SP



「山崎ィィィ!てめ、もうちょっとマシな情報掴んで来いやァァァ!」
「ちょ、そんなこと言ったって、現時点で探れるのはソレが限度ですって!」
「やかましい!山崎の分際で口ごたえするたァ上等だなコラァ!」

バキッ!ドガシャァァン!



「山崎……お前ひょっとして、マゾ?」
「俺はノーマルだよ」

今日も今日とて副長室から殴り飛ばされて屯所の中庭に沈んでいると、寄ってきた原田に呆れたような声を投げかけられた。
身を起こしつつサラリと返せば、いやいや、と原田は首を横に振る。

「真選組結成以来あの副長に直属って、そんなんMじゃなきゃやってけねーよ。なァ沖田隊長」
「何言ってんでィ原田。土方の野郎はSじゃねェ。ドMだぜィ」

近くの縁側で昼寝をきめこんでいた一番隊長が、アイマスクを引き上げて談義に加わる。
や、アンタと比べたら誰でもMだから、と、原田は苦く笑って首を横に振った。

「普通の基準で測ったら副長も立派なSだろ?討ち入りん時のあのイキイキした顔と言い、今月の勤務表の鬼っぷりといい!ヤベーだろアレ!」
「自分で作った勤務表で自分が過労死しかけてんだから、ホレ、ドMだろィ」
「……まあ、確かに副長の勤務予定が一番キッツキツだったけどよ……」

原田は複雑な表情でスキンヘッドの後頭部を撫でた。副長の実地訓練での容赦の無さや攘夷浪士への地獄の拷問を知っている身としては、沖田隊長の意見に俄かには賛成しかねるのだろう。
俺は立ち上がって土埃を払いながら、誰に聞かせるともなく呟いた。

「SP、かな」
「は?」
「あの人はSって言うか、SPだと思うよ」

小さな呟きを聞き咎められて、何気ない顔で繰り返す。

「何だよSPって」

シークレット・ポリスか?まァ確かに、俺らは要人のSPみてーな仕事もするけどよ。
不思議そうに首を傾げる原田の言葉に、俺は否定も肯定もせず、それ以上説明もせずにその場を離れた。




「斬れ」

俺の報告書に目を落としながら、副長は非情な言葉を発する。
そこに書かれている名は伊東派の残党の一人。逃げ延びて行方を眩ませていたのだが、その居所が判明したのだ。
彼は伊東の死に虚脱していて、もう真選組に仇なそうという気配は感じられない。
……それでも。

「……斬るんですね」
「当たり前だ」

確認するように問い返した俺の言葉には、冷淡な声が返ってくる。

「局長の暗殺を企んだ輩を見逃したとあっちゃ、組織の根幹に関わるんだよ。今どうなのかが問題じゃねぇ。そいつは確かに真選組隊士で、にもかかわらず局長に叛いた。それが全てだ」

こちらが説明を求めたわけでもないのに、反駁のしようのない正論を容赦なく突きつけてみせるのは。
まるで自分に言い聞かせているようだと、俺は思う。

――本当に、この人は。

口元に浮かびそうになるほろ苦い笑みを噛み殺して、そっと、控えめな声を発した。

「……あの、副長。こんなこと言ったら怒られそうな気がするんですけど、でも言いたいから言わせてもらうんですが、俺は副長のそういう発言の裏とか判ってるつもりですし、だからこそ感じることもあるわけで」
「ぐだぐだうるせェ。言いたいことがあるなら要点を押さえて一言で言え。そんなんだからお前の報告書はいつまで経っても作文なんだ」

バッサリ。前置きの途中で発言をぶった斬られて、俺は眉尻を下げて首を竦めた。うん、確かに今のは回りくどかった。短気な副長が苛立っても無理はない。
……それじゃあ、一言で。

「愛してます。土方さん」

あなたのその、厳しさを。冷徹さを。苛烈さを。
捨て身な強さを。傲慢な献身を。
哀しいまでの不器用さを。

ご命令通り、要点を押さえて。俺の言いたいコトのすべてを表してくれる言葉を選び出せば。
かねがね文章能力が小学生並みと評価されている俺にしては、珍しく、実に適切な言葉選びだったと思うのに。副長は褒めるどころかまるで興味無さげに、フーッと紫煙を吐き出した。

「報告するなら、俺の知らない情報にしろ」

冷淡な声で言い放たれて。
緩みそうになる口元を隠すように、ペコリ、頭を下げる。

「はい、すみません」
「他に報告がねェなら退がれ」
「あ、ひとつ、副長の判断を伺いたいことが」
「何だ」

既に俺に半ば背を向けて書類に目を落としていた副長が、俺の言葉に睨み上げるように顔を上げる。
不機嫌を絵に描いたような色をしたその瞳に、俺の姿が映るのを待ってから。
俺は徐に、お伺いを立てた。

「今の情報は、副長にとって吉ですか。それとも凶ですか」

とっくにご存知だと仰るその事実を。あなたは、どうお考えですか。

――もし、こちらの意見を述べることを許してもらえるなら。副長にとっては凶で、土方さん、にとっては吉であってくれたらいい、なんて。そんな勝手なことを考えています。あなたの部下は。
でも所詮それは、ただの俺の願望混じりの推測にすぎないわけで。

だから、ねえ、土方さん。
アンタの答えを聞きたいんです。

指示を仰ぐ部下然とした顔で応えを待てば、副長は眉間の皺をこれ以上ないほどに深めて忌々しげに俺を睨んだ。
こういう時のこの人の眼に、背筋を快感にも似たものが駆け抜けるのは……果たしてMゴコロなのか、Sゴコロなのか。
どちらにしても俺はどうやらノーマルでは無かったらしい。今日原田に告げた台詞を脳内で訂正する。

「……そのくらいのことも自分で判断できねェのか」

やがて、副長は苦みを湛えた唇を大儀そうに開いて。
フイと文机に向き直りながら、吐き捨てるように背中越しに仰せられた。


「何年俺付きの監察やってんだ。俺の考えぐらい聞かなくても察しやがれ」


――ああ。

副長殿は相変わらず、スパルタでいらっしゃる。


くだらねェこと言ってる暇があんならサッサと仕事に戻れ。そう言われて、俺は思わずにこりと微笑む。

途端、ギロリと振り返った副長のこめかみに走った青筋。
あ、ヤバイ。

何ニヤついてやがると投げられた灰皿を避けながら、俺は脱兎の如く副長室を飛び出した。
畳に吸殻が散らばったから、箒を持って来なければ。



仕事でも、プライベートでも。
横暴で理不尽で冷淡で暴力的なその態度は、実は内心の動揺や焦燥や…優しさや弱さや、照れを押し隠すためのものなのだと俺は知っている。

だから、俺は今日も殴られた頬を擦って笑みを零す。




愛しきSpartan

貴方のそれに耐えられるのは、俺だけだと自負していますよ。




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最後の二行が書きたかっただけの話。