「ここ……か?」
かぶき町駅から徒歩5分。歓楽街の外れで目の前の建物を見上げて、土方はゴクリと唾を呑みこんだ。
携帯画面に表示した地図と、周囲の景色をキョロキョロと比べる。それから、ポケットの中から取り出したメモで、もう一度住所を確認した。
――間違いない。
かぶき町駅の掲示板に貼られていた家庭教師募集のチラシは、紛れもなくこの場所を示していた。
しかし、土方の目の前に建っているのは、どう見ても飲み屋。看板には『スナックお登勢』と書かれている。
……ああ、そう言えばチラシには『飲食店の二階』という添え書きがあった。え、いやでもスナックって……え?家庭教師だよね?俺、中学生のカテキョに来たんだよね?ここで合ってるよね?土方は携帯とメモを握り締めて、そわそわとスナックの二階を見上げる。
スナックの看板の上には玄関らしき扉が見えて、どうやらそこには外階段から行けるようだった。二階が借家になっているのか、それともスナックの経営者家族が住んでいるのだろうか。
かぶき町は、この周辺では有名な歓楽街だ。酒を出す店と風俗店が立ち並び、治安もあまりよろしくない。チラシの住所を見た時には微かな不安が脳裏を過ったのだが、躊躇いながら掛けた電話に出たのは年配の落ち着いた女性の声だったから安心していたのだ。飲食店というのもきっと喫茶店とかラーメン屋とかだろうと根拠も無く高をくくっていたのだが、まさかスナックとは。大学近くの居酒屋にしか入った事のない土方には馴染みのない場所だ。
(いやいやいや、俺は別にスナックに来たわけじゃねーから。ここの二階の子どもにベンキョー教えに来ただけだからね。緊張する必要とかねーから!)
つーか誰も緊張なんかしてねーよ!誰にともなく主張して、土方は二階へと続く外階段に足を掛けた。カン、と、錆びた鉄階段が予想より派手な音を立てる。
七段ほど上った踊り場で、土方は少し立ち止まって階下の光景を見渡した。通りに立ち並ぶのは居酒屋とスナックとパブと、キャ、キャバレー?とか、とにかくそんな感じの店たちだ。今はまだ夕方四時すぎだから看板に明かりは灯っていないけれど、あと数時間も経てばあちらこちらでネオンが点灯すること間違いない。
やはりアルバイト先にこの街を選んだのは少々無謀だっただろうか。胸中に一抹の不安が湧き上がって、いやだからカテキョだからね、と、また同じ言葉を繰り返した。

カンカン、と残りの七段を上り切って玄関前に立つ。いざチャイムを、と思ったのに、チャイムが見当たらなくて土方は戸惑った。今時呼び鈴が無い家とは珍しい。
玄関は和風の引き戸。これをノックするのも何か違うような気がして、仕方なくそのままカラリと引き開ける。鍵は掛かっていなかった。
三分の一ほど戸を開けたところで、すみません、と控えめな声を廊下の奥に投げ掛けてみる。反応が無い。聞こえなかっただろうかと少し大きめの声で再度呼びかけるも、一向に応えが返って来なくて土方は眉を寄せた。
オカシイ。今日この時間に訪ねる事は電話で決めたはずではないか。鍵が開いているのだから留守という事はないだろうが。
「……あー……すみませーん、どなたかー……」
これで返事が無かったら帰ろうか。そう思いながら三度目の呼びかけを試みた、途端だ。
廊下の奥の障子がスパンと開いて、そこから。
「ああああもう、しつっけェェェェ!」
くるくるパーマの銀色の頭をした少年が、ひどく不機嫌な顔を出して怒号を上げた。





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