嫉妬



目立たぬ位置に原チャを停めて。
裏へ回って、塀乗り越えて。
気配を殺して中庭突っ切れば、そう。
お前の部屋まで、あと一歩。




特殊武装警察、真選組の屯所。
中庭の木の影に身を潜ませて、銀時はじっと正面に視線を注いでいた。
見詰める先は、副長の自室。
久しく、それはもう長いこと会っていない…恋人、の部屋。

最近、何だかやたらと将軍殿が城外に顔を見せるような行事が重なって。すると当然のように、それを狙ったテロが計画されて。
犯行予告やら未然逮捕やら、爆発事件やら刃傷沙汰やら、そんなものが毎日ニュースを賑わせていた。
警察に死者が出たとかいう話は聞かなかったから、心配などはしていなかった、けれど。

会話も交わさず顔すら見ず、もう何日が経過したか。

忙しいのは判っている。だから連絡しなかった。
「仕事と私とどっちが大事なのよ」なんて関係では無いのだ。そんなこと、意地でも言ってやるものかと思う。まァ、言ったところで「仕事」と即答されて終わりだろうが。
…脇目もふらずに職務に打ち込む姿は、悔しいけれど好きだから。
だから、邪魔しようとは思わない。無理して時間を作れとも言えない。
こればっかりは惚れた弱みだ。

だけど。

最後に顔を合わせたのが三週間前。
二人きりで会ったのはそこから更に二週間前。
身体を合わせた日なんて、更になんと二ヶ月は遡る。


限界だ。
何て言うか、色々なものが限界だ。

感情的なモンから身体的なモンまで何もかもが限界だっつーんだよコノヤロー!



…と、いうわけで、ここに至る。

今日の昼間、久々にお妙のストーキングに来たゴリラを捕まえて聞けば、真選組はこの数週間の殺人的な激務からやっと脱したそうで。
目の回るような日々を送っていた鬼副長どのも、今夜から明日一日はオフだという情報を得た。
そうと判れば遠慮はいらない。
今まで堪えに堪えた分、たっぷりしっかり補わせてもらおうじゃねーの。


木影から周囲の気配を窺って、スルリ、素早く縁側へ身を滑らせる。
日が落ちてまだ然程経っていない、夜這いというには早すぎる時間。あたりは一応暗いけれど、あちこちの部屋からは煌々と灯りが漏れている。
当然、目の前の障子からも。

土方はまだ起きている。
銀時は胸の内で「よし」と頷きを一つ。
…さすがに、疲れて眠ってるのを叩き起こしたり、寝込みを襲うような鬼畜にはなりたくないわけで…。
だったらそもそも来るな、今日ぐらいゆっくり眠らせろ、とか。そんな文句が聞こえてきそうだがこの際それは黙殺。
しつこいようだけど、こちとら限界なんですっつー話。

(お前はずっと忙殺されてて他のこと考えてる暇も余裕も無かっただろうけどな?特に忙しくもなく数ヶ月を過ごした俺の煩悶をナメんなコノヤロー)


気配を殺して障子ににじり寄る。
部屋の内側の気配を探れば、微かに衣擦れの音が聞こえてきて。
着替え中だと悟って、銀時は思わずガッツポーズをとった。

隊服から着流しに。それは仕事から解放されたという証で。それはつまり、襲うのに何の遠慮もいらないということ。
…しかも、今まさに着替えているということは、彼の腰に刀は無い。鞘ごと腰から引き抜かれて、机か床かどこかに置かれているはず。

(っつーことは、俺が部屋に飛び込んでも、拾って抜いて斬りかかってくるまでにはタイムラグがあるから…)

一気に距離を詰めて捕らえてしまえば、刀振り回される事態は避けられる、と。
よっしゃ!ナイスタイミング俺!
銀時はニヤリと口角を引き上げた。

音を立てずに呼吸を整える。頭の中でザッとシミュレーション。
いつものアイツなら、声もかけずに障子が開けられれば振り向きざまに抜刀。それは武装警察の副長としての反射なのだろうから咎めることはできない。…けれど、今は手元に刀が無いから。
咄嗟に拾おうとするか、もしくは体術で対処しようとするか。どちらか判らないが、その一瞬の隙に懐に飛び込んで利き腕と腰を捕らえて。
あとはちょっと濃厚なチューでもかましてやれば。
よし。

頷いて、腰を少し落として。
そっと息を吸い込んで。


スパァァァン!!


勢いよく開いた障子。風の如く部屋に飛び込む。
目に映った光景は、縁側で巡らせた想像と寸分違わぬもの。
土方は隊服を脱いで着流しに腕を通して、両手で帯を巻いているところで。刀は少し離れた机の上。

勝った。
何の勝負かは判らないが、銀時がそう思った、その瞬間。


土方は、振り向きざま。
いつも抜刀するのと同じタイミング、同じ眼光、同じ表情で。


口を、開いた。



「山崎ィィィ!!」



は?…と、思う間も無く。
土方の声が響くか響かないかという早さで天井裏から降って来た黒い影が、短刀を手に銀時に跳びかかった。

「うおぉああ!?」

ガッ、咄嗟に腰から抜いた木刀で短刀を受け止めれば、黒い影は一瞬息を飲み、驚いたように目を瞠って跳びすさる。
そして。

「…ってアレ?旦那じゃないですか!何してんですか危ないなァ!」

黒い影…山崎は短刀を構えていた手を下げると、驚き呆れたような目を銀時に向けた。



「ちょ、副長、何で俺呼んだんですか?本気で跳びかかっちゃったじゃないですか!」
「あァ?本気でヤれよ何勝手に刀引いてんだテメェ。さっさと鼠を始末しろや」

山崎の抗議を受けた土方は、手早く帯を結びながら無情に言い放った。
テキパキと身なりが整えられて、机の刀が引き寄せられる。

「えええ!?無理ですよムリムリ!旦那相手じゃ俺が敵うわけないじゃないですか!」
「敵前逃亡する気かコラ。切腹してェんだな?」
「ひいぃ!いいいや、ちょ、待…っ」

パタパタと顔の前で手を振った山崎にギラリと鋭い視線が投げかけられ、鯉口が切られる。
蒼ざめた山崎はズザリと後ずさって…

「待て待て待てお前らァァァ!」
「…あ?」

そこに至ってやっと、銀時は我に返って声を上げた。
土方の不機嫌な目がこちらを向く。
しかし銀時はその土方の不機嫌を上回る怒りをもって大股で詰め寄ると、わななく指を山崎に突きつけた。

「なにコレ?何でコイツが天井裏から降ってくんの!?そもそも何でお前は咄嗟にコイツの名前を呼ぶの!恋人が部屋を訪ねて来たっつーのに他の男を呼ぶとかどういうことだコラ!つーか今お前着替え中だったよね?天井裏覗きを公認ですかコノヤロォォォ!」
「意味わかんねーこと言ってんじゃねェェェ!着替え中で隙ができるから山崎に見張らせてんだろうが!気配殺して部屋に飛び込んできた不審者に文句言う資格があると思ってんのかァァア!」

至極当然のはずの抗議には、至極真っ当な反論が返ってくる。
…なるほど、土方の言うことには、確かに一理あるかもしれない。しかし。

納得できない。
できるはずがない。

――何と言うか、ものすごく、面白くない。

銀時はギリリと歯を食いしばって、再度山崎に指を突きつけ直した。

「だから!何でコイツが見張りなわけ!?」
「そりゃ、俺は副長付きの監察ですから」
「何だそのオイシイ役職ぅぅぅ!立候補!銀さん立候補するから!今日から俺も副長付きの観察な!つーか土方に張り付いて観察すんのは俺だけでいいから!」
「字が違ェェ!つーかテメェみてェな胡散臭い野郎を雇うほど真選組は落魄れてねェんだよ!一次面接で落選だ、帰れ!」
「誰が帰るかァァァ!今日はオメーとしっぽりキメるまで帰らねェって決めてんだよ!むしろ明後日の朝まで帰りません!」
「山崎ィィィ!今すぐコイツを締め出せェェェ!」

青筋を立てて怒鳴った土方に。
今度こそ、銀時のどこかがブチンと音を立てた。



「だーかーらァァァ!そいつを呼ぶな!頼るな!今後一切山崎という名を口にするな!なんかイラッとすんだろーがァァァ!!」



そうだ。気に食わないのは、夜這いを邪魔されたこと自体じゃなくて。
咄嗟に土方の口から飛び出した名前。名を呼ばれただけで全て心得たように動いたソイツ。
そのツーカーぶりに。


まさか、ジミーに嫉妬する日が来ようとは。
…夢にも思いませんでしたよコンチクショー。





オマケ

「まァそんなわけで、ジミー、出てって」
「ああ、はいよっ」
「な…っ!はいよ、じゃねェよ!何でコイツの言うこと聞いてんだテメェは!」
「旦那、あの、副長疲れてるんで、ほどほどにしといて下さいね」
「はいよー」
「だからはいよじゃねェェ!何だお前ら!何の協定だコラァァァ!」


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土方とツーカーな山崎が好きです。
…ただ、それだけの話でした。すみません。


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