驟雨は告げる
雨が降っている。
今日の午後になってサァサァと降り出したそれは、大雨とは呼べないまでも、濡れて歩いていくのは少々躊躇われる強さで。
街を行き交う人々は皆、頭上に傘を掲げ。でなければ両腕や荷物で頭をかばうようにして、通りを駆け去っていく。
くっちゃくっちゃと酢昆布を噛みながら、少女は色とりどりの傘の群れを見渡した。
昔ながらの和傘と今時の洋傘が入り混じる中に、見知った黒い制服の後ろ姿。
その手が服装に似合わぬ和傘を差しているのを見てとるや否や。ごくり、咀嚼していた酢昆布を飲み下して、口角を上げた神楽はそこへ突進した。
「入れるヨロシ!」
「どぅあ!?」
背中に半身をぶつけるようにして傘の下へ潜り込めば、ぶつかられた男は驚きでか衝撃でか、口から煙草をポロリと落とした。
まだ長いそれは地面に転がって、拾う間もなく雨に濡れる。
その様を目で追って舌打ちしてから、男…土方は、眉を吊り上げてこちらを振り返った。
「テメェ何すんだコラ!」
「聞こえなかったアルか。入れるヨロシ」
怒号を意にも介さずサラリと返せば、土方は虚を衝かれたように口を噤んで、それからキュッと眉根を寄せる。
…何で俺が、と呟かれた声に含まれているのは、抗議というよりは当惑と逡巡で。
突っぱねるべきか否かと迷っているのだと。そう見てとった神楽は澄ました顔で肩を並べた。
諾の返事を待つ必要などない。
否応に迷うそぶりを見せながら、土方の傘は既に、神楽を雨粒からかばうように差しかけられているのだから。
その手首の傾きが無意識だというならば、この男は相当なお人よしだ。
実際お人よしなのは知ってるアルけどな。神楽は口の中で呟いてちょっと笑う。
――それでも。誰かれ構わず己の横に立つのを許すほどには、穏和な人間ではないはずなのだ。この男は。
ホラ、行くアルヨ。と当然のごとく促して歩き出せば、土方は諦めたような溜息とともに神楽の隣に並んだ。
結局そうするのだから、最初から笑ってイエスと言えばいいのに。神楽は胸の内でひょいと肩を竦める。
とっくに出ている答えに気付かぬふりをして、渋ってみせたり抗ってみせたり。
それを大人の事情と呼ぶのなら、大人というのは総じて馬鹿な生き物なのだ。
生憎、かぶき町の女王はそんな茶番に付き合ってあげるほどヒマじゃないアルヨ。
ふふんと鼻を鳴らして、上機嫌でブラリ、左手を揺らす。
そうすれば、目の端に何か違和感を覚えたのだろう。右隣を歩く土方は訝しげにこちらを見て、ヒクリ。漸く気付いた事実に顔を引き攣らせた。
「…っておま、傘持ってんじゃねぇかァァァ!」
「コレは日傘ネ。お肌の弱いレディの必須アイテムアル」
ぐるんぐるん、閉じたままの傘を左手で振り回しながら、事も無げに神楽は答える。
全く悪びれたところのない応えに気を削がれたのか、一度立ち止まりかけた土方は、諦めの表情で再び歩き出した。
「日傘って、晴雨兼用でいけるだろそれ」
横目で神楽の傘を睨みつけながら、納得しかねる、とでも言いたげにブツブツ呟く土方に――ホラ、またアル。心の内で神楽は嘲笑う。
こちらを傘から追い出す気がないのは、先程と変わらぬ歩調で歩き出してしまった時点で知れているのに。
それでも文句を言わずにいられないのは、黙って意のままになるのが許せない男の性だろうか。
その無駄な抵抗が、却って相手に付け入る隙を与えるのだ。
…尤も、この隙を知っていながら付け込むこともできないヘタレも、いるのだけれど。
神楽は脳裏に浮かんだ男の顔に、呆れと蔑みの中間のような音でフンと鼻を鳴らした。
「兼用なんて軟弱ヨ。リンスインシャンプーみたいなものネ。結局シャンプーもリンスも満足にできてない気がするアル」
「どっちもそこそこできてんだから便利じゃねーか
「便利さを求めてそこそこで満足してたら人間おしまいネ。常に上を目指していかないと落ちぶれる一方ヨ」
「……まァ、正論っちゃ正論だが」
一瞬の淀みも無くつるつると少女の口から返される台詞に、土方は少しの沈黙の後、苦笑めいた色を目元に滲ませる。
「…お前、そういう口調アイツにそっくりだな」
しょーもねぇとこばっか似てやがる。
そう言って、くっくと肩を揺らした土方に。
――だからそれが隙だらけだというのに。
神楽は内心で肩を竦めながら、眇目で隣の男を見上げた。
「アイツって誰のことアルか」
「――!」
ズバリ、斬り込むように問えば、土方の顔が瞬間的に固まる。
しまったという色を浮かべた瞳が、ふわふわと彷徨いながら明後日の方向へと逸らされた。
「だから…アレだ。お前んとこの、頭の外も中も天然パーの」
「わからないネ。名前で言うヨロシ」
わざとらしく空惚けてみせれば、ギロリ、鋭い眼光で睨まれる。
しかしそんな苦し紛れの抵抗にビビるような相手でないことは、土方にも充分判っているようで。
すぐにまた、逸らされた視線。唇が薄く開いて、何も言わずに閉ざされた。
そんな風に口ごもる事の方が、普通に名を呼ぶよりもよっぽど居た堪れぬと…判らないほど馬鹿でもないだろうに。
(…いや、バカアルな)
神楽は本日何度目かになる断定を下して、聞えよがしに溜息を一つ。
些細な事に相手を想起しては、そんな自分を慌てて否定して。
否定しきれていないことにも気付かぬふりをして、目を逸らして誤魔化すのだから。まったくどうしようもない。
…そして、このバカな男のバカな部分に、付け込むどころか同調しているあの男も、また。
――ああ、本当に。
あっちでもこっちでも、大人というのは馬鹿ばかりだ。
追求を避けるかのように歩調を速める土方の肘を掴んで、グイと引っ張る。
今度は何を言われると思ったのか一瞬身を強張らせた相手に、神楽は首を横に振って、左の道を指し示した。
「そっちじゃないネ。私の用事があるのはこっちアル」
「…は、あァ!?ちょっと待てコラ、俺は見廻り中だって…!」
「困ってる一般市民を見付けるための見廻りじゃないアルか。濡れて歩く少女に傘も貸せなくて何が警察ネ!所詮決められたルートを歩くだけのお役所仕事アルか!」
皆まで言わせず畳みかければ、土方はヒクリ、頬を引き攣らせて溜息を堪えるような顔をする。
「いや、あのな」
「ゴタクはいいからさっさと来るヨロシ傘係り」
傘係りって何だ傘係りって!声を荒げた土方に構わずグイグイと引っ張り続ければ、やがて諦めたらしい男は、ハアァと深い溜息を吐いて神楽の手に傘を押し付けた。
「…わかった。じゃあコレやるから持ってけ。俺ァその辺のコンビニで買う」
その答えに。
神楽は、土方の吐いたのよりも、ずっと深い溜息を吐いた。
「まったく、これだからニコチンコは駄目アル。さっさとトシ姉に戻るヨロシ」
「………は」
心底呆れ返ったという声で言ってやれば、土方は間の抜けた声を発してパチリと瞬いた。
そんな顔は珍しい。頭の片隅でそう思いながらも、神楽は呆れた表情を引っ込めぬまま、ムゥと唇を尖らせる。
「ニコ中は嫌いネ。トシ姉がいいアル」
「…いや、オイ」
「別にお前とトシ姉が別人だって言ってるわけじゃないネ」
言いかけた台詞を遮れば、じゃあ何だ、とばかりに土方の眉が訝しげに寄せられる。
神楽は一つの傘の下、柄を挟んで真正面から土方に向き直った。
「トシ姉の時だったら、きっと笑って傘に入れてくれたヨ。途中で放り出したりしないで、私の行きたいとこまで送ってくれたはずアル」
自信満々の推定に、土方はちょっと口を噤んでから、困ったような苦々しいような複雑な表情をして口を開いた。
「それは」
「仕事だから?違うネ」
ぴしゃり。また遮って言い切ってやれば、土方の瞳の奥が当惑の色を宿す。
傘をつたった雨粒が、端から落ちて男の肩を濡らした。
ジワリと濡れている黒い生地を目に留めてから。神楽は土方の瞳を覗き返して、ニコリ。微笑んだ。
突然の雨は、時に人が常の装備としている仮面を洗い流して、その下の素顔を垣間見せてしまうもの。
唐突で想定外な事態は、取り繕う暇もなく反応を迫るから。
頭上を手で覆って走り去ったり、軒下に駆け込んでやむのを待ったり、或いは開き直って濡れて歩いたり…
そんな些細な行動の選択が、彼らの性格を現しているのだとするならば。
濡れている知り合いを、躊躇いながらも己の傘に入れたのが。この男の、本性なのだ。
「トシ姉は、仕事だからって無理して態度変えたりしてなかったヨ。逆ネ。仕事を言い訳にして隠さずにいただけアル」
そうアルな?問うて笑えば、土方は言葉を失ってこちらを凝視した。
特別任務という俄雨に遭って、咄嗟に開いた傘の内。
平素は「理性」とやらで抑え込んでいる柔らかな顔、演技だなんて口実にして曝け出して。
今だけ、仕方なく、と嘯きながら、張り巡らせた壁を少しだけ壊して。
そうして見せた表情が、本音じゃなければ何だと言うのだ。
…そもそも。驟雨にどんなに困ったとて、心底嫌いな相手との相合傘を選ぶ人間ではないだろう。
傍にいる者ならもう、誰もが知っている。
どんなに普段冷たいふりをしてみせたって。不測の事態に直面した時にこの男がとる行動は、いつだって人の好さとこちらへの好意を露呈していたのだから。
――認めないのは本人ばかりだ。
本音を見せるのに建前が必要だなんて。
なんて馬鹿で厄介な生き物だろう…この男、たちは。
脳裏にもう一人の馬鹿の顔を浮かべながら、神楽は侮蔑と親愛と足して二で割った笑みを口の端に乗せた。
「無駄な意地ばっか張って無理やりツンケンして、銀ちゃんの名前すらちゃんと呼べないニコ中は嫌いヨ。うちで銀ちゃんに『おかえり』って笑って、ご飯にするお風呂にする、それともワタシ?って言ってたトシ姉が好きアル」
「…オイ待て、最後の一言は断じて言った覚えがねェんだが」
「お前が言った覚えなくてもこっちにはそう聞こえてんだヨこのバカップルが」
ペペッと唾を吐いてやれば、土方は急に低くなった声に面食らったのか、一瞬唖然としてから何か言いたげに口を開閉させる。
また無駄な反論をしようとしているのだと、見て取った神楽は土方の台詞を待たずに言葉を継いだ。
「おかえり、って言われた時の銀ちゃんの顔、お前覚えてるアルか」
唐突とも取れる問いかけに、土方は当惑と怪訝さを浮かべた瞳でこちらを見返した。
覚えているはずがないアルな。神楽は内心で肩をすくめる。
土方が万事屋で寝泊まりしていた間ずっと、彼らは二人とも、自分の心情を無視するのに必死で。相手の動揺に気付く余裕など持ってやいなかった。
だけど。傍で見ていた神楽と新八は知っている。
あの時の銀時が、どんな顔をしていたか。
「銀ちゃんは、家族に夢見てるアル」
視線を左手の道に戻して、足を踏み出しつつ話せば。土方は先程道を違えようとしたのを忘れたかのように黙って隣に続いた。
神楽の話に興味を覚えたのか、それとも単に自分から話題が逸れて油断したのか。土方の思惑はどうあれ、好都合だと神楽は歩きながら言葉を続ける。
「家族って、実際は仲良いばっかりじゃないネ。いがみ合ったり……殺し合ったり、することもあるアル。でも銀ちゃんは、家族っていいものだと思ってるネ。すごくすごく思ってる、信じてるヨ」
銀時が、いつ、なぜ親を失ったのか。神楽は知らないし尋ねたこともない。
それでも。きっと「家族」というものを認識する前に独りになったのだろうということは、朧気ながらに想像できていた。
持たぬからこそ憧れて、知らぬからこそ夢を見る。
「だから銀ちゃん、本当は自分も家族が欲しいネ。…そのくせに、自分にはいないってもう諦めてるアル」
『おかえり』と言われた時の銀時の顔は、まるで褒められ慣れてない子が不意に頭を撫でられた時のような。
求めていたはずのものを目の前に差し出されて、歓ぶよりもむしろ途方にくれた顔をするのは。きっとそれはもう自分には手に入らぬものだと、自らの心で決めてしまっているからで。
隠すのが上手い男だから。
神楽が男のそんな顔に気付けたのは、二人の動揺に挟まれるような、特殊な状況があればこそ。
「…お前らが、家族なんじゃ、ねェのか」
躊躇いがちに口を挟んだ土方に、神楽は少しむくれた顔で首を振る。
「私も新八も、銀ちゃんのこと家族だと思ってるヨ。でも銀ちゃんはそうは思ってないアル」
「それは」
「違わないネ。家族同然、だとは思ってくれてるアル。でも」
些かムキになったような口調で遮ってしまってから。
神楽は道の先に視線を固定したまま、ちょっとだけ間を置いて、きゅっと眉根を寄せた。
「私にはパピーがいて、新八にはアネゴがいるアル。銀ちゃんは、私達にとってはそっちが本物の家族で、いつかは帰っていくものだと思ってるネ」
「…………」
「私にとってはパピーも銀ちゃんも両方大事な家族アル。どっちが本物なんて考える必要もないネ!…でも銀ちゃんは」
徐々に高くなる声が、ともすれば泣きだしそうな響きを帯びはじめたのに気付いて神楽は口を噤む。
土方は何も言わずに、ただ神楽と同じように前を見詰めて…ポツリ、応えた。
「…そう、かもな」
「そうアル。まったく面倒くさい男ネ」
落ち着きを取り戻した声で言い切って、神楽はほんの数秒、目を閉じた。
神楽より十年以上も長く生きてきた男。
その分、自分には想像もつかぬほどのことを経験してきたのだろうということは、神楽とて判っている。
後ろからさり気なく、見ていないふりで見守ってくれている視線に。本当に困った時には必ず差し伸べられる手に。幾度となく救われては、己はまだまだ尻の青いガキなのだと、そう思い知らされてきた。
だから。
今、とんでもなくバカらしいと思えることでも。ひょっとしたら自分にはまだ判らぬだけで、本当は必要なものなのかもしれないと。
そう、思わぬでもないけれど。
…けれど。
(そんなもの、わかりたくもないネ)
ぱちりと目を見開いて、神楽はフンと鼻を鳴らす。
大人というのは、頭が良すぎて。
何でも難しく考えすぎるから、おかしなことになるのだ。
いつか傷付けるかもしれない、なんて遠い心配のせいで、父親に置いていかれた自分がどんな気持ちだったか。
何が幸せかなんて勝手な推測で、さよならを言い渡された自分がどれほど哀しかったか。
それでも、窮地には余分な考えを抜きにして、身を投じて助けてくれたことに。
あの時も今も、どれほど心を支えられたか。支えられているか。
色んな事を知った上で、シンプルに、シンプルに。
好きか嫌いか。したいかしたくないか。欲しいか欲しくないか…己が心の命ずるままに。
唯、背筋を伸ばして生きていけと。
――教えてくれたのは、銀ちゃんネ。
それなのに、自分のことになったら途端に及び腰だなんて。
まったく、それだからモテないアルヨ、天パ。神楽は不満も露わに盛大に口元を歪める。
「私は、彼のダメなところが愛しいの、とか言ってるその辺の女どもみたいに甘ちゃんじゃないネ。ダメなものはダメヨ。単純にムカつくアル」
「あ、あァ、そうか」
「そうアル。…大好きなのに、ダメだから、余計にイライラするネ」
唇を尖らせて言った神楽の、拗ねたような声音に。
土方は二、三度またたいてから、フッと目元を緩めた。
「……そうかい」
「オメーのことも言ってんだヨわかってんのかこのニコ中。他人事みたいな顔してんじゃねーヨ」
柔らかな相槌を寄越すのをジロリと横目で睨めば。土方は今度こそ返す言葉を失ってグッと押し黙った。
言われた言葉が予想外だとでも言うように目を瞠ったのは、「ダメ」の矛先が自分にも向かっていると思っていなかったからなのか。それとも、神楽が自分を「大好き」と評したことが意外だったのか。どちらにしても腹の立つ話だと、神楽は左手の傘先で道端の小石を弾き飛ばす。
そして、ちろり。意味有りげな目で、右隣の男を見上げた。
「私、他人が『本物』の家族になる方法、一つだけ知ってるアルヨ」
「…あ?」
怪訝な顔でこちらを見下ろした土方に、神楽はニッコリと笑みを返す。
あの面倒な男が呼ぶところの『本物』とやらを。今からつくる方法があるとすれば…それは。
「トシ姉、万事屋に嫁にくるヨロシ」
「―――っ!?」
途端、声を詰まらせて瞬く間にぐぁっと顔を染め上げた土方に。
あ、トシ姉に戻ったアル。声を上げて神楽は笑う。
必死に磨き上げてきた理性という名の仮面を取り落とした時。この男が見せる素の顔は、あまりにも『鬼の副長』とはかけ離れていて。
「銀ちゃんに、おかえり、ただいまって、毎日言ってあげてほしいネ」
「な、そ、バ…ッ」
まともな言葉を成さぬ口をパクパクを開閉させる土方を見ながら、その顔で万事屋に来たらいいと神楽は目を細めた。
父のように、兄のように。こちらが眠れぬ夜に伸ばした手は、いつでも温かく握ってくれるくせに。
自分が本当に欲しいものには手を伸ばせない、あの馬鹿な男には。
ふざけんな逃げてんじゃねぇと、胸ぐら掴んでくれる相手が必要だから。
――悔しいけれど、それは私じゃダメなのだ。
バカにはバカが似合いヨ。負け惜しみのように呟いて口端を上げる。
そして、また正面に戻した視線の先。目的のものを目に留めて、神楽は弾んだ声を上げた。
「あ、いたアル」
「あ?」
神楽の声に、眉を上げた土方が視線を向けるよりも早く。
「銀ちゃーん!迎えにきたヨー!」
「な…!?」
かぶき町駅の中央出口で雨宿りをしている男に、神楽は呼びかけて大きく手を振った。
気怠げな目で雨空を見上げていた銀時は、少女の声に反応してこちらを向く。
「おー、やっときたか遅ぇよおま…って、へ?アレ?……なんで?」
「だから迎えにきたアル」
「いやいやそれは判ってるけどね。俺が聞いてるのは何でそこにマヨ警官がいるのかってことでね」
「トシ姉、銀ちゃんは仕事でちょっと遠出してたアル。で、今帰ってきたとこネ」
「オイィィ!そっちに説明する前にこっちの質問に答えろバカヤロー!」
立ち止りかけた土方の腕を掴んでぐいぐいと引きずっていけば、半ば硬直している男と妙に慌てた様子の男が、正面で向かい合う。
――そして。
「今、帰ってきた、とこネ」
「……〜〜っ」
わざとらしいほどに一言ひとこと区切って、プレッシャーを込めた瞳で見上げてやれば。土方はグッと息を飲んで、キツく寄せられた眉根から鼻筋にまで皺を刻んでこちらを見下ろした。
見ようによってはヤクザも顔負けの凶悪面だけれど、その実はまるで追い詰められた猫だ。それも、天敵との戦いの最中のような切迫感ではなく、ただ今まで跳んだことのない幅の溝に直面して躊躇しているかのような。
だからまったく怖くない。
ニマリ。口角を上げてみせれば、ピクリ、土方の目元は更に歪んで。
…ちょ、何?何かあったのお前ら。と、戸惑ったような銀時の声に微かに肩を跳ね上げてから……土方はゆっくりと、視線を男の方へと向けた。
「お…」
「お?」
これ以上ないほど眉間に寄せられた皺と、地を這うような声音。
絞り出された一音を、訝しげに聞き返した銀時へ。
「…おか…え、り」
「は…!?へ…あ、え?」
殺気すら漂うほどの眼光とともに吐き出された台詞。
銀時は面食らったように目を瞠ってから、しどろもどろ…否、むしろ、おそるおそる。
「……た、だい、ま?」
そう、応えて。
うわ、なんだコレ。呟いて赤面した男二人に。
うわ、はこっちの台詞アル。神楽はげんなりした顔で眼前の光景を見詰めた。
さっさと開き直ってくれればこちらも素直に祝福してやるのに。そうやっていつまでも遅れてきた青い春みたいなことをしているから、蔑みの目で見られることになるのだ。
やれやれ、肩を竦めて踵を返す。
これ以上ここにいては、むず痒さのあまり二人をシメあげてしまいそうだ。
「じゃ、あとはよろしくヨー」
「…っへ!?ちょ、待て待て、神楽ちゃん!?オイ!俺の傘は!?」
焦って呼び止める銀時には、トシ姉に入れてもらえヨと素っ気ない声で返して。神楽はサァサァと降りしきる雨の中へ、愛用の傘を開いて踏み出した。
バラバラと傘を打つ雨の音と、テメェそれやっぱり雨傘にしてんじゃねぇかァァ!という土方の叫びをBGMに。
世話のやける男どもアル。
少女はそう呟いて、笑った。
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あの本編の後も、結局そう大して進展してなかったようですコイツら。
…そりゃ神楽ちゃんもシビレをきらすってもんです。
あ、この話は吉原編より前ということでお願いします。
このあと銀ちゃん自身が心境的に色々と乗り越えた上で、晴太と日輪の背中を押してあげられたのだとしたら…泣けます(私が)