「土方さんアンタ、デートって何か知ってやすかィ?」
「……あ?」

ムカつく部下からの唐突な質問。
それが額面通りのことを聞いているのではないことは明確で。むしろ質問ですら無く、揶揄や嫌味の類なのだろうということは容易に想像がついて。
しかしどういう嫌味なのかは全く判らなくて、土方は眉を寄せて問い返した。

副長職は忙しくて、まともなデートもしたことないんでしょう。だからさっさと俺に譲って引退しなせェ、と言いたいのか。
ランチもディナーも犬のエサじゃ、デートしてくれる相手もいないでしょうからねィ、と言いたいのか。

目の前の相手が言いそうな台詞を想像してギラリと睨むと、沖田は呆れたような…いや、いっそ軽蔑ともとれるような眼差しを土方に向け、そのまま何も言わずに踵を返して去っていった。

「…何なんだコラ」

遠ざかる背中に不機嫌に呟く。

沖田の傍若無人っぷりは、今に始まった事ではない。
こんな意味不明なやりとりだって、いつものことだ。
だから。


その日の質問の意味が、後日最悪な形で提示されるとは。
この時の土方は想像もしていなかった。


その相違は紙一重


久々のオフ。

貴重な休みなのだから惰眠を貪ろうと思っていたのに、習性でいつもと同じ時間に起きてしまった。
顔を洗って着流しに着替えて、食堂で朝食を摂りつつ近藤に今日の隊務を確認。
食堂を出たところで三番隊長の斉藤に会って実践訓練の日程を話し合い、廊下の角を一つ曲がったところで監察の吉村に呼び止められて報告を聞き、沖田の部屋の前を通ればオフでも無いのに惰眠を貪っていて蹴り起こし一悶着。
やっと自室に辿り着き、さあ休みだ…と思っても特にやることも思い付かず。

とりあえず煙草を一服。
二本目に入ったところで、頭がいつの間にか仕事のことを考え出していることに気付いた。

いっそ寝てしまうかとゴロリと横になるも、眠気は訪れず。しばらくボーッとしていたがすぐに退屈に堪えかね。
無意識に手を伸ばして机の上に積み上がっている書類を一枚取ったところで、開いていた障子から顔を出した山崎に苦笑いされた。

「副長、せっかくの休みなんですから、どこかに出かけたらどうですか。屯所にいたら何だかんだ言って結局仕事しちゃうんですから」

呆れたようなその言葉に反論もできず、行き先も決めずに屯所を出た。

映画でも観ようかと映画館に行ってみるも、ちょうど上映時間の谷間で、わざわざ待つ気にもなれず。
昼食には早すぎるし、茶店で一服というのにも中途半端な時間で、かと言ってただ散歩し続けるというのも気分が乗らなくて。
フと目に入った公園に、気候も良いしとりあえずここでのんびりするかと足を向けた。


……のが、運の尽きだった。




「…オイオイオーイ、何ですか。ケーサツがこんなトコに何の用ですか。朝っぱらから物騒な面構えで公園の平和を侵害するんじゃねェよ。つーか俺の平和を侵害するんじゃねェよ」
「侵害してんのはテメェだ。俺はそこで一服すんだよ。どきやがれ」

朝からそこそこ賑わっている公園を見渡して、唯一空いていたベンチに腰掛けようと近付いたら、ふいに反対側から現れた人影が無遠慮にガサリとビニール袋をベンチに置いた。
半透明なその袋の中身がピンクの紙パックであることに実に嫌な予感を覚えて目を上げれば、そこにいたのは案の定、白髪天然パーマのあの男。
自然と眉間に寄った皺を隠そうともせずに睨みつければ、向こうもこちらの顔を確認した途端に忌々しげに口元を歪めた。

そして当然の如く、一つのベンチを挟んで始まった睨み合い。

「何ソレどういう横暴?このビニール袋が見えねェのかテメーは。俺の所有物が既に置かれてるんだから、このベンチは俺のモンだろーが。マナーを守れ」
「こういう混みあった公共の場では場所取りはしないのがマナーだ。さっさとそのゴミどかしやがれ」

言い捨ててビニール袋の隣にドカリと腰を下ろせば、銀時はヒクリとこめかみを引き攣らせてその横に座った。

「ちょ、ゴミっつったか今。コレまだストローも刺してねェんだぞ!中味丸々残ってるイチゴ牛乳のどこがゴミだ!テメーこそ存在自体がゴミのくせにふざけんな!」
「どういう意味だコラァ!つーか何勝手に隣に座ってんだテメェ!」
「何言ってんの?お前が勝手に俺の席の隣に座ったんだろーが!嫌ならお前がどっか行け」
「ふざけんなテメェが行け!俺は久々のオフで一服しに来てんだよ。テメェはこんなとこでダラダラしてねェで働けこのプー太郎!」
「働いてるわァァ!俺だって今日久しぶりの休みなんだぞ!ここんとこ珍しく連日仕事きてたから!」

袋から取り出したパックにブシュッ!と勢いよくストローを突き刺しつつ銀時は怒鳴る。
飲み物を開けたということはここを動く気は無いというアピールだと見て取って、土方は眉間の皺を増やしつつ煙草を取り出した。
これ見よがしに煙草を咥えた土方に、銀時の眉間にも皺が入る。

「チクショー、何日ぶりかの暇な日だから昼まで寝てやろうと思ってたってのによー。新八が急に掃除するとか言い出して『銀さん手伝う気ないなら出てって下さいよ邪魔ですから』とかって追い出しやがって。パチンコは今から行ってもイイ台取れねーし、どこ行くにも中途半端な時間だからとりあえずここらでまったりしようかと思ったら…何でよりによってお前に会わなきゃいけないわけ?」
「だあああ!全っ然違ェのに微妙に似てなくもないとこがまた腹立つ!!」

銀時のボヤきを聞いて土方は思わず頭を抱えた。

性格は主に勤勉さという点において正反対なのに、似たような思考パターンで、行動は図ったように同じ。
まったく嫌になる。

「ちょ、似てるとか何。勘弁してくんない?お前いくら俺の熱烈ファンでも日々の行動まで真似すんなや。はっきり言って引くわ」
「誰が誰の熱烈ファンだァァ!お前のその発言こそ引くわ!宇宙の彼方までドン引きするわ!」
「おーどこへでも行け!そして二度と戻ってくるな。ブラックホールに飲み込まれろ」
「いやむしろテメェが消えろ。どっかの噴火口に落ちて地下のマントルに飲み込まれろ」

忌々しいと思うなら相手にしなければ良さそうなものだが、この男の台詞は土方の神経を絶妙に逆撫でするので無視するということができない。半自動的に動く口が、淀みなく反論や悪態を紡ぎ出していく。
そして銀時も。日常的に気怠い目をしている面倒くさがりのくせに、土方の悪態には律儀に返してくる。それも即座に。一言えば十。

打てば響く、という言葉はこういう場合にも使って良いのだろうかと土方は考えた。
確かコレは基本的には褒め言葉であったような気がするのだが。

「誰が落ちるかァァ!俺ぐらいになるとなァ、噴火口がこっちを避けて通るんだよ!もし俺が落ちたとしたらそれはただの噴火口じゃなくて地底世界への入口だよ!」
「中学生かテメェは!何が地底世界だ!」
「天人がいるんだから地底人がいてもおかしくねェだろーが!そうやって端からいねェと決めてかかってるとそのうち足元掬われんぞ?オメーみてェなのは油断してる間に後ろから地底人にグサリだよ!」
「何の話だァァ!テメェは地下都市の地面に頭から落ちて死ねこのクソ天パが!」
「天パ関係ねェだろーがァァ!何だ?地面に勢いよく頭をぶつけることでこのフワフワを押し潰せとでも言いたいのか!?そんな強引なストパー誰がかけるかァァ!」
「誰もンなこと言ってねェェ!テメェのストパー方法なんか欠片も興味ねェっつーんだよアホらしい!」
「おまっ、生まれながらに負ったハンディキャップを必死に克服しようとしている人間に対して『アホ』とは何だコノヤロォォォ!」
「知るかうるせェェ!!」

一頻り怒鳴りあって、フイと互いに顔を背けた。
土方は深く吸い込んだ煙を溜息とともに吐き出す。
チラと非好意的な視線を隣に向ければ、ちょうど向こうも同じような視線を寄越したところだった。

束の間の無言は休戦ではない。牽制だ。
土方は苛々と眉間に皺を寄せた。

我先にとベンチに座ってしまったのは失敗だった。
食事処なら食べ終わってすぐに店を出れる。映画館なら上映が終わった瞬間に席をければいい。だが、特に目的もなくのんびりするだけのこの状況では、席を立つタイミングが掴めない。
先に立った方が負けということになるような気がするから、余計に。

(…クソ)

土方は煙草のフィルターを噛み締めて、公園の時計を睨み付けた。
いくら負けたくないからと言って、休日の公園にいつまでもこの男と隣り合っているわけにもいかない。脳の血管がブチ切れかねないし、そもそも絵的にオカシすぎる。

正午になったら席を立とう。
昼食を食べに行くのだという理由を付けて。

土方はそう心に決めると短くなった煙草を踏み消し、新しい煙草に火をつけた。



スパスパとふかす煙草の煙に文句を言われて悪態を返し。
ズルズルと聞こえるストローの音に嫌味を呟いて言い返され。
睨みつけていた時計の両針が、あと五分でぴったり真上で重なるという時。ふいに万事屋が席を立った。
思わず見上げると、銀時は「そろそろ昼飯行くかな」なんてわざとらしい独り言を呟いてから、チラリと憎たらしい目線を土方に送った。

「で、オメーはいつまでボーッとしてる気?アレか。一度腰を下ろしたらなかなか立ち上がれませんってか。そろそろニコチン毒が全身に回ってきてんじゃねーの?」

そう言ってニタリと笑うと、踵を返して去っていく。
土方は寸の間唖然としてその背中を見送っていたが、すぐに我に返って屈辱に身体を震わせた。

あの男は。
土方の視線を追って。席を立つタイミングを図っているのだと察して。
わざわざその五分前に立ち上がったのだ。
「先に立った方が負け」という状況を、最後の台詞で逆転させて。
立ち去り遅れた土方が敗北感を味わうように。

「…っ、あンの野郎ォォォ!!」

土方は怒りに任せてベンチに拳を振り下ろし、銀時が行儀悪くも放置していったピンクの紙パックを叩き潰した。




「らっしゃい!」

店の暖簾をくぐると、すぐに店員の威勢のいい声が飛んでくる。
土方は混雑した店内を見渡した。
いつも利用している定食屋ではない。本当は馴染みの店で自分用の特別メニューを食べたかったのだが、以前にそこで銀時と出くわしたことを思い出してやめた。
あの時、あの男も本来メニューに無いはずのけったいな丼を食べていた。おそらく常連なのだろう。行けば顔を合わせてしまう可能性は高かった。
ひょっとして向こうも同じことを考えて店を替えているかもしれないが、用心に越したことは無い。だから土方は馴染みの定食屋を横目で睨みつつ素通りして来たのだ。

この店に入ったのは、「うどん・そば」という看板が偶々目に留まったからだ。
初めて入る店だが、この混みようからして人気があるらしい。これなら味も期待できそうだと土方は少し気分を浮上させた。

「すいませんお客さん、相席でもいいですか?」
「あ?…ああ」

店員にそう声をかけられてちょっと眉を顰めるが、こう混んでいては仕方がないかと無造作に頷く。
…頷いてしまってから、フと頭をよぎった可能性に慌てて店員を呼び止めた。

「いや、ま…っ」
「じゃあ、そこの席へどうぞ。そっちのお客さんも」

やっぱり相席はやめてくれ、と言おうとしたのを遮られ、二人掛けのテーブルに案内され。


同時に同じ席に案内された客の顔を見て、土方はヒクリと頬を引き攣らせた。


「なんでテメェがここにいやがんだァァァ!」


「万が一」と思った事態が、あまりにもあっさりと眼前に突きつけられているという事実に眩暈すら感じる。
理不尽な現実に対する怒りにまかせ、場所もわきまえずに声を限りに怒鳴れば…目の前の銀髪の男も、まるで鏡に映したかのように盛大に不機嫌な顔をした。

「こっちの台詞だボケェェ!俺がせっかく店替えてやったのに何なのオメー!?」
「それこそこっちの台詞だこのストーカーが!」
「ストーカーはお前だろーが!やっぱゴリラの部下はゴリラか!?」
「ゴリラとストーカーを同義語にすんな!近藤さんはゴリラじゃねェ!」
「まずストーカーを否定できないところが問題だろーが!」
「そこは確かに問題だがテメェに言われる筋合いはねェ!」
「人の親切な忠告無視してんじゃねーよコノヤロー!」
「誰がいつ親切な忠告をしたァァァ!」

席にも着かずにギャンギャンと怒鳴り合い、睨み合う。
そんな二人に、店員が遠慮がちな…しかしはっきりと迷惑がっている様子で声をかけた。

「あの…お客さん」

困るんですけど。注文する気が無いなら出てってくれないかな。
そんな本音が充分に滲み出ている店員の声色に、土方は取りあえず口を噤んで席に腰を下ろした。
同時に銀時が向かいの席に着いたことは最早言うまでもない。
土方は舌打ちを堪えつつ、壁の品書きにザッと目を走らせた。

この上、もし注文までかぶったら堪ったものではない。
ここはさっさと先に注文してしまおう、と土方はすぐに口を開いた。
しかし。

「たぬきそば」
「きつねうどん」

内容は違うが、タイミングは完璧に重なった注文の声に、二人は再び非好意的な視線を交し合った。

同時に言われては聞きとり難かっただろうに、店員は聞き返すこともせず「きつねとたぬきね」と呟いて立ち去った。余程関わりあいになりたくなかったのだろう。
果たしてアレでちゃんと間違えずに出てくるのだろうか。ちなみに土方が頼んだのは蕎麦の方だが。
店員の態度に微妙に不安を覚えつつも、土方は銀時を睨む目を逸らさなかった。

不本意にもピッタリ同じタイミングで注文してしまったことが腹立たしい。
しかも自分がたぬきそばなのに対して、向こうはきつねうどん。
同じ物を注文するのも御免蒙るが、こうも図ったように対象的な注文だとそれはそれで腹が立った。

それは銀時も同じであったらしい。不機嫌そうに歪めていた表情をふいに変えて、フンと鼻を鳴らして馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「…は?お前そばっつった?この店で?蕎麦?あーあーバカだね〜。この店の看板メニューはうどんだろ」
「あァ!?なに言ってやがんだテメェ、常連でもねェくせに適当ぶっこいてんじゃねェ!店員とのやりとり見てりゃあテメェが常連かどうかぐらい判んだよ」

訳知り顔な銀時に、土方は眉を跳ね上げた。
常連ぶって俺を虚仮にしようったってそうはいかねェぞ、と眼光を強める。さっきの店員の態度は、明らかに銀時を常連客としては扱っていなかった。
銀時はそんな土方の眼光を軽く受け流すと、は〜ぁ、とわざとらしく呆れたような溜息を吐いてみせた。

「これだから高給取りのお役人は。庶民の常識ってモンがねェのな。そんなもん常連じゃ無くても一目瞭然だろ」

完全に見下した台詞に、ビキリと土方の額に青筋が浮かぶ。

「上等だコラ、言ってみろや!そのふざけた頭に詰まった『常識』とやらがどこまでハジけてんのか聞いてやらァ!」
「ふざけた頭って何だァァ!俺の天パは断じてふざけてねェ!むしろ頭の中に入りきらなかった才能が溢れ出しちゃったみてーな?このクルクルは脳みそのシワ的なアレだから!」
「天パは生まれながらに負ったハンディキャップだとかほざいてたのはどこのどいつだ!」
「過去のことをいつまでもグダグダ言ってんじゃねェ!しつけェ男はモテねェんだぞ」
「つい数時間前のことだろうがァァ!俺ァ少なくともテメェよりはモテとるわ!」
「それは自慢か?自慢してんのか?ハッ、店の一押しメニューも見抜けねェヤツが偉そうにふんぞり返ってんじゃねェ!」

きっぱりハッキリと「モテる」発言をした土方にヒクリと頬を引き攣らせつつ、バン!と銀時は壁の品書きに手を付いた。

「オラ、これを見ろ!外の看板も壁のお品書きも、両方『うどん、そば』の順で並んでんだろーが!こういうのはなァ、自信のあるメニューから先に書くもんなんだよ。最初に掲げてあんのが本業で看板メニューなんだよ!RPGだって大体は主人公が先頭歩くだろーが!」
「どういう理屈だァァァ!」

咄嗟に怒鳴り返してから、土方は一瞬、続ける言葉に詰まった。
RPG云々は置いておいて、銀時の言い分には一理なくもない、と思ったのだ。
病院でも、「内科、外科」と書いてある所はどちらかといえば内科が専門なんだと聞いたことがある。そう考えれば、言下に否定できるほど無茶な理屈では無かった。

だが、素直にそれを認める土方では無い。
一瞬の沈黙の後には、すぐに反論の言葉を口に乗せた。

「百歩譲ってこの店の本業がうどんだとしても、それを注文するのが正解とは限らねェだろうが!むしろ二番手的なメニューこそ美味かったりすんだよ。それを見付けるのが通ってもんだ。俺には判る。この店は蕎麦だ」
「あぁ?何を根拠に言ってんのオメー?やめとけって、下手に通ぶると後で恥かくだけだぞ?っつーか、二番手メニューが一番うまい店なんて俺は認めねェ!主役が一番輝いてこそ本物の名店だよ」
「主役はどんな店でもある程度光ってて当然なんだよ!重要なのは主役の脇をいかに固めるかだ。脇役の出来がその店の如何を左右するのが判らんのか?漫画の人気投票だって大抵脇キャラが一位かっさらってくだろーが!」
「脇キャラが目立ちすぎて主役を消しちまったら意味がねーんだよ!真の名作は常に主役が一番人気だっつーのを知らねーのか?ワンピース然り、ドラゴンボール然りよォ。ベジータは結局悟空には勝てねェんだよ。最終的にはカカロットをナンバー1だと認めるんだよ!」
「意味判んねェ喩えしてんじゃねェェ!」
「テメェが言い出したんだろーがァァァ!」

徐々にヒートアップする言い争いに、ガタリ、とどちらからともなく腰を浮かす。
互いの胸倉に伸ばしかけた手はしかし、相手の服地を掴む前に店員の声に遮られた。

「はい、きつねとたぬきね」

店員はそれだけ言ってトントンと二つ器を置くと、さっさと立ち去って行った。
幸い、注文通りうどんは銀時の前に、蕎麦は土方の前に置かれている。
湯気の立っている器を見て、二人は口論を一時中断して座り直した。

土方は懐からマヨネーズを取り出して搾り出しながら、チラリと向かいの席に目を向けた。
銀時はさっそく割り箸を割って、きつねうどんの油揚げにかぶりついている。
途端、微かに嬉しそうに眉を下げた銀時を見て、そんなにうどんが好きなのかと目を瞬いた。が、次の瞬間には油揚げがほのかな甘みを持っていることを思い出して呆れ返る。
どこまで甘いモンが好きなんだコイツは。

「…テメ、主役がどうのとか言っといて、油揚げ目当てできつね頼んだんじゃねーのか?主役を味わいたいなら素うどんにしろや」
「ちょ、何言ってんのお前?この揚げから染み出る汁がうどんを更なる高みへと押し上げんだろーが。油揚げは謂わば主役の必殺技だよ。噛み締めた瞬間が卍解なんだよ!」

思わず嫌味を呟けば、銀時は予想以上に過敏な反応を返した。
不必要なまでに熱心に油揚げを褒め称えてから、ビシリ、と箸で土方の蕎麦を指し示して眉を顰める。

「お前こそ何だよその黄色い蕎麦は!主役を越える脇役どころかソレ、駄キャラに埋もれて存在感無くなっちゃった脇役だろーが!」
「マヨネーズのどこが駄キャラだ!脇役にもキャラを立たせるための後押しが必要なんだよ!コレは謂わば回想シーンだ。一見余分に見えるエピソードがキャラに深みを与えて更なる魅力を引き出すんだ!」
「違ェよソレは完全に間違ったテコ入れだよ!編集部が血迷ったとしか思えねーよもう取り返しつかねーよ!」
「んだとコラァァ!」

乱暴に机に手を付けば、机の端の七味やら割り箸やらがガシャリと音を立てる。
うどんのつゆも波立って、器から少し零れた。
途端に跳ね上がる銀時の眉。引き攣った口元が怒鳴るために息を吸い込んだ。

こうなれば最早、二人とも店員や周りの客の白い目線など意識にも入らず。


さっさと食べて店を出るはずが、気が付けば。
一杯の蕎麦を食べ終わるのに普段の倍以上の時間がかかっていた。




夕方。
屯所に戻った土方は、自室で胡坐をかくと深く深く溜息を吐いた。

結局あの後。

刀の打粉を買おうと刀剣屋に寄ったら、またあの男と出くわし。
廃刀令の御時世に一般人がこんな処に何の用だと問い質せば、「知り合いの刀鍛冶が新作を余所の店に置いて欲しいんだけど自分じゃ恥ずかしくて頼みにいけねーとか言うから代わりに来てやってるだけだ、パッと見の状況だけで安直に因縁つけてんじゃねーよこのマフィア警官」とか何とか言われてまた喧嘩。
ムカムカしたまま店を出て、一服して気分を変えようと茶店に寄れば、後ろの席に座ったのがまたあの男。
お互いにしばらく無視していたのだが、漂ってきた甘い匂いに思わず文句を言うと即座に「三時に茶屋に来て甘味を注文しないとかオメーはアホか」と怒鳴られた。
腹の虫が収まらないまま茶屋を出て、そう言えば今日はマヨネーズの特売があったと大江戸ストアに足を向ければ…

もう後は言うまでも無い。

何なんだホントマジで。
土方は再び溜息を吐いて、ごろりと畳みに横になった。

どうせ行動が同じなら、いっそ気も合ってしまえば楽しかったかもしれないのに。
全然そりが合わない相手とやたら顔を合わせても、腹が立つばかりだ。

「………チッ」

しばらく横になっていた土方は、ふいに舌打ちを一つして身を起こした。
気付けばずっと忌々しい銀髪の男のことを考えていて。そんな自分が馬鹿らしくなったのだ。
ぐしゃりと無造作に髪を掻き回して、立ち上がって刀を佩く。

夕飯がてら、酒でも飲みに行こう。今日は休みだというのに妙に疲れてしまった。
まだ時間も早い。多少聞こし召すぐらいなら、明日の仕事に支障は出ないはずだ。




「…いや、つーか…そうだよ予想しろよバカか俺は。今日はこういう日なんだよ。疲れたくないってんなら外に出るべきじゃなかったんだよ。こんな日に店で酒飲もうとしたらこうなるってことぐらい予想できたじゃねェか」
「……何ブツブツ言ってんですかコノヤロー」

太陽が沈んで暗くなった空の下。
ふと目に留まったおでんの屋台に、ここにするかと足を向けたところで、向かいからやって来た人影に土方は自分の迂闊さを呪った。

流石に怒鳴る気力も無くて独り言を呟けば、それを聞きとがめて返してくる銀時の言葉にも力が無い。
見れば銀時も、うんざりとげんなりに諦めが混ざったような顔をして首の後ろを掻いていた。

「あー…うん。もうストーカーとかゴリラとか言わねェから、オメー店替えろ。な?」
「ふざけんな。何で俺が替えなきゃいけねーんだ」

口調は違えど、もう何度繰り返したか知れぬ遣り取りに溜息が零れる。
もうたくさんだと思うのに。こちらが折れて店を譲れば済む話なのに、それができない。 ならばこんな日は屯所に引っ込んで顔を合わせないようにするべきだったのに、そこに思い至らなかった。我ながらアホだ。

(思い至らなかった…?)

…本当に?
自分の思考に微妙な違和感を覚えて、土方は眉を寄せた。

本当に、予想できなかった、欠片も思いも寄らなかった、のだろうか。
今日一日の邂逅を。

冷静に考えて、そんなはずはない、と思う。
このまま町を歩き続ければ。どこかの店に入れば。
行動パターンの似通っているこの男とどこかで顔を合わせるかもしれないということなど、容易に予想が付いたはずだ。
鉢合わせを予想したからこそ、いつもと違う店で昼食を摂ろうとしたのだから。
しかし。

本当に避けようと思うなら、屯所に帰って食堂に行けば良かったのだ。真選組屯所の食堂ならば、銀時が出現する可能性など限りなくゼロに近い。
打粉だってそんなに急ぎの買い物では無かった。マヨの特売も、滅多に無いほど安くなっているという訳でも無かった。
本当に会いたくないと思うなら、早々に屯所に帰って一歩も外に出なければ済む話だった、のに。
それをしなかったのは。

屯所にいたら休みなのに仕事してしまうから、というのは言い訳にしかならない。
ほぼ丸一日銀時と喧嘩していたせいで、仕事をするより疲れているのだから。こんなことなら屯所で書類を睨んでいた方がよっぽど身体は休まる。

それでは本当に、ただ単純に思い至らなかっただけ、なのだろうか。
…自分はそこまで馬鹿ではないと思うのだが。

「オイオイ、お前はホント小学生か?せっかく俺が穏便に事を済まそうとしてやってんのによォ」

土方の眉間の皺を見て、銀時も不機嫌に眉を寄せる。
一方的にこちらを咎める口調に、土方は反射的に青筋を立てて怒鳴り返した。

「テメェのために俺だけが譲らなきゃなんねェのが気にくわねェんだよ!毎度毎度、自分の主張ばっか押し通そうとしやがって!」
「それはテメェだろーが!ちったァ譲り合いの精神ってモンを身に付けろ!」
「こっちの台詞だァァ!テメェが譲ればこっちも多少は譲歩するわ!」

怒鳴りあっているうちに、先程浮かびかけた違和感はどこかへ去っていってしまう。
掴みかけたモノが逃げていったようなもどかしさも手伝って、土方は益々剣呑な目付きを銀時に向けた。

すると銀時は、流石にこれ以上言い争い続ける気力もないのか、ガリガリと頭を掻いて溜息混じりの声を発した。

「…わーかったよ。こうしよう。俺もこの店諦めるから、テメェも別の店行けや。それでいいだろ」
「……チッ、仕方ねェな」

ここで譲らないのは流石に大人げない。そう判断した土方は渋々頷いた。
別にあの屋台を諦めるのが嫌だというわけではない。というか、正直それはどうでもいい。ただ、銀時の提案に従うというのが気に食わないのだ。
銀時はそんな土方の心情を察したのかちょっと不愉快そうに眉を寄せたが、口に出しては何も言わなかった。

「じゃ、せーので同時に、お前は右、俺は左な。真っ直ぐ歩いて最初に見付けた店に入る。これなら大丈夫だろ」
「テメェ裏切るなよ。絶対左行けよ」
「しつけーんだよ!お前こそ裏切んなよ!」

屋台の正面に肩を並べて向き直り、銀時が左右の道を指し示す。疑わしげな目を向けると、苛立ったような声を返された。
口を噤むことで了解を示して、土方は右の道へと目を向ける。


「はい、せーの!」

掛け声に合わせて一歩踏み出した。

二人同時に。


目の前の屋台の方へ、真っ直ぐに。


「テメェ!裏切んなっつっただろうがァァァ!」
「同じことしたテメーが言うなやァァ!!」

まるで二人三脚のように踏み出した足を確認した瞬間に、二人は自分を棚に上げて相手を怒鳴りつけた。
土方の眉がまたグッと寄る。
…しかしそれは、銀時の行動に怒りを覚えたせいだけではなかった。


どこかへ去ったはずの違和感が、再び手の届きそうな位置に戻ってきている。

今のも、本当は予想していたのだ。
銀時が屋台の方へ足を踏み出すであろうこと。
だから土方も屋台へと足を向けた。
心底この男から離れたいと思うならば、銀時がどちらへ行こうと右へ真っ直ぐ進めば良かったのに。

罠に嵌められるのが悔しかっただけ。ただそれだけ…の、はずなのだが。


「ちょ、お前さァ、ホント勘弁しろよ!俺はおでんが食いてェんだよ!既に口と胃がおでんを迎える気満々でスタンバイしてんだよ!空気読め!」
「知るかァァ!俺はこの屋台で熱燗を傾けてェんだ!テメェはコンビニおでんでも買って帰れ!」

土方がもう問答無用と早足に進んで屋台の長椅子の端に滑り込めば、同じ速度で歩いてきた銀時が反対の端に腰掛けた。
へィらっしゃい!というオヤジも無視してギラリと鋭い視線を交わす。
「とりあえず熱燗一本」という注文の声が見事にハモッて、益々忌々しげに眉を寄せた。



呪うべきは、この遭遇確率の異常な高さ。

しかし問題なのは、この確率が本当に偶然の産物なのかということ。

誠に不本意なことながら。
実は今日のような日が、前にもあった。
二度とゴメンだと思ったのに、二度繰り返してしまった。その事実こそが違和感なのだ。

似ていて堪るか。同じ行動なんて冗談じゃない。鉢合わせなんて勘弁して欲しい。
そう思っているのは確かな事実。

だけどどこかで、不意の邂逅を予測していて。
そのクセ、自分からはその予測を裏切ろうとしない。
向こうが譲ればいい、そう思って。わざわざ鉢合わせそうな行動を取り続けている。

負けず嫌いと言ってしまえばそれまでだけど。



どうにもそれだけでは片付けられない矛盾が存在する気がして、土方はスッキリしない気分を抱えたまま酒盃を傾けた。






翌日の屯所。

「古今東西、ムカつくもの〜。いぇ〜い」
「あ?」
「土方(パンパン)土方(パンパン)ひじか…」
「なに出し抜けに最低な一人遊び始めてんだテメェはァァァ!!」

わざわざ副長室にやって来て一人で古今東西ゲームを始めた沖田を、土方は腹の底から怒鳴りつけた。
廊下を通りかかった平隊士が一瞬身を竦ませるほどの声だったが、当の沖田はけろりとして一人ゲームを続けている。

「愚痴に見せかけたのろけ話(パンパン)くだらない痴話喧嘩(パンパン)」
「あ?何だいきなり具体的になったな。リズム悪ィけど」
「人目を憚らずイチャつくバカップル(パンパン)頼んでもねェのにラブラブっぷりを見せつけてくるバカップル(パンパン)」
「…総悟、なんか最近バカップルに嫌な思いでもさせられたのか」

珍しくも土方以外の人間にあからさまな敵意を向けている沖田の言葉に、土方は訝しんで問いかけた。
町で見るに堪えないバカップルでも見かけて、そのストレスを発散しに来たのだろうか。

「なに言ってんですかィ。全部アンタのことですぜィ」
「は?」

思いも寄らぬ発言に眉を寄せて聞き返せば、沖田は蔑むような眼差しを向けつつ、唐突にスチャリと耳に携帯電話をあてるジェスチャーをしてみせた。

そして。


「俺にはアンタと万事屋の旦那の会話がですねィ、日中デートしたクセに帰ってからも散々長電話したバカップルの、

 『ねえ、そっちから電話切ってよ』
 『え〜、嫌だぁ、切れないよ〜』
 『じゃあ、せーので一緒に切ろ?』
 『せーの』
 『………』
 『も〜!切ってって言ったじゃ〜ん!!』

 …ってェヤツにしか聞こえねェんですが」


なんて、わざとらしいほど甘ったるい声で、ベタな一人芝居をして。


「この湧き上がる殺意をどうしてくれるんでィ土方コノヤロー」


にっこり。爽やかな笑顔を浮かべ、架空の携帯電話を見事なパントマイムでメキャリと握り潰した沖田の台詞に。



認めたくも無いのに、昨日から抱えていた矛盾の正体に今なら説明が付くような気がして。
土方は怒鳴り返すことも忘れて、頭を真っ白にして固まった。




--------完


…と、いうわけで。

一万企画リク第四弾「デートしてるつもりは微塵も無いのに傍目から見たらデートしてるように見える銀土」でした。

す…すすすいまっせん!!

「銀土」のはずが…二人とも自覚前というハイパーミラクル「未満」。×よりも限りなく&に近い。
ほとんど喧嘩してるだけだよコイツら…

和己さま…っ!お待たせしまくった上にこんなモノで本当に申し訳ありません(泣)
リク文はリクエスター様に限りフリーですので、もしお気が向きましたらもらってやって下さい。
…あの、さすがに銀土にすらなってない気がしてきましたので、書き直し等のご要請もどうかご遠慮なくおっしゃって下さいませ…!(汗)