冬の寒さも徐々に和らぎ、本日は晴天、小春日和。
真選組屯所の縁側には、やわらかな陽射しがそそいでいる。
そこに腰掛けて何やら書類を繰っている土方の姿を見付けて、銀時は緩く口端を持ち上げた。
発言には御注意を
「よー、いい天気だな」
「……どっから入ってきたテメェ」
チラリと目を上げて、しかめっつら。
門から堂々と、と答えれば、その顔は更に忌々しげに歪んだ。
「門衛は何してやがんだ」
「副長さんに用があるっつったら通してくれたぜ」
「そうか。切腹だな」
舌打ちする土方に笑いながら隣に腰掛ければ、間髪入れずに「誰が座っていいっつった」と文句が飛んでくる。
仮にも恋人が尋ねてきたというのに、相変わらず可愛げのないヤツだ。
…でも。
銀時はひっそりと笑みを零した。
陽射しは温かいとは言っても、風が吹けばまだ肌寒さを感じる、こんな時季に。
わざわざ縁側に出てきて書類を繰っている…なんて。
まるで、誰かがふらりと庭に来るのを予期していたようではないか。
真選組はここ数日、あまり忙しくないらしい。
近藤が妙のスナックに現れる頻度でそれが判る。だから銀時は妙から話を聞くことで、屯所を訪れる日を図っているのだが。
ひょっとしたら土方は、仕事が暇になると銀時が訪ねてくる、という法則に気付いたのかも知れない。
――それで待っていたのだとしたら、コイツにしては何とも可愛らしいことだ。
「いい天気だなーオイ」
「お前それさっきも言ったぞ」
へらりと相好が崩れそうになるのを誤魔化して空を見上げれば、隣からは呆れたような声が飛んでくる。
そうだっけ?なんて適当に聞き流しながら、銀時は上機嫌に目を細めた。
青空から降りそそぐ温かい光。
いい日だ。
気候が良ければ、自然と気分もいい。
少々ツンデレのツンが過ぎる恋人の言動も、今日なら許せてしまいそうだ、なんて。
そんなことを考えたところで、縁側を近付いてくる足音に銀時はピクリと片眉を上げた。
「あ、どうも。こんにちは旦那」
「アレ?今なんか空気中から声しなかった?気のせいか」
「空気って何ですか!俺ここにいるんですけど!旦那、程度の低い嫌がらせすんのやめて下さいよ!」
歩み寄ってきた男…山崎は、溜息を吐きながら持ってきた盆を縁側に置いた。
盆の上には、二人分の緑茶と茶菓子が乗せられている。
「おー、悪ィな柴田くん」
「山崎です。掠りもしてないんですけど」
「オイ山崎、テメェ何でコイツの分まで茶なんか持ってきてんだよ」
銀時の嫌がらせや山崎の抗議は丸っきり無視して、土方は盆を見て眉を寄せる。
え、門衛から旦那が来てるって聞いたんで…と答えかけた山崎を、銀時の声が遮った。
「何言ってんのお前?お客さんに茶ァ出すのは常識だろーが!」
「テメェのどこが客だ!勝手に押しかけてきやがっただけじゃねーか!」
「俺はお前に呼ばれたから来たんですー」
「誰もテメェなんぞ呼んだ覚えはねェ!」
「心の声が聞こえたんだよ」
「その腐った耳、斬り落としてやろうか?」
やいのやいのと言葉を交わす二人を見遣って、山崎は呆れたような溜息を吐いた。
そして懐から大きめの風呂敷のようなものを取り出すと、土方の背後に回り、それをフワリと土方の肩に回し掛ける。
「…………は?」
何の脈絡もない行動に、パチリ、銀時は瞬いた。
「あ?そんな戯言が聞こえるような耳は俺が斬りおとしてやるっつったんだよ」
「いや、それが聞こえなかったわけじゃなくて……え?」
てるてるぼうずのような格好にされたにも関わらず、土方は驚きも抗議もしないどころか、まったくの無反応。
何コレどういうこと?戸惑う銀時の眼前で、土方の背後に佇む男は、今度は鋏を取り出した。
そして徐に土方の後ろ髪をかき上げ…
――シャキリ。
「オーイ待てコラ。何から突っ込めばいい?」
銀時はついに堪え切れず声を上げた。
「アァ?何の話だ」
「いやだから」
眉を顰める土方にイライラとした口調で答えながら、ビシ、と山崎に指を突きつける。
指された山崎はキョトンという顔をしていて、それがまた銀時の苛立ちを煽った。
「まず、何でいきなり散髪を始めてんの?」
「ああ、そのことですか」
銀時の不機嫌な詰問に、山崎は何でもない事のように答える。
「旦那が来る直前に頼まれて、道具を取りに行ってたところだったんですよ。だから副長もこの為に縁側に出てたわけで」
自分を待っていたのかと思った俺のトキメキを返せコノヤロー。
ひくりと頬を引き攣らせながら、銀時は今度は土方に目を向ける。
「お前、何でコイツにそんなこと頼むの」
「髪結い床なんか行くの面倒くせぇだろ」
近藤はカリスマ美容師に切ってもらおうとしてあんな悲惨な目にあっていたというのに。顔のいいヤツの無頓着って嫌味だよな…
銀時は一瞬、先日床屋で出遭った事件に思いを馳せかけ…すぐに思考を引き戻した。今はそんな余所事を考えている場合ではない。目の前の現実の方が大問題だ。
表情を険しくして土方を睨みつける。
――何が、問題なのかと言えば。
「…お前、俺がうなじ触るとすっげぇ嫌がるくせに」
「テメェの触り方はいかがわしいんだよ」
恨みがましい訴えは言下に一蹴され、銀時の眉間に皺が寄る。
その上。
「大体、首筋なんて急所、そうそう簡単に人に触らせて堪るかよ」
「だからァァァ!!」
サラリと吐かれた聞き捨てならない台詞に、銀時は立ち上がってわしゃわしゃと髪を掻き回した。
「だったら何で!コイツはいいんだよ!?首筋に!背後から!刃物持って!触ってんだぞ!?」
山崎に指を突きつけての全力の抗議に、土方と山崎は二人揃って目を瞬き、顔を見合わせた。
何でって言われてもなァ、とでも言いたげな二人の表情を見て、銀時の背を嫌な予感が駆け上る。
(…コイツは他人じゃねェし、とか言うんじゃねーだろうなオイ)
や、いくらなんでもそこまでは言わねーよな、と自らに言い聞かせる銀時に、土方は説明に困ったような顔をしながら口を開いた。
「…何でっつっても……コイツはもう自分の手足みてーなもんだし」
「一心同体宣言かコノヤロォォォ!!」
もっと悪かったよチクショー、銀時は唸って頭を抱える。
(あー…ダメだ。何コレ。殺したい。ジミーって殺しても罪にならないよね。だってジミーだし)
あらぬ方向を向いてブツブツと呟き出した銀時を見て、土方は不審そうに眉を寄せた。
そして、ふと何かに気が付いた様子で疑わしげな声を発する。
「……何だ?お前ひょっとして、山崎に嫉妬してんのか?」
「ぐ」
図星を指されて銀時は呻いた。
妬いていると知られたこと自体も恥ずかしいが、土方の声音が「まさかだろ」という色を乗せているのが一番居た堪れない。
土方は銀時の態度で確信を得たようで、その表情はもう完全に呆れかえっていた。
「山崎相手に嫉妬って…お前、自分で情けなくならねぇ?」
「副長、その言い方はさり気なく俺に失礼です」
「あァ情けねーよ!なんで主人公の俺がこんな準レギュラーどころか半分エキストラみたいな、いやむしろ背景みたいなヤツに妬かなきゃなんねーわけ!?」
「誰がモブだァァァ!!俺はハッキリキッパリ準レギュラーですよ!」
失礼な二人組に声を荒げて抗議してから、山崎は本日一番深い溜息を吐いた。
「あのですね、旦那……触らせてもらえない、ってのはつまり、意識されてる、ってことでしょう?居ても居ないかの如く扱われるより、旦那にとってはその方がよっぽどいいんじゃないですか?」
山崎の言葉に、イライラと顔を歪めていた銀時は少し眉間の皺を緩めた。
思案するように首を傾げ、顎に手を当てる。
「あー…まぁ、キスしようって顔寄せた時に無表情無反応だったら、ちょっとヘコむ気はするな」
「でしょ?そもそも、副長はどうでもいい相手にはホント適当な対応しますからね。珍しいんですよ、旦那みたいに副長の方からガンガン突っかかってく相手」
「山崎」
土方が遮るように低い声を上げた。
…が。そこで遮ろうとすること自体が、山崎の言を肯定していることに他ならなくて。
急に浮上してきた気分に、銀時はニヤリと口角を上げた。
「へぇ〜…土方お前、俺のことそんなに意識してたんだ?」
「テメェみてーなうさんくせー野郎、誰でも警戒するわ」
冷たい即答。だが視線はフイと逸らされ、結んだ口元は不本意そうに歪んでいる。耳がほんのり赤い、気がしないでもない。
何だこの絵に描いたようなツンデレは、と、銀時は噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
ホラね、と目だけで微笑んで理容鋏を動かし始めた山崎にも、もう大して苛立ちは沸いてこない。
まったく我ながら現金なものだと銀時は苦笑する。
…しかし。急速に浮上した気分というのは、落ちるのも速いもの。
「俺なんて寝所に起こしに入っても全然目も覚ましてもらえないんですから。こうも無警戒だと却って複雑な気分ですよ」
――ビシッ
何気なく放たれた山崎の一言に、銀時のイイ気分は呆気ないほど簡単に雲散霧消した。
「テメッ、なに土方の寝込みに堂々と近付いてんだコラァァァ!!俺だって土方の寝顔見たことなんか数えるぐらいしかねーんだぞ!?」
「ええええ!そんな、仕方ないじゃないですか!毎朝定時に起こしに来いって副長の命令…」
「なんつー羨ましいこと命じられてんだコノヤロォォォ!!」
「ギャアァァァァ!!」
沸点に達した銀時の怒りは、今度はそう簡単には治まらず。
山崎は己の不用意な発言を、心の底から悔いることになったのであった。
俺の髪切れんのそいつしかいねーんだからもう放せ、と言われた銀時が更にキレるのは、この数分後のこと。
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一周年記念リク
「『嫉妬』の流れのもの(男前な副長と実は男前の山崎、男前とヘタレを兼ね備えた銀さん)」
……男前…?
すいませんただのアホな話になりました(土下座)
『嫉妬』は、己の手足のように山崎を使う土方と、当たり前のようにそれに応える山崎と、それにうっかり嫉妬しちゃう銀ちゃんを書きたくて書いた話だったので…今回もそんな感じで書かせていただきました。
リクエスト下さった方、どうもありがとうございました!
ご期待に添えてなかったら申し訳ありませんー!