嫌な予感はしていた。

嫌な予感はしていたんだ。


「放課後に生徒指導室に来なさい」なんて、何も問題など起こした覚えも無いのにそんな呼び出し。
まぁ、三年生だし進路関係の指導かな、などと深く疑問に思わずに来てしまった自分を呪いたい。

あの担任教師が自発的に個別指導、など。
そんな熱意のある勤務態度を見せたことが、今までに一度でもあっただろうか。


「はい、出して」
「は?」
「煙草、持ってるでしょ。出して」

生徒指導室に入った途端、銀八から怠い顔で投げかけられた言葉に、土方はギクリと身を強張らせた。
――バレたのか。吸っていることが。
掌がジワリと汗をかく。

「持ってません」
「嘘だろ。ホラ、鞄よこせ」

否定には即答を返され、手を差し伸べられる。
渡すのを促すようにチョイチョイと指先を動かされて、渋々鞄を手渡した。
嘘ではない。
今日は、本当に持っていないのだ。土方は喫煙者ではあるが学校では滅多に吸わない。受験生になってからは尚更控えていた。
多分、昨日。ちょっとイライラしていて、煙草仲間の高杉に一本もらって屋上で吸った。アレをどこかから見られていたのだろう。なんて運が悪いんだ。

…いや。
今日持っていないということは、しらばっくれて誤魔化すことができるかもしれない。
その意味では、昨日すぐに呼び出されなかったことは運が良かった。銀八の怠惰な性格が幸いしたのだろう。メンドクセーなと思って呼び出すのを躊躇っていたに違いない。

この教師なら、鞄の中に見付からなければ深く追求することはしないかもしれない。
ゴソゴソと鞄を探る銀八を見ながら、土方は僅かな希望を見出してゴクリと唾を呑み込んだ。

「……アレ?ねェな…」
「だから持ってないって言ったじゃないですか」

努めて冷静を装って応える。
…じゃあいいや。そう言われることを期待していたのに、銀八は鞄から顔を上げると、眼鏡越しにキラリとした目をこちらに向けた。

「じゃ、ポケットか」
「は」

机に鞄を置いて近付いてくる銀八に目を瞬く。
――オカシイ。こいつはこんなに熱心な教師だっただろうか。
そう思っている間に、すぐ隣まで迫られた。

そして。


「ひ…っ!?」
「んー?ここにもねェか」

ズボンのポケットに無造作に手を突っ込まれて、思わず引き攣った声が漏れた。
そんなところ、手を入れるとこじゃない。いや手を入れるとこなんだけど、他人が入れるところじゃない!

「煙草ケースが入ってねェことぐらい、見りゃわかんだろ!」
「いや、中身が減ってて潰れてると、そんなにかさばんねーし」
「それでも上から叩くぐらいでわかるだろうが!…って、何してんだテメェェェ!」

気付けば銀八は学ランのボタンをプチプチ外していて、土方は後ずさりつつ絶叫した。

「いや、シャツのポケットも見とかねーと」
「とか言いながらシャツのボタンも外してんじゃねェかァァア!!」
「いやいや、シャツの内側に隠してるかもしれねーし」

何だコレは。何を考えてるんだコイツは。
目の前の教師が急に得体の知れない恐ろしい生き物に見えてきて、今更ながら背を戦慄が駆け上る。マズイ。ヤバイ。オカシイ。ダメだ、逃げ……

がしり。
固まりかけた足を必死で動かして踵を返したところで、銀八の腕がガッチリと腰に回された。咄嗟に身を捩るが、驚くほどの力。…逃れられない。

「ちょ、なに、を…ッ」
「ダメだろー逃げたら。まだ生徒指導の途中なんだから」

背後で飄々と嘯く声が、耳元からスルスルと腰の辺りに下りてくる。
スッと左腰の横から覗いた顔が、土方を見上げてニヤリと笑った。



――ああ、もしかして。

土方が煙草を吸っていたのも、学校にはあまり持ってきていないことも、実はずっと前から銀八は知っていて。
鞄にもポケットにも無いことを承知で。むしろ入っていない時を狙って呼び出したんじゃないか、と。



「最近のガキはどこに何隠してるかわかんねーからなァ」


やけに楽しそうな顔で言いながらベルトのバックルに手をかけられて、土方は思い当たった可能性に眩暈を感じた。




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変態教師と迂闊な土方君。