「…は、え?」

しばらく状況が把握できなかった。
ただ、視界一杯に広がった銀色にチカチカと目が眩む。

「な…」

フワリ。
鼻腔を擽る、甘い匂い。
その匂いの正体に気付いた時、頭の中がスパークした。

「え、ちょ、なん…!?」

言葉にならない声を発して、パクパクと口を動かす。
咄嗟に突き放そうとするのに、身体が動かない。
締め付けてくる腕の強さと、間近に漂う香りに眩暈がした。

「ったくお前、嫌ってるふりとか無関心なふりとか、どうしてそういう憎まれっ子的な演技ばっか上手いんだよ。ホント器用なのか不器用なのか判んねーよ。まんまと騙されたじゃねーかコノヤロー」
「…っ、な、に、言って…」

土方の顔の横で、銀時の呟きが響く。
耳に直接注ぎ込まれるような声の近さに頭が霞んで、言っている内容の半分も脳に到達しなかった。

(な、にしてんだコイツ何なんだコレなんでこんな、何…!?)

完全にパニックに陥って息が止まる。
その上、銀時が少し腕を緩めて鼻先が触れ合うような距離で土方の顔を覗き込んだものだから、今度は心臓が止まるかと思った。

「ひ…っ」
「ちょ、ひってオイ。その反応ちょっと傷付くんですけど」

思わず漏れた引き攣ったような声に、銀時が苦笑を零した。
それから宥めるように土方の背を撫でる。

「オメー、身体ガッチガチなんだけど。大丈夫か?」

落ち着かせるような意図で優しく背を擦る手に、逆に土方は身を強張らせた。

「…ッ、ガ、ガチガチになるに決まってんだろーがこんな…っ!いきなり、訳わかんねー状況…!」
「訳わかんねェか?」

固まって身を捩ることもできない代わりに絶え絶えな声で訴えると、銀時は手を止め、正面から真っ直ぐに、土方の瞳を見詰めた。


「こんな場面で相手を抱き締める理由なんか、一つしかねェだろ」


その言葉に。
わざと目を逸らしてきた期待がぐっと頭をもたげて、土方は息を飲んだ。


「…ど、同情、とか…」

無理矢理に期待の頭を押さえつけてそう言えば、銀時は眉を寄せて、あのなァ、と溜息を吐いた。

「俺は自分に惚れてるって野郎を同情で抱き締められるほど、優しくも残酷でもねェよ」

その真剣な瞳に、ごくりと土方の喉が鳴る。
してはいけないはずの期待が、押さえつけた掌の下で暴れている。

「じゃ…」
「な。答えはもう一つしかねェだろうが。わかってんだろ?」

銀時の右手が、土方の前髪をそっと掻き揚げた。
汗で濡れた額に触れる指先に、ビクリと身体が震える。

「…わかんねェよ」

泣き出しそうな目で、掠れた声で、弱々しく土方は呟いた。
銀時がこんなことをする理由など。
土方の告白を受け入れて、喜んでいるとしか考えられない。
…だが、それはあり得ないから。

「いや絶対わかってるね。多分お前が今思い浮かべて勝手に否定した、それが正解」
「嘘だ…っ」

土方の胸の内を見透かしたようにキッパリと言う銀時に、声を震わせて土方は首を振った。
そんなことがあるものか。
こんなのは、俺のバカな想いが抱かせているバカな妄想に過ぎない。
信じてはいけない。期待してはいけないのだ。

「だってテメェ、俺のこと嫌いじゃねェか!」

信じるべきなのは、こっちだ。
今、ただ一時起こっている奇跡のような状況ではなくて、ずっとずっと眼前に提示されてきた現実。

「会う度に嫌な顔して、口開けば喧嘩しかしなくて…っ」

その態度で、表情で。「お前なんか大嫌いだ」と言っていたではないか。
ひび割れる声で自分に言い聞かせるように叫んだ土方に…銀時は穏やかな声を発した。


「…その台詞、似たようなのをどっかで聞いたと思わねェ?」


予想外な言葉に、土方は思わず声を失った。
お前は俺が嫌いだろう、と。会う度に嫌な顔してたじゃねェか、と。
似たような台詞を、確かにどこかで。
…それは。

「ついさっき、俺がお前に言った台詞だよな。で?お前はなんて答えた?」

ゆっくりと、諭すように話す銀時に、土方の身体がまた、震え出す。
しかしそれは、先程までとは少し種類が異なる震えで。

まさか。

まさかと。
胸の内で押さえ付けていた期待が、指の間から這い出そうとしている。

この想いを相手に知られないために、嫌いなふりをしていたと。
土方は銀時にそう告げた。

それが。


「俺らは結局、お互いに同じことしてた訳だ」

まったく、こんなとこまで思考が似なくてもいいってのによ。
そう言って、銀時は。
見たこともないような柔らかい表情で微笑んだ。



「嘘…だろ…?」

しばらく呆然と声を失っていた口が恐る恐る発した言葉に、銀時は少しだけ顔を顰めた。

「嘘じゃねェって。つーかこんな嘘つかねーよ流石に」
「嘘だろ…!」

ゆるゆると首を横に振る。
すると銀時は今度ははっきりと不満そうな表情を見せた。

「いやだからお前、俺のことどんだけひどい男だと…」
「嘘なら嘘だって、今、言ってくれよ…!」

俺が、信じてしまう前に。
土方は訴えるような目で銀時を見詰めた。

本当は今すぐにでも目の前の奇跡に飛びついてしまいたい。
でも、信じてしまった後に突き落とされる奈落の深さは計り知れないから。
銀時の言葉を手放しで信じるには、今までの言動に不可解なことがありすぎた。

だから。

もし質の悪い冗談ならば、まだ傷の浅いうちにそう言ってくれ。
…そうでなければ。
この不安を全て潰してくれる、信じるに足るだけの言葉を、どうか。


切実な色を湛えて真っ直ぐに見詰める土方の目に、思うところを感じ取ったらしい。銀時は不満そうな表情を緩めて微苦笑を漏らした。

「…信じていいんだって。つーか信じろよ」

惚れ薬なんか飲ませて、結果的にお前を苦しめちまって、悪かったけどさ…。と、困ったようにパリポリと頬を掻きつつ、土方の身体に回した片腕に力を込める。

「俺もお前に嫌われてると思い込んでたから、お前の不機嫌そうな面とか見んの結構キツかったりしたわけで…せめてもうちょい穏やかな会話ができねェかなーとか考えてる時にあのサドガキに薬見せられて」

旦那ァ、土方さんを惚れさせてみませんかィ。どんな堅物もイチコロな妙薬ですぜィ…とか言われて見ろ!うっかり乗っちまうだろーが!その辺の男心を察しろコノヤロー!
…と、最後には逆ギレぎみに視線を逸らしつつ言い放った銀時に、土方はパチリと瞬いた。

「…お前に惚れちまった俺をからかい倒すつもりで薬飲ませたんじゃなかったのか?」
「誰がそんな最低なことするか!…って、え、お前まさかそれずっと根に持っ…じゃない、気にして…?」

即座に否定した後に驚愕したように目を瞠った銀時に、土方は何と言っていいのか判らずに口を噤んだ。
確かに、銀時がそんな非道なことをする男だとは思っていない。しかしあの時、「何故総悟に協力したのか」と聞いた土方に、銀時自身がそう答えたのだ。
だから、自分は銀時にそこまで嫌われているのかと、そう落ち込んだのに。

目で問えば、銀時は「あー」とも「うー」ともつかぬ声を漏らして髪を掻き回した。

「…あのな。惚れ薬も効かねェほど自分を嫌ってる相手に、俺に惚れて欲しくて薬使いましたーとか言えんのか、お前は」

惚れてほしくて。
何気なく放たれた言葉に、全身の血が逆流した。

(ほ…ほほ惚れてほしいって、惚れてほしいって思ってたってのか!?コイツが、俺に…!?)

ドクドクと、心臓が耳元でやたらと大きな音を立てている。
そんな、そんなバカなと叫ぶ理性の欠片を、激しい血流がどこか遠くへ押し流そうとしていた。

「で、でもテメェ、俺に惚れられるなんざ冗談じゃねェって…」
「それも一緒。本音なんか言える状況じゃなかっただろーが。やっぱやめようっつったのは、薬使って惚れさせるなんざやっぱり卑怯だと思ったからだ」

まだ頑なに信じまいとする脳の片隅が必死に壁を築くが、それもあっさりと打ち破られる。

「じ、じゃあ、俺が薬飲まされた時にあんなに慌てふためいたのは」
「それは、その…薬使って人の気持ちをどうこうなんかしたくねェんだけど、いざ俺に惚れたお前を目の前にしたらそんな理性を保てる自信がねェとか、そういう複雑な葛藤がだな」
「…さっきまで、惚れ薬が効いてんだろってしつこく俺を問い詰めてたのは…」
「明らかに俺に惚れてますって態度取ってんのに、お前が頑なにそれを認めようとしねェのが悔しくて」

胸を塞いでいた不安が、懐疑心が。
ぶつけるたびに融かされ、解されていく。

今や土方は信じないためではなく、信じるために、銀時を問い質していた。

「それじゃ…」
「ちょ、オイ、コレ何の羞恥プレイ?」

更に問いを重ねようとする土方を、銀時が遮る。
その頬がほんのりと悔しげに染まっているのを見て、心臓がまた、ドクリと一際大きな音を立てた。


もしかすると。

もしかすると、本当に。
コイツは、本当に、俺のことが。


ごくりと喉を鳴らして、土方は銀時を見詰めた。
何か、何か言わなくてはと口を開くが、言うべきことが思い付かない。
土方が気ばかり焦って口を開閉させつつ銀時を見詰めていると、銀時は居心地悪げに視線を宙に彷徨わせた。

そして。

…アレか、こっちが言ったんだからお前も言わなきゃ許さねーとかそういうつもりか、とか何とかブツブツ呟いたかと思うと、目を上空から土方へと向け直し。

「土方」

やけに真摯な瞳で、やけに真面目な声で、土方の名を呼ぶと。


「俺はお前に惚れてるよ」


きっぱりと。
そう、告げた。


じわじわと足の裏から遡ってきた熱に、固まっていた身体が解されていく。

「ッ、よろ、ず、や…っ!」

切れ切れな声とともに、持ち上げた腕をそろりと目の前の男の背に回した。
途端、ちょっと眉を寄せた銀時の表情にヒクリと手を引きかけるが、「いやあの、そこはできれば名前で呼んでほしかったんですけど」なんて拗ねたような声音に一気に力が抜ける。
もたれかかるようにして強く締め付けると、一瞬驚いたように目を瞠った銀時がやけに嬉しそうに頬を緩めた。

ああ、まったく。

コイツ俺のこと大好きじゃねェか。


「…何してたんだか」
「ん?…ああ、ホントだな」

額を肩口に押し付けて苦笑混じりに呟けば、何やってたんだろうな俺ら、という同意が降ってくる。

どちらかがさっさと一言「好きだ」と言っていれば、それで落着していたはずの話。
でも、俺達は認めたくもないのにやっぱり似た者同士で。
思考も行動も似通っていて、それでいて正反対なのだから見事に噛み合わない。
それはまるで、向かいから歩いてきた人を避けようと同じ方向に動いて、逆にぶつかってしまうように。

そっと目を閉じて、胸の内に生えた雑草を想う。

自分を引き抜こうとする手を、踏みつけようとする足を、嫌悪を浮かべる目を恐れて、ビクビクと上ばかり見上げていた雑草は。
隣で同じようにひっそりと生えている草に気付かなかった。
…なんて、間の抜けた話だ。

「でも、ま、結果的に通じ合ったんだから良しってことにしねェ?」
「通じ合ったって…」

くせェ表現すんな、と苦笑を浮かべて目を上げる。
銀時は瞳にいつもの気怠さと、そして穏やかさを宿して土方を見ていた。

「あん?通じ合ってねェってか?まだ何か聞きたいことがありますか土方君?」
「そういう意味じゃ…あ、いや。そういや」

からかうような口調の銀時に首を横に振りかけて、ふと疑問を思い出した土方はちょっと身体を離して銀時に向き直った。
え、マジでまだ何かあんの?と少し焦ったような顔をした銀時に、ふっと口端を上げてみせる。

「いや、まだ疑ってるとかじゃねェから安心しろ。ただちょっと気になっただけだから」
「ああそう?ならいいけど…で?」

先を促しつつも落ち着かなげに目を瞬かせる銀時が愛しくて、ああもう何かちょっとした疑問とかどうでもいいかも、なんて浮かれたことを考えながら、いやでもこの際全部聞いといた方がいいかと土方は口を開いた。

「俺がテメェに惚れちまって苦しいんだっつった時…やけに真剣に解毒剤探すとか言ってきたのは何でだ?お前も俺に惚れてるってんなら、別に解毒とか考えねェでそのまま惚れさせとけばよかったんじゃねェのか?」
「…ああ、そのこと」

土方の疑問に、銀時は緊張を緩めて笑った。

「それはホラ、アレだよ。さっきも言ったけど、薬に頼るとかやっぱり卑怯じゃねェか」

薬で俺に惚れてるお前に付け込んだりしたら、その先ずっと、いつ薬の効果が切れるかってビクビクしなきゃなんねーだろ?
そんなのはゴメンだし、それに…と、銀時はここで一旦言葉を切って腕に力を込めると、土方の距離を至近まで詰め直した。
鼻先が触れ合って、土方の顔に血が上る。

「沖田君に髪の毛渡した時の俺は、お前に心の底から嫌われてると思い込んでたから、薬にでも頼らなきゃ俺らの関係が好転することはねェかと思ってたんだけど」

でも薬飲まされたお前は、「嫌いなはずの相手に惚れちまったこと」じゃなくて、「自分を嫌ってる相手に惚れちまったこと」が苦しいんだっつったろ?
話しつつ瞳を間近で覗き込まれて、土方はぎこちなく頷いた。
先程まで少し穏やかになっていた血流が、またトクトクと音を立て始めている。

「そんな風に考えるってことは、ひょっとしたらお前は元々、俺のことを「嫌い」っていうよりは「嫌われてる」って認識してたのかな、とか。だったら俺が普段からもう少し柔らかめの態度をとってれば、お前の応対も和らいでたのかなーとか、そう思って」

薬なんて卑怯な手に頼らなくても、こちらの努力次第で関係性が好転する可能性があるのなら。


「解毒剤でも何でも使って薬の効果をチャラにして、その上で、改めてお前を落とそうと思ってさ」


ニヤリ、と。
至近で男前に微笑まれて、土方はぐらりと眩暈を感じた。


(…くそ、どこが似た者同士だ)

俺はこんな、自信過剰なまでに前向きな姿勢は一度も取れなかったのに。
悔しい。
…悔しいが。

「今、惚れ直しただろ」
「…そういうことを言わなきゃな」

にたりと嫌な笑みを浮かべた銀時に、土方は呆れた視線を向けてやった。
それから妙に可笑しくなっきて、久々に心底楽しい気分でククッと笑う。
すると銀時は一瞬呆気に取られたような顔をして、「…ヤベェ」とか何とか呟きつつ土方の肩口に顔を埋めた。
…そういえば、この男の前でこんな風に笑うのは初めてかもしれない。

「万事、屋」
「銀時な。銀時」
「…まァそれは置いといて」
「なんでだよ!置いとくなよ!大事なとこだろーが!」

土方の肩口に伏せていた顔をガバリと上げた銀時は、既に平素のくだらない口論をする時の表情に戻っていて。
いつも通りの…いや、この男に惚れてしまったんだと気付いて苦しみ出す前の…自然な空気に戻れた気がして、土方はホッと息を吐く。

同時に。

銀時の腕がガッチリと己の身体に回っていることに、急に激しい羞恥を覚えた。

「…オイ、とりあえず離れろ」
「え、何で」
「な…っ、何でじゃねェだろ」

思いもよらぬことを言われました、という顔をした銀時に、土方は焦る。
今の今までこんなことを気にする余裕も無かったが…ここは屋外なのだ。
人通りはほとんど無いとはいえ、川沿いの道端。
いい歳をした男同士が臆面も無く抱き合っていられるような場所ではない。

そう考えた途端に赤くなるやら蒼くなるやら、土方は慌てて身を捩った。

「ちょ、放せって…!」
「おいおい、何いきなり暴れてんだよ。さっきまで羞恥心も何もどっかに忘れてきたみてーに俺に抱きついてたのに」
「うううるせェ!言うなァァ!とにかくさっさと放せコラァ!でねェと…!」

顔を真っ赤にして土方は怒鳴った。
オフで隊服を着ていないとはいえ、自分は真選組の副長という責任ある立場なのだ。
それが、こんなところで男と抱き合っているのを見られた日には。

…そして、それより。何よりも。

「…でねェと?何?」

さっきから。

チラチラと目の前で揺れる銀色。覗き込んでくる笑みを湛えた瞳。
脳を痺れさせる甘い匂い。
身体に回された腕、伝わる体温。
耳元から注がれる声。

このままでは。


「…五感が、いかれる」

銀時の顔を睨みつけつつ、小さく呟く。
こんなことを口にするのは悔しさも恥ずかしさもMAXレベルだが、とにかく放してほしくて正直にそう言った、のに。
銀時が少し驚いたような顔をして、それからニンマリと笑みを浮かべ。
締め付ける腕の力を強めて、耳元で殊更低く「イカレちまえよ」なんて囁くから。

腰が抜けかけたのを、咄嗟に目の前の身体にしがみついて支える。
…ちくしょう。

銀時が楽しげに含み笑いをしたのが伝わってきて、唇を噛み締める。
すると銀時は突然、あ、と何か思い出したような声を上げて、少し腕を緩め身体を離した。
正面から至近距離で、土方の顔を見据える。

「な、ん…」
「そういや、五感にはあと一個足んねェよな?」
「…あ?」

パチリ、土方が目を瞬かせると、銀時は悪戯を思いついた子供のように笑って。
視覚と嗅覚と、聴覚と触覚と、と歌うように並べ立てた後。


「味覚」


言うが早いか。


土方は銀時に、唇を重ねられた。




--------完


--オマケ(数十分後)--



「ちょっ、うわ、ま、待て待て待てコラァァァ!!」
「オイオイ、なに暴れてくれてんだコノヤロー」

焦って振り上げた腕、あっさり掴まれて。ぼすりと身体が沈むのはシーツの上。
見上げれば、自分に馬乗りになって見下ろしてくる、男。

「あ…暴れるわァァァ!!」

道端でいきなりキスされて、初っ端から濃厚なソレに不覚にも腰が抜けて。
よろめく身体を引き摺るように引っ張ってこられたのは…連れ込み宿、というか、まあ俗に言うところのラブホというヤツで。
そして、あれよあれよという間に。

「何でいきなりこんな状況になってんだよ!?」

ベッドに縫い付けられて、のしかかられている。
押さえ付けられて動かせない腕の代わりに精一杯の抗議を込めた視線で睨み上げれば、何でって、と銀時は呆れたような目で土方を見下ろした。

「お前ね、心が通じ合った大人同士がすることっつったら一つだろうが。なんだ?キスだけで満足のピュアなプラトニックラブを御希望ですか?冗談じゃねーぞオイ銀さんそんなの認めねーからな!惚れた相手に触りたいと思うのは当然の欲求だろーが!」

有無を言わせぬ調子で早口で言い切った銀時に、土方は慌てて首を横に振る。

「いや、それは俺も判るっつーかむしろ大いに賛成だけど!俺が問題にしてんのはそういうことじゃなくて…!」

土方とて男だ。惚れた相手に触れたいという気持ちは勿論ある。
銀時に触れられていることだって本当は嫌じゃない、どころか、正直かなり嬉しい。情欲の籠った視線を向けられては、身体が歓喜に震える。

何せ、ずっと心の隅で孤独にひっそりと生きていた雑草が、隣に同じような草を見付けたところなのだ。
恋い続けた相手が実は、ずっと同じ雑草の身で横に生えていたのだと、知ったばかりなのだ。
今すぐにでも身を寄せ合いたい。その気持ちは同じだった。

…けれど。しかし。だけど…っ


「何で俺が雌しべだァァ!!」
「は?……何その良い子の性教育みたいな表現」

叫んだ土方に、銀時は目を点にした。


…そう、何しろ土方も男なので。
抱き合いたいという点では全面的に合意するが、何の話し合いも無く一方的に押し倒されているのが気に食わないのだ。

ギロリと睨み上げる土方にその心情を察したらしい銀時は、二、三度瞬いた後、溜息を吐いた。
土方の腕を押さえ付けていた手を離し、その手を土方の頬に添えて顔を寄せ…じっと、瞳を覗き込む。

そして。

「あのさァ…心底惚れた相手と一つになれるんなら、上とか下とかどうでもいいと思わねェ?」
「ーっ」

心底惚れた相手。

そんなことをこの男に、間近で愛しげに見詰められつつ言われては。
首を横に振れるはずも無くて、土方は息を飲んだ。


「っ、そう、だな…」

コイツと一つになれるなら。
蕩けた脳でそう思って、吐息のような声で答える。

…と。
銀時は打って変わった憎らしい表情で、ニンマリと笑みを浮かべた。

「よしじゃあお前が下な。俺は絶対上じゃなきゃ嫌だから」
「な…っ!?ハ…ハメやがったなテメェェェ!!」

瞬間、激昂してガバリと身を起こすも、予想していたらしい銀時に再びあっさりとベッドに押し倒される。

「まーまー、気持ちよ〜くしてやっから。な?」
「な?じゃねェよ!キモイわ!」
「うるせーなァ。もう雌しべサンは黙って俺の花粉を受け入れろよ」
「やめろそのくしゃみが出そうな言い方!」
「え?オメー花粉症?」
「だあぁ!どうでもいい話題を広げんな!力が抜けるだろうが!」
「あーそりゃよかった。やっぱハジメテだから力抜いてもらわないと俺の雄しべが食いちぎられ…」
「黙れェェェ!」


どうしてこんなヤツに惚れちまったんだ、なんて。
頭を抱えながらも、触れてくる手に身体はビクリと反応して。抵抗はどんどん弱々しいものになっていくのだから。

何てこった。



自分はもう、あの厄介な雑草に、心どころか全身を支配されてしまったらしい。




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企画リク第三弾、「片思いだと思っていたら実は両思いでした、的な銀土」でした。
やまもと様!リクありがとうございました!
キューピッド神楽、を達成できなくて誠に申し訳ありませんでした…っ(滝汗)

いつの間にかこんなに長い話に…最後まで付き合って下さった皆様、本当にありがとうございました。

リク文は、リク下さった方限定でテイクアウトフリーでございます。
も、もしこんなものでよろしければ、お納め下さいませ…っ!