「…今日は、何だ」
カラ、と軽い音を立てて開いたドアのほうを振り返ることもなく、土方十四郎は言った。
同じ国語課の教師ですら、煙いと言って近づかないその準備室は、半ばヘビースモーカーである土方の専用と化しているため、昼休みにわざわざそんなところへ来るような人間はどうせただ一人なのである。
きっと今日もまた、適当な理由をつけて来たんだろう。
思いながら、銜えた煙草もそのままに視線をやれば、やはりそこにいたのは土方の予想通りの人物で。
「今日の授業でわかんねエとこ、聞きに」
銀髪に、死んだ魚のような眠そうな目が印象的なそいつは、土方の勤めるこの高校の1年生だ。名前を坂田銀時という。
後ろ手でドアを閉めながら、銀時は、これもまた土方の予想通りだった用件を告げた。
「…そこ、座れ」
 教師として、生徒の質問には答えねばならない……たとえそれが、単なる口実だとしても。
 自分の机に銀時を促し、部屋の隅に置いてあったパイプ椅子をその横に運び腰を下ろした土方が、できるだけ簡潔に、説明のみを口にするのも。銀時がそんな土方をじっと見つめるのも、いつものことで。
その視線を土方が完全に無視するのもまた、いつものことだ。
そして。
「…以上だ、ほかに質問は」
「なあ…俺のこと、覚えてねえ?…土方くん」
「………」
「覚えてねえ…?」
入学した4月からずっと、銀時は毎日昼休みになると土方のところにやって来て、同じことを聞いていた。
授業に関係ない質問はやめろ、と土方が一度言ってからは、毎回理由になる「質問」まで用意して、最後には必ず同じことを繰り返す銀時に。
「何のことかわからねえよ」
返される土方の答えもまた、いつも変わらない。いったい何度目なのか土方にはもうわからないくらいだけれど、そう言う。同じように。
「何度聞かれてもわからねえモンはわからねえ。…あと、いつも言ってンだろーが。教師をくん付けとかしてんじゃねえ」
けれど、煙草の煙と一緒に吐き出すそれが。
嘘であるということを。
土方は、知っていたし。
――銀時もまた、知っていた。

知っていて、それでも二人は。
そのやりとりを、毎日、繰り返している。





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