「テメーまたそんなもん食ってやがんのかこの糖尿。そんな甘ったるいもんばっか食っててよく飽きねーな。いっそ感心するわメタボ予備軍が」
「マヨネーズ野郎に言われたくねーよX子の経験を忘れたのか? それにお前アレだよ、甘味の素晴らしさを知らねーなんて人生損してるよ。バカだねーホント」
かぶき町の団子屋の店先で出会い頭に繰り広げられる舌戦。周囲の人間にとっては最早見慣れたものである、この光景が。
「だ、だからあのホラ、アレだったら今度一緒に甘味フェアとか行ってみる?」
「お、おおまァそうだな、非番が合えばな。まあ空けるようにしとくよ」
今日に限っては、初々しくもメンドくさいデートのお誘いの枕詞だったのだと、彼ら以外に誰が知るだろう。
土方十四郎と万事屋の坂田銀時は、所謂『イイ仲』である。
しかし、互いの感情を知ってから今までというもの、わざわざ待ち合わせて出かけるなどという事は無かった。
そんな事をしなくても土方が非番の日にかぶき町を歩けば異様な遭遇確立であの男に出会うし、珍しく鉢合わせしなければ「今から行く」と電話をかけて万事屋を直接訪ねればいい。
電話が繋がらない時は相手に用事があるという事だ。そういう時はあっさり諦めて屯所に戻る。
銀時の方は土方の仕事の都合に配慮して、あちらから連絡を取ってくる事はほとんど無い。
そんな、互いの仕事や生活に干渉しない距離でお付き合いをしていた……ので。
翌日に控えた『甘味フェア』とやらへ行く約束は、二人にとっての『初デート』である。
「いや、だから? それがどうしたってんだよ。俺はそんなの全然意識してねーから」
土方はぶつぶつと呟きながら、店先で商品を物色していた。
今、自分が服を買いに来ているのだって、決して翌日のためとかではなくてただちょっと最近肌寒くなってきたから冬物が欲しいなってだけだし。他に意味なんてねーし。
誰へともなく心の中で言い募りながら、羽織を手にとって眺める。
「ちと、派手か……?」
色合いは抑えめでイイ感じだが、アイツの流水紋と並ぶと何となく目に煩い気がする。
「そもそもアイツはあの着物で来んだよな……? って、いやいやいや! あのバカは関係ねーよ!」
建前、早くも崩壊である。
「うん、もうコレでイイな。俺は羽織が欲しいだけだから」
無駄な足掻きを続けながら、土方は手に取った羽織を腕に掛けて勘定へ向かう。
すると、不意にその羽織をくいと引っ張る者があった。
「あ? なん……」
「うーん、兄ちゃんにはコレよりあっちの紺地の方がいいんじゃねーかな。織柄が粋だぜ?」
振り返った土方に浴びせられたのは、いやに親しげな遠慮のない台詞だ。
しかし土方はその男に見覚えがなかった。
無造作な黒髪に無精髭。左手に煙管を持ち、右手で土方の羽織を摘まんで首を傾げている。
(岡っ引き、か……?)
腰に十手が差し落としてあるのを見て土方は眉を顰める。
見知らぬ岡っ引きにこんな風に声をかけられる理由が分からないのだが……ひょっとすると、ただのお節介だろうか。
何となく、この男は世話焼きなタイプに見えた。通りがかりの他人にサラッと手を貸しては飄々と立ち去りそうな雰囲気だ。
ただ一言かけられだけなのにそんな印象を抱いてしまったのは、男の風貌が、どことなく万事屋の馬鹿に似ているからだろうか。
「おっと悪ィな。他人が余計な口出ししちまった」
「いや……構わねェよ」
羽織から手を放してヘラリと笑ってみせた男に、やはり何となく似ているなと感じた土方は思わず口元を綻ばせた。
「その紺地の羽織ってのは、どこにあんだ?」
「お、兄ちゃん器が大きいな。こっちだこっち!」
お節介に乗ってやろうと尋ねれば、男は相好を崩して手招く。コレコレ、と示された羽織は確かに様子が好くて、なかなかイイ見立てじゃねーかと感心した。
(これなら、万事屋の着物と並んでも……ってだからそれは関係なくてェェェ!)
脳内でまた同じ事を繰り返しつつ、土方は紺地の羽織を手に取って羽織ってみた。サイズもちょうどいい。
「イイな……ありがとよ。こっちにするわ」
素直に礼を述べて男を見遣ると、彼は土方を上から下まで眺めて、満足げに顎を撫でて頷いた。
「うん、やっぱ似合うじゃねーか。俺の見立てに間違いはなかったな。たぶん銀時もそっちの方が好みだと思うぜ」
「ああ…………あ?」
さり気なく続けられた言葉に土方は目を瞬く。
今この男は……銀時、と言ったか。
「え? いや……え? テメ、なんで」
「ん? だって兄ちゃん、銀時との初デート用に勝負服買いに来たんだろ? そういうのはやっぱり相手の好みも考慮に入れねーとな」
「はあぁぁァ!? ちっ違ェよ! 別に勝負服じゃねーよ! つーかテメェ何モンだ!? なんで初デ……ッとか、知ってやがんだァァァァ!」
男が当然のような顔で口にした台詞に土方は慌てて怒鳴り返した。
何だコイツは、万事屋の知り合いなのか。いや知り合いにしても、初デー……それを、知っているのはオカシイ。
万事屋は知人にそんな事を吹聴するタイプではないし、自分も人に話してなどいない。
明日がその日である事は二人以外に誰も知る者はいないはずだし、ましてや土方がその為に服を買いに来たなどと言い当てられるなんて。
何だコイツ、なんでだ。焦りと困惑の表情を浮かべた土方に、男は煙管を左手で弄びながら頭を掻いた。
「あーそうか。悪ィ、兄ちゃんにとっては俺は初対面だもんなァ。俺ァずっと見てたから知ってんだけど」
「見て……っ!?」
「あ、違う違う。アンタじゃなくて銀時をな。俺の大事な奥さん護るって約束してくれたからよ。たまーに下りて来て眺めてるわけよ」
とんでもない事を言われて思わず後ずさった土方にひらひらと片手を振って、男は腰から抜いた十手を肩に担ぐ。
「ま、見てるだけしか出来ねーし、直接関わりがある連中には俺の姿は見えねーみてーだし、色々もどかしかったりするんだけどな。兄ちゃんは俺とは全く無関係だから見えるみてーだな」
ニッと口角を上げてみせた男の不可解な言葉に、土方はじりりと後ずさりながら背に汗を伝わらせた。
何を言っているのやら全く分からない……分からないのだけれど、なんだかとてつもなく、嫌な予感がする。
下りて来る、とは何だ。姿が見えない、とは、何だ。
その言い方は、まるで……まるで。
だらだらと汗を流しながら黙って顔を見詰める土方に、男は笑って、じゃあまずは自己紹介だな、とのたまった。
「俺の名前は寺田辰五郎。かぶき町出身で元は岡っ引きだ。今の職業は……平たく言やァ、幽霊だな」
――それって職業なのか? と。
咄嗟に現実逃避の思考を脳に浮かべながらも、そろそろと視線を下方へ向けてしまった土方は。
男の脚が途中から透けている事のを見て、フッと意識を途切れさせた。
「銀時のヤツ、一昨日ぐらいからそわっそわしててな。ホント初々しいよなー兄ちゃんたち。見てて飽きねーよ」
「……そーかよ」
ちょっとした気絶から何とか立ち直った土方は、一時間後、幽霊のくせに煙管を咥えている辰五郎と二人並んで紫煙をくゆらせていた。
何がどうしてこんな事になったやら。
土方は辰五郎の薦める羽織を購入した後、他にも帯やら何やら、「コーディネートしてやる!」と何故かハリキる幽霊に引っ張り回されて買い物をするはめになった。
なんでだ、余計なお世話だ、もういいだろどっか行けよ、むしろ成仏しろよと訴え続けたのだが、まァまァと聞き流されて今に至る。
『俺と銀時は何となく似てるってよく言われるからよ、服の好みもきっと似てるぜ』
……などと適当な事をのたまう男にアレコレと着せられるうち、徐々にどうでもよくなってきた土方は、最終的には辰五郎の選んだ衣服で全身コーディネートされる結果になった。
本当に、どうしてこうなった。
(しかし、まあ……)
土方は空へと昇っていく煙草の煙を眺めながら、内心で軽い溜息を吐く。
辰五郎のセンスは悪くなかったし、選ぶものの色合いや柄は確かに万事屋の野郎が好みそうな感じがした。独りでぐだぐだと悩みながら選ぶよりは良い買い物が出来たと思う。
それに辰五郎は気風の良い男で、幽霊であるという事実を努めて忘れるようにすれば話しやすい相手だ。最初のうちは及び腰だった土方も、今では一応普通に会話できるようになっている。
「アイツは色事に積極的な女は好きじゃねーから、服装はそんな感じでキチッとしてた方がイイぜ。襟元もいつもより締め気味で行けよ」
「いや、俺ァ女じゃねーし」
「そこは関係ねーって。要は、お固めで清廉な雰囲気のあるヤツが夜は別の顔とかいうのが好みなんだよ、アレは」
「あー……」
いかにも万事屋が言いそうな事だ。
『ずっと見ていた』というだけあって、辰五郎は坂田銀時の事をよく知っている。
ヤツが今の住まいの大家に出会った頃からの付き合いだというから、土方があの男と知り合う前の事も、辰五郎は見聞きしているわけだ。
土方は路上に設置された灰皿で煙草を揉み消すと、横目を流して隣の男を眺めた。
「ん? どうかしたか」
すぐに視線に気付いて振り返った男に、敏いところも似ているな、と土方は思った。
「なァ……テメェはなんで、今日、俺の前に現れたんだ」
買い物の途中からずっと気になっていた事を尋ねてみる。
この男が銀時の事を長い間見ていたと言うならば、土方の存在はずっと前から知っていたはずだ。
直接関わりのない自分になら話しかけられるという事だって認識していたに違いない。今まで話しかけてこなかったのは特にその必要が無かったからだろう。
それなのに何故、今日に限って話しかけてきた上に、明日の『初デート』の後押しをするような真似をするのか。
言葉の足りない部分は視線で補えるだろうとジッと射抜けば、敏い男は土方の疑問を正確に察したらしい。右手の十手をくるくると回しながら、宙を眺めて口を開く。
「うーん……なんつーかな。俺ァ最初は、一方的に護るとか約束してきやがった野郎をどんなモンかと眺めてただけだったんだけどよ」
人の饅頭勝手に食いやがって。見も知らねー野郎に護ってもらわなくても、お登勢の事はとっくに信頼できるヤツに頼んであったっつーのに。
囁くような声音でぼやいてから、辰五郎はほんのりと口元を歪める。
「けどな……アイツぁお登勢を護るだけじゃなく、あの馬鹿野郎のことも俺の代わりにぶん殴ってくれたからよ。ああ、なんつーか……いいヤツだなって、思ってな」
あの馬鹿野郎、が誰を指すのか土方は知らない。
ただ、この男にとっては、妻と同じくらい大切な相手なのだろうとその声色から知れた。
辰五郎は煙で輪っかを形作ってみせてから、土方に向き直って目元に柔らかい笑みを浮かべる。
「俺ァ銀時に幸せになってほしいわけよ。で、何か知らねーが付かず離れずの距離でもだもだやってるテメーらが珍しく逢引するっつーから、良い機会だと思ってな」
お前らの今までの付き合い方も、まあ悪くはねーんだけどよ。そう言って男はガシガシと頭を掻いた。
「なんつーか、もうちょっと……踏み込んでもいいんじゃねーの? と俺は思うんだよな。まあ、他人が口出しするような事じゃねーんだけど、お前らには添い遂げてほしいと思ってるっつーか、その、あー……悪ィな」
上手い言葉が見付からずに困った顔をする辰五郎を見て、土方は新しい煙草を咥えて目を逸らす。
「まあ……親切心だと受け取っとくよ」
「ん。そう思ってもらえると助かる」
ありがとよ兄ちゃん、やっぱイイ男だな。
万事屋に似ているけれど万事屋よりも少し素直で愛想のいい男は、顔を逸らした土方の耳がほんのりと赤く染まっているのを目に留めながら、指摘はせずに頬を緩めたのだった。
果たして翌日。
十五分前に待ち合わせ場所に着けば、そこには辰五郎がふよふよと浮いていた。
まさかついて来る気かテメェ、と呻けば、いやいや最初のうちだけ、ちょっとだけ、と男は笑う。
それがただの興味本位の出歯亀でない事を土方は分かっている。初デートが上手くいくか見守りに来るとかどんだけ心配されてんだ、と、土方は情けないやら恥ずかしいやら腹立たしいやらで顔を覆った。
まあ、万事屋が来るまでの間ぐらいはコイツと話していてもいいだろう。
そう思って、隣に浮かぶ幽霊とポツポツと言葉を交わし始めた土方は――その後一時間、辰五郎と一対一の会話を続ける事になる。
万事屋が、来ないのだ。
「……あー……えーと」
待ち合わせ時間から十五分を過ぎたところでそわそわし始めた辰五郎は、三十分経過した辺りから会話もおざなりになり、とうとう一時間に達したところでついに口火を切った。
「あ、あのな兄ちゃん。銀時の野郎、たぶん何か厄介な事に巻き込まれてんだよ」
アイツそういう変な籤を引き当てちまうタイプだから、と焦った表情で言い募る辰五郎を、土方はパチクリと目を瞬いて見返した。
「ああ、そうだな。それで?」
「…………ん?」
「だから、アイツはどうせ変な事に巻き込まれてんだろ。そんな事ァわかってるよ。で、それがどうした?」
何を突然言い出したのか分からない、という顔で首を傾げる土方をまじまじと見詰めて、辰五郎はしばしの沈黙の後、大声で朗らかに笑い出した。
「は!? オイ、どうした」
「いやいや……はっはっは、なんだ、俺がお節介焼く必要なんざ何もねーじゃねーか」
「はあ?」
男の台詞も、突然笑い出した意味も分からなくて土方は眉を顰める。
そんな土方に反して、辰五郎はすっかり満足の表情で独り頷いている。
その身体の輪郭は先程よりも少し薄れてきているように見えた。
「お前らが、どっかお互いに遠慮して線を引いてるように見えたんだよな、俺は。踏み込んじゃいけねーと思ってるっつーか……深入りしすぎねーように、相手を懐に入れねーようにしてると思ってた。何を怖がってんだかと、思ってた」
でもその様子じゃ、誤解だったな。悪ィ。
辰五郎はそう言って、土方へ満面の笑顔を向ける。
「兄ちゃん、銀時のこと、よくわかってんだな。お互いによくわかってっから、一番イイ距離で愛しあってんだな」
「愛……!?」
突拍子もない単語に咳き込んだ土方を面白そうに見詰めて、今や向こう側が見えるほど透き通った幽霊は、じゃあ俺はそろそろ行くわと右手の十手を振ってみせた。
「また気が向いたら見に来るからよ。その時は、銀時との近況でも聞かせてくれや」
「ちょ、オイ……!」
土方の引き止める声は聞かず。現れたのと同じくらい唐突に、その男は消え去った。
「……何なんだ、一体」
土方は呆然と呟いた。
昨日から、まるで嵐のようにやって来て帰っていった男。一体全体何事だったやら、イマイチ消化しきれていない。
ただ、あの世話焼きな男が、自分と銀時の間柄を望ましいものだと認めて背を押してくれているのだと……それだけの事は、手に取るようにわかってしまって。
土方は独り、こっ恥ずかしさに顔を染めたのだった。
白地に流水紋の着流しを纏った男が銀髪天然パーマを振り乱しながら駆けてきて、煙草をふかしながら待っている土方の姿に安堵してその場にへたり込むのは、これから三時間後の事だ。
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辰五郎さんの性格を捏造しまくりました。
ただの私の好みである。