、胸中は必死で打開策を練ってるとか?ああ、それ ありそうだな。
じゃあその無表情の仮面を剥ぎ取ってやろう。やはりコイツは怒鳴り返してこないとからかいがいがない。
俺はわざとらしく嫌な笑みを深めて言葉を重ねた。

「いやー、なかなか似合ってんじゃねーか。それもういっそのこと本職にしたら?いい職場紹介してやろーか。あ、仲介料はいただくけどな」

土方はただ、ゆっくりと一つ瞬いただけで、何も言わなかった。
俺は驚いて少しだけ目を瞠る。何コイツ、こんなに自制心の強いキャラだっけ?
コイツはもっと「え?副長がこんな短気でいいの?」ってくらい簡単にブチ切れるヤツのはずだが…

素を出させるにはもう一押し必要か、と、何故か意地になり始めている俺はもう一度口を開く。
しかし俺が揶揄の言葉を吐き出すよりも先に、薄く開いた土方の口が、静かな声を発した。

「…万事屋さん?」
「いや何で疑問系?つーか何その呼び方。アレか、キャラ作りか」

反射的にツッコミを入れてから、俺は違和感に眉を顰めた。
「万事屋さん」って。「さん」って何だオイ。うわ、なんか気持ちわるっ!

「何だ?あくまで別人のふりをして誤魔化しきろうとかそういう感じか?お前な、『土方』って呼ばれて振り返っちゃった時点でもうそれ 無理だから。明らかにチョコの匂いがするパフェを『チョ…ストロベリーパフェですv』っつって出すぐらい無理があるから」

だから気持ち悪い呼び方すんじゃねーよ鳥肌立つだろーが。顔を歪めてそう言えば、土方は小首を傾げて…あろうことか、こう訂正した。

「じゃ、銀時さん?」
「ゲホッ!」

さらにあり得ないことになった呼び方に、俺は思わず咳き込んだ。
何だそれ。ぎぎ「銀時さん」って、何だそれオイィィィ!!

「ちょ、やめてくんないソレやめてくんない!お前に『さん』付けとかされっとホントぞわっとくるから!」

ダラダラと嫌な汗を流しつつ一歩後ずさる。オカシイ。絶対にオカシイ。
発言内容もオカシイが、そもそも、さっきからコイツの纏う空気が普段と違いすぎる。
何というか…いつもの俺に対する、敵意、みてェな…あの威嚇するようなオーラが全く無い。むしろ好意的というか、そういう接し方。
そんなバカな。
大体、コイツが俺の名前を知っていたこと自体が驚きだというのに、何だこの驚天動地のダブルパンチは。

その上。
必死な俺の台詞に、土方は「ああ」と納得したような声を上げて言い直した。

「じゃあ銀時」
「ぶっ!?」

ダブルどころかトリプルになった衝撃に、グラリ、俺は眩暈すら感じてよろめいた。

…いや確かに、「さん」はやめろと言ったけど!言ったけどさァ!まさか下の名前で呼び捨てって、それはナイだろう。そんな今まで「どうしてそこまで」と思うほど頑なに 人のこと屋号呼びしてきた奴が、 何で今日に限って。アレか。女装して性格も変わってんのか。それってヤバくねェか。ホンモノになりつつあるんじゃねェのか。大丈夫かコイツ。 いやむしろ俺が大丈夫なのか。

混乱し始めた頭を抱え、叫びだしたいのをぐっと堪えていた俺に、土方の容赦のない声がかかる。

「…なぁ、銀時」
「なっななな何だよ」

相変わらずの呼び方に思わず吃ってしまって、そんな自分に気付いて舌打ち。
思えば、俺がコイツをからかおうと呼び止めたはずなのに。なんで俺の方がこんなに動揺させられているのだ。
ああ、くそ。
ガリガリ、頭を掻いて、せめてこれ以上の動揺は見せまいと土方に向き直った。
と。

「前から聞こうと思ってたんだが」
「あ?…おう」

土方の纏う空気がいつの間にか普段のものに近付いていて、俺は少し拍子抜けした。
いつも通りの、ぞんざいで尊大で威圧的な、冷静に見せかけて荒い、あの感じ。
肩の力を抜いてこちらも普通に応えれば、土方はひょいと手招いて道の端に寄った。いつまでも道の真ん中にいるのも邪魔だから、ということだろう。
それに付いて歩きつつ、俺はフと首を傾げた。

(…コレってひょっとして、俺、上手く誤魔化された?)

気付けば、土方の女装をからかえる雰囲気ではないし。もしかするとこの野郎、俺の揶揄をかわすためにわざと変な発言をして 動揺を誘ったのだろうか。
そうすると、俺はまんまとしてやられたことになるが…しかし。

(コイツ…そんな器用なヤツだっけ?)

むしろこういう、からかったりからかわれたりの喧嘩では、不器用でガキっぽくて直情的なタイプだったと思うんだが。

「…オイ」
「ん?あ、何だって?」

焦れたような声をかけられて我に返る。どうやら土方の台詞を少し聞き逃していたらしい。
聞き返せば土方は溜息を吐き、迷ったように視線を斜め下に彷徨わせつつ、ボソボソと言葉を紡いだ。

「だから、前から聞こうと思ってたんだが…」

ここで、ぐっと顔を上げて正面から俺の目を見据え…土方は、言った。


「お前、俺のこと嫌いか」


「………へ?」


想定外な質問に、一瞬、頭が付いていかなかった。
間抜けな声を上げて聞き返し、土方の目がこちらから逸らされないのを見て、聞き違いじゃないと悟って。
もう一度言われた言葉を反芻して、パチリ、瞬く。
眉を顰め土方の顔を覗き込んで、何言ってんだそんなん嫌いに決まってんじゃねェか何を今更…そう言おうとして、言葉に詰まった。

土方の瞳の奥に微かに宿る、悲痛なほどに真摯な色を見付けてしまったから。

(な…んで、そんな目すんだよ…!?)

ドクリ、と。自分の心臓が立てた音に驚いて息を飲む。
先程、いつも通りに戻ったと思った土方は、今度はまた全く別の雰囲気を纏っていて。
思わず身体を強張らせて言葉を失えば、土方の目が揺れた。

「……っ」

(おあ、ちょ…っ)

唇を噛み締めた土方の表情が先程よりも悲哀の色を濃くしているように見えて、俺は何故か慌てる。

…アレだ。関係ない話のようだが、俺はギャップというヤツに弱い男なのだ。
普段おしとやかで控えめな子の情熱的な一面。強気な娘の弱い部分。あまり笑わない子の笑顔。
お固くて神聖な雰囲気のある子が夜は別の顔、とか、はっきりいって堪らない。つーか俺だけじゃねェだろ?大半の男はそういうギャップに 弱いはずだ!
…で、それが今の状況とどう繋がるかと言えば。

「……やっぱり、嫌い、か」
「ーっ、う…」

俯いてしまった土方の発する声音が震えていることに、俺は思わず声を漏らした。
視線を彷徨わせつつ咄嗟に言葉を紡ぐ。

「や、そ、それほど嫌いっつーわけでもねェ…ような、気が…」
「本当か!?」
「〜っ!」

(ひ、瞳を輝かせるなァァ!)

ボソボソと早口で言った俺の言葉に過剰反応して、覗き込むように顔を近付けてくる土方に焦る。
プライドの高い普段のコイツからは想像もできないような、僅かな希望に縋りつくような瞳。
コイツが俺に向かってそんな目をすること自体も驚きだが、しかしそれより何より。
あんな曖昧で不誠実な台詞にそんな必死に食いつくとか、コイツどんだけ俺のこと好きなんだよ…って。

(すすす好きってなんだオイ!言われてねェよそんなこと!欠片も言われてねェだろーが何考えてんだ俺ェェェ!?)

いやまあコイツのさっきからの態度は確かに、「そう」としか取れない感じなんだけど!
でもそんな、ほらアレだ。別にどうでもいい相手からでも「嫌われる」ってそんな気持ちのいいもんじゃねェし?そういう感じのアレだろ コレは!つーかホラ、コイツが俺に特別な好感を持ってるとかそんなん、まずあり得ねェし!
別に何も決定的なこととか言われたわけでもねェし!な、そうだろ!?

声に出してもいないことに同意を求めるように土方を見た俺は…即座に後悔した。

土方は、不安と熱情が綯い交ぜになったような瞳に決意を宿して。
ひたすら真っ直ぐに、俺を見ていた。

「銀時…」
「へ、や、ちょ、おおおおま…っ」
「俺は」
「いいいいやいやいや、ちょ、まっ」

ぐっと俺の胸元の服地を掴み、一歩、俺との距離を縮める。
俺は後ずさって離れようとして、すぐに背後の家の塀にぶつかった。
ザッと背中を汗が伝う。

心臓の音が、うるさい。
しかもそれは困ったことに、恐怖とか嫌悪とか、そういう類のものによる鼓動ではないのだ。
それがマズイ。極めてマズイ。

「俺はお前が…」
「ままままま待てっつってんだコノヤロォォォ!!」

咄嗟に伸ばした右手で、土方の顔を押し返して言葉を遮った。
その後にどんな言葉が続くか判らぬほど、鈍感ではない。
だからこそ、聞けない。

聞きたくないというよりは、その決定的な一言を聞いてしまっては取り返しのつかないことになる、と。
そんな確信めいたものがあるから。

だから俺が必死になって、理性の発する警告に従っているというのに。
この男は。

「っ、聞いても、くれねェのか…?」
「ぅ…っ」

泣き出しそうな、顔。


だから俺は、


ギャップに弱いんだって言ってんのに…


「銀時…っ」


こんなのは、反則だ。


上る熱に霞む理性。
本能に動かされるままに持ち上げた手が土方の震える肩に触れようとするのを、俺は止めることができなかった。



「…ひじか」
「姉さん!」

突然、後方から聞こえた声に、肩に置きかけていた手がピタリ、止まった。
第三者の声に我に返った、というのもある。しかし手を止めた理由はそれだけではなくて。

…つーか、えーと、アレ…?
何か今の声、聞き覚えがあるんですけど…

持ち上げた手を空中で固めたまま、恐る恐る、振り返る。
そこにいたのは。

「姉さん、江戸に上ってきたならまず屯所に来てくれっつったじゃねェか。何でこんなところに…っつーか、何でテメェがいるんだ万事屋!」

真っ黒な制服着込んで、腰には刀。瞳孔なんてそりゃもう見事にかっ開いてズカズカと近付いてくる、男。
それは紛れもなく、天下の真選組の鬼副長サマ。

…って、アレ…?

正面に目を戻す。
そこには変わらず、土方が。女装した土方が…って、いや、え?

さっき、アイツは何と言った。

後方から近付いてくる男の台詞を反芻して…頬がヒクリ、引き攣った。

「……お姉さん…?」

引き攣った顔のまま、尋ねれば。
目の前の「土方」は、フフッと、それはもう可愛く悪戯っぽく、笑った。

「残念。バレちゃった(笑)」


……

………………


笑えるかァァァァ(怒)!!


「な、なな…」

上手く声が出てこない俺に、土方…の、お姉さんは、ニコリと微笑んで、何事も無かったかのように会釈した。

「どうも、弟がいつもお世話になっております」
「世話になんぞなってねェよ。つーかホント何でいるんだお前」
「………」

スッと横に並んで、揃ってこちらに目を向ける姉弟は…うん、ホント…そっくり…
でもまァ、そうだ。冷静になってよく観察してみれば、お姉さんは少し背が低いし、喉仏が無い。
どうして気付かなかったんだと自分を責めてみるが、土方に姉がいるなんてことを全く知らなかったのだから仕方がない。
「土方」と呼びかけて振り返ったことで確信したというのに…姉弟なんだから、同じ苗字で振り返るのは当然だったのだ。

なんてこった。

俺はガックリとうなだれた。

俺は土方の姉に思いっきりからかわれていた訳だ。
お姉さんは、俺が自分を弟と間違えているのだと察して、弟のフリをしてあんな冗談を…
うわ、ちょ、ひどくね?それ。

…あれ?ちょっと待て。

俺、なんでガッカリしてんだ……?

……………

「〜〜〜〜っ!?」

ザッと蒼くなった俺に、土方(本物)が不審そうに眉を寄せる。

「オイ、万事屋…?」
「な、ななななんでもねェよ!」
「……あ…?」

ガバリと顔を上げて否定した俺に、土方はますます訝しむような表情を浮かべた。
そして、フと嫌な予感に捕らわれたような様子で俺と姉を見比べる。

「ちょ、まさか姉さん、コイツに余計なこと言ったり聞いたり…」
「あら、私は余計なことなんて一切してないわよ。ねぇ万事屋さん」
「へ?あ、お、おう」
「めちゃめちゃ挙動不審じゃねェか。本当かよ」
「十四郎さん?姉を疑うの?」
「ぐ…」

さほど威圧的とも思えない台詞に押し黙った土方を見て、俺はこの姉弟の力関係を感じ取った。
つーか何だ。新八んトコといい沖田んトコといい、世間の姉弟っつーのはどこもこういう感じなんだろうか。

「…まァ、それはいいとしても、そもそも何で姉さんとコイツが一緒にいてしかも親しげなんだよ。初対面だろうが」
「あ。そういや…」

苦い顔をしつつ質問を変えた土方の言葉に、俺は思わず声を上げた。
そういえば、オカシイではないか。
俺はお姉さんが土方だと思ったから、からかうつもりで声をかけた。しかし。
お姉さんにとって俺は、コイツが言う通り初対面の男だったはずだ。
俺の発言から弟の知り合いだと推測はできても、それだけで見境無く、あんな…とんでもない悪ふざけを、仕掛けるものだろうか。
そもそも。

「…お姉さん、何で俺のこと知ってたわけ?」

お姉さんは迷いなく、俺を「万事屋」「銀時」と呼んだ。
なんでだ。
浮かんだ疑問を素直に聞けば、土方が弾かれたようにこちらを向いた。

「…ちょ、オイ、それァ…!」
「そりゃ、すぐに判りましたよ。あなたが万事屋さんだってことは」
「姉さんっ!」

事も無げに答えるお姉さんの言葉を、土方は何故か必死に遮ろうと声を上げる。
しかしお姉さんはそんな弟の様子など全く無視して、ニコニコ笑って言葉を続けた。


「万事屋の坂田銀時さん、のことは、弟からよく聞いていますから」
「姉さ…っ!!」

お姉さんの台詞、よりも。
それを止めようとする土方の悲鳴のような声と、真っ赤に染まった顔に、俺は目を瞠った。


「……オイ…?」
「っ!ね、姉さん!もう行かねぇと…!」

声をかければビクリと身体を震わせ、赤くなった顔を隠すように踵を返して、姉の腕を引いて歩き出す。

「あ、オイ、ちょ…っ」

反射的に呼び止めるも、土方は振り返る気など欠片もない様子で大股で歩いていく。

と、弟の手からそっと腕を外して駆け戻ってきたお姉さんが、ニッコリと天使のような微笑みを浮かべて。
弟に聞こえないような小さな声で、俺に囁いた。


「万事屋さん」

「あの子は私が育てたようなものだから、私、あの子の考える事は何でも判るんです」

「だから」


「私はあの子が言えないことを、代弁してあげただけですから、ね」


それだけ言って、彼女は弟のもとへと駆け寄って行った。
残された俺は一人、立ち尽くす。


…何コレ。どうすればいいの。


土方だと思っていた人間に迫られて、バックンバックンいってた俺の心臓。
別人だと判って一旦は静まったはずなのに、土方の異常な慌てっぷりとお姉さんの爆弾発言に、何故か再びフル稼働。
頭に上った血流は冷静な思考を妨げて、あんな突拍子もない台詞に、「バカ言ってんじゃねーっつーの」なんてツッコミすらできなくて。
目は勝手に、立ち去る姉弟の後姿を追って。


ちょ、何これホントッ、どうしちゃったの俺、どうしたらいいの俺!?


俺は一体、どうすればいいわけェェェェ!!?





ーーー完


一万打企画リク第一弾。
「土方さんだと思って女装or女言葉を馬鹿にしていたら、実は土方さんのお姉さんだった、という話」
…なんか、色々とごめんなさい(汗)

リク下さった方、ありがとうございました!すごく楽しんで好き勝手に書かせていただきました!
御期待に添えてなかったらすみません…っ
企画リク文は、それぞれのリクを下さった方限定でテイクアウトフリーとしますので、もしよろしければお納め下さいませ!