※文中に「見廻組」が出てきますが、原作で見廻組が登場する前に書いた話ですので、
原作の見廻組ではなく「旧来の警察組織」というイメージで読み替えていただければ幸いです。


六.九〜七.一訓(お通初ライブ周辺)


「だーかーらァ!何回言ったら判るんだこのハゲ!俺達はテロリストなんかじゃねェっつーの!」
「誰がハゲだこの若白髪!ネタはあがってんだ。とっとと吐いて楽になりやがれ!」
「ネタァ?お前は寿司屋か、ピン芸人か?どっちにしても上に『売れない』が付くんだろうよ。どーせロクなネタじゃねェだろうからなァ!」
「なにをォォォ!!」

狭い部屋に怒号が響き、拳を叩きつけられた机が震えて、卓上のライトスタンドをカタカタと鳴らした。
こめかみを引き攣らせて腰を浮かせた男は、歯を音を立てて食いしばることで何とか平静を取り戻し、パイプ椅子にどかりと座り直した。

「生憎とウチでは極上のネタしか扱わねェんだ。下手な嘘はやめて、素直になるんだな」
「何が極上だよ、どっかで聞いたような台詞しか喋れねェ奴が!今時オリジナリティもなくて一流名乗れると思ってんのかコノヤロー」
「ちょ、銀さん、お役人の神経逆撫でするのやめましょうよ。本当に牢に入れられちゃいますよ」
「銀ちゃん、こいつは赤身に油塗ってトロと言い張る手合いネ。騙されちゃダメアル」
「神楽ちゃんも黙って!」

再びこめかみを引き攣らせ始めた男を横目に、新八は焦って口を挟んだ。

灰色の壁に灰色の床、天井。殺風景な部屋の真ん中に、これまた飾り気のない四角い机。その上には白い光を放つ、提灯型のライトスタンド。
まさにまごうことなき「取調室」。
彼らがこの、今にもカツ丼とか出てきそうな部屋に初めて足を踏み入れてから、もう三日が経過しようとしていた。
新八はそっと溜息を吐いた。

何故こんなことになったのだろう。

ここにいる間に何度もそう自問したが、出てくる答えはいつも一緒だった。

つまり、桂さんにハメられたせいだ。

攘夷志士にして銀時の古い友人、狂乱の貴公子こと桂小太郎。
彼が銀時の力を欲して、強引に攘夷テロに巻き込んだのだ。
初めこそ、追われる身になってしまった自分達を匿ってくれた彼に感謝したものだが、気付いてみると自分達は警察に捕まっていて、桂の方は 逃げおおせていた。
何と言うか、不条理極まりない話である。
さすが銀さんの友人、と、新八は再度溜息を吐いた。

「お前らが戌威星の大使館とホテル池田屋を爆破しようとしたテロリストだってことは、監視カメラの映像や目撃者の証言ではっきりしとるんだ! もういい加減に悪あがきはやめるんだな!」
「だからそれはハメられたんだって言ってんだろうが!俺らは家の前で事故った飛脚に頼まれて、代わりに届けモンしただけなの!テロリスト はその飛脚だって、もう何回も何回も説明したじゃねェか!健忘症か?それとも耳が遠いのかテメーは!」

本当に、この三日間、この遣り取りしかしていない気がする。
正確には、三日間のうちの一割がこの押し問答で、九割は銀時と神楽の毒舌に起因する怒鳴り合いだった。
取調べは一向に進まない。
とは言っても、銀時達三人は本当に無実なのだからそう主張し続けるしかないし、役人から見ればどう見ても銀時達はテロリストであるのだから、 意地でも罪を認めさせようとする。
これではいつまで経っても、取調べは終わりそうになかった。

「大体よォ、飛脚がウチの1階の店に突っ込んだことは、ババァがちゃんと証言したじゃねェか!」

そう、取調べ二日目に、銀時達の大家であるお登勢が来て喋っていってくれた時には、万事屋の三人に希望の光が見えた。
彼女が経営するスナックに飛脚のバイクが突っ込んだこと、怪我をして動けなくなった飛脚が、大切な届け物だと言って銀時達に小包を 託したことなどを、お登勢はきちんと証言してくれたのだ。近所の連中に聞けば他にも目撃者がいるはずだ、とのオマケも付けて。
しかし。

「ふん、それはまァ確かに、信じてやらんこともない。だがなァ、池田屋の件はどうなんだ。こっちはなァ、お前がむきだしの爆弾を 放り投げたっていう目撃者がわんさといるんだよ!池田屋の客にも、向かいのデパートの客にもな!」

こちらの容疑は、容易には晴れなかった。

「だぁかぁらァァ!!それは決死の爆弾処理だって言っただろ!目の前で時限爆弾が作動しちまったから、必死で人のいないとこに放り投げた んじゃねェか!俺は善良な一般市民ですゥ!」

これも何度目かの銀時の説明に、役人は皮肉げに口元を歪めた。

「ふふん、語るに落ちたな」
「あぁ?」
「いいかテロリスト、お前は知らんかもしれんがなァ……一般市民ってのは、爆弾処理なんかせんのだ。覚えておくんだな」
「決め付けんじゃねェェェ!テメェ昨今の一般市民ナメんなよ!爆弾処理ぐらいバリバリするわァ!」
「するかァァァ!!」

銀時のムチャクチャな言い分に、役人はガンッと机を叩く。
新八は頭を抱えたくなった。
銀時の主張は、客観的に聞けば確かにムチャクチャで、信憑性がなく、出来の悪い言い訳にしか聞こえない。
だがそのムチャクチャなことが真実なのだから始末に負えないのだ。
現実が虚構よりも信じがたい場合、どうしたら冤罪を晴らすことができるのだろう。
よっぽど腕のいい弁護士でもいなければ無理なのではないだろうか。

「そもそも俺がテロリストなら、窓から外に身を投げ出してまで空中に爆弾投げる意味が判んねェじゃねェか!テロリストなら人間か建物を 爆破しようとするはずだろ!」

あ、これはいい反論かも、と新八は微かに期待したが、役人は銀時の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「そもそもお前が一般市民なら、窓から外に身を投げ出してまで爆弾処理する意味が判らんよ。大方、真選組がお前ごと爆弾を処理しようと 窓から放り出したんじゃないのか?奴らは過激だからな」
「コラお前ェ!いい加減にするアル!銀ちゃんを窓の外に飛ばしたのは私ネ!わけのわからないヤツらの手柄にするんじゃないヨ!」
「お嬢ちゃんがこの男を?バカ言っちゃいかんよ」
「待て待てェ!コイツはこう見えても戦闘種族『夜兎』の生き残りだ。大の男を吹き飛ばすぐらい朝飯前だぞコノヤロー」
「そうネ、ナメるんじゃないヨ!」

銀時に神楽も加わっての抗議にも、役人はうるさげに顔を顰めただけでパイプ椅子にふんぞり返った。

「あのなお前ら。一般市民が爆弾目の前にしてだな、逃げ出さずにそれを掴んで、人のいない所まで運んで放り投げようなんてことができる わけないんだよ。吐くならもっとマシな嘘を吐くんだな」
「……………」

正論である。
問題は、銀時がただの一般市民ではない、という一点にあった。
一般市民ではないがテロリストでもない、という立場をこの尋問官に信じさせるのは、限りなく不可能に近い。
この三日間で、それは充分身に染みていた。

「ま、お前らが本当にそんな行動をとったってんなら大したモンだけどなァ。…そうだな。万が一、確かな信頼をおける人間でお前らと全く 同じ証言をするやつがいたら、即座にお前らを釈放してやってもいいがな」

そんな人間がいるわけない。
あの場にいた人間で、こちらを助ける証言をしてくれそうな人間なんて、桂ぐらいのものだ。
その桂は、立派な指名手配犯である。

絶望

その二文字に、新八の心は重く沈んだ。

なんてことだ。今日は大切な日なのに。何としても外せない大切な用事があるのに。僕はここを出られないのか。

横を見れば、銀時も眉間に幾重にも皺を寄せて黙っている。
神楽が「このハゲに何とか言ってやるヨロシ」と言う顔で見ているが、これ以上効果的な反論が見つからないらしい。

そもそも、桂小太郎との繋がりを隠して取調べに臨んでいる時点で、釈明には無理があるのだ。
かと言って、銀時が昔攘夷運動に関わっていたなどと知れたら、取調べはいっそう厳しくなるだろう。
どちらに行っても出口は無かった。
銀時はバリバリと頭を掻いた。


その時。
年若い役人が、ノックの音とともに扉から顔を覗かせた。

「あの、すみません…」
「あん?どうした」

戸惑ったような慌てたような申し訳ないようなその様子に、年嵩の役人は首を傾げる。
部下であるらしい若い役人はチラチラと銀時達の方を窺いつつ部屋に入ってくると、上司に一枚の資料を手渡した。

「あの…コレがですね、他の案件の資料に取り紛れていたようで…すいません」
「んん?なんだコレは?報告書?」
「はい、あの例の、おっかない…」

何の気なしに文面を撫でるように目を落とした役人が、一瞬固まって、ガバリと部下に向き直った。

「オイ、これ本物か?間違いないのか?」
「はい、ちゃんと印もありますし、筆跡も、いつものあの人の…あのえと、綺麗だけど怒ってるみたいな忙しそうな字ですし、書き方も…」
「うーむ…」

先程まで勝ち誇ったように尋問していた役人は、信じがたいものを見るような目で資料を睨みつけ、頭髪の薄い頭をガリガリと掻いた。
そんなに掻いたら抜け毛が、と新八は思ったが、常識人の彼はもちろん口にはしなかった。
銀時や神楽が口にしないのが不思議に思えたが、おそらく事の展開が気になっているせいだろう。

「あの、この件の他の報告に比べて、この報告書は特に詳細まで丁寧でして…参考にしてほしいということだと思います。それであの、 他の報告書とは別便で届いたので、それで紛れて…あの、申し訳ありませんでした」
「……わかった」
「し、失礼します!」

上司の低い声に叱責を恐れたのか、若い役人は逃げるように部屋を出て行った。
残された資料を手に、尋問にあたっている役人は難しい顔で銀時に向き直った。

「おい、池田屋でのお前達の行動を、もう一度語ってみろ」
「あぁ?何なんだよ一体」
「いいから答えんか」
「だァから、大使館で濡れ衣で捕まりそうになったから思わず逃げてホテルに隠れてたら、警察がテロリスト逮捕のために踏み込んできてだな、 斬られそうになったから逃げて隠れたら本物のテロリストと一緒になっちまって。そこでヤツらの持ってた爆弾が誤作動したから、慌てて それ持って窓の方に走って、間に合わなそうだったから神楽が俺ごと窓の外まで吹っ飛ばして、で、俺が空高く爆弾放り投げて処理したわけ。 改めて言うと俺らマジで災難じゃね?コレ」
「…………」

銀時の長台詞を聞きながら資料を睨みつけていた役人は、苦虫を噛み潰したような表情で顔を上げた。


「……………釈放だ」

「は?」

一瞬意味が判らなくて、三人は瞬いた。
役人は舌打ちでもしたそうな顔で、パチン、と資料を指先で叩いた。

「信じがたいことだが…信頼に足る人物の証言と、お前の供述が一致している。間違いなくお前が爆弾を処理した、とな」
「………それはそれは」

誰だ?

桂が何か小細工でもしたのだろうか、と銀時は胸中で首を傾げた。

「釈然としないが、仕方がない。次何かやらかしたら、今度こそ牢にぶち込んでやるから覚えておくんだな」

そう言うと、役人は椅子を蹴って立ち上がり、取調室を出て行った。


「…なんなんですかね、急に」
「知るかよ。釈然としねェのはこっちだよバカヤロー」
「ホントアル!三日もこんなとこに入れておいてカツ丼の一つもなしってどういうことアルか!」

しばらく唖然としていた三人は、役人の足音が聞こえなくなってからようやく声を発した。
釈放は望むところだが、何だかよく判らない。

でも、と、新八は壁の時計に目をやった。

(やった、間に合う!奇跡だ!きっと僕の一念が奇跡を起こしたんだ!)

警察所に押し込められてからずっと気にしていた大切な大切な予定に間に合ったことに感動して、新八は立ち上がった。
体中にエネルギーが満ちてくる。いける。これならいけるぞ!

「さ、銀さん神楽ちゃん、早く出ましょう!こんなとこ、長居は無用ですよ」
「お?おう。そうだな」

銀時は新八の声にどことなく普段と違うものを感じながら腰を上げた。
確かにこんなところ、一刻も早く出て行きたい。
でもなんかムカムカする。なんか仕返しできないもんかな。

不穏なことを考えつつ、銀時は二人の従業員とともに取調室を後にした。




「ーー〜っく、ぁあ…」

真選組屯所内の一室で、副長土方十四郎は軽く伸びをしていた。
背中がベキバキと音を立てる。

「派手な音ですねィ土方さん。老化ですかィ?そのままくたばって下せェ」
「うるせェ」

部下の非礼な言葉に、いつも通り不機嫌な言葉を返す。しかし、どこか普段の覇気が無かった。
煙草を加えて火を付ける。目の前の灰皿は、すでに吸殻が山をなしていた。

「まだ吸うんですかィ?アンタそのうち肺ガンになりますぜィ。そんな早死にしたいなら俺が今すぐ殺ってあげますから、こっちにまで 有害煙飛ばすんじゃねェや死ね土方」
「お前が死ね」

煙とともに深く息を吐き出す。
くらりと軽い眩暈がして、土方は眉間の辺りを軽く揉んだ。

指名手配犯の桂小太郎を捕らえるため、ホテル池田屋に踏み込んだのが一昨日の昼。
桂は逃がしたものの、攘夷浪士としてリストアップされていた人物を数名、捕縛することに成功した。
その者達に副長自ら鬼の尋問をおこなって、連続爆弾テロの次なる標的がターミナルだと判明したのが昨日の早朝。
ターミナルを一時封鎖しろと申し立てて言下に拒否され、上層部と言い争った末に極秘に厳戒態勢をとることになったのが昨日の朝七時。
それからターミナルの隠密包囲を指揮しつつ、監察を使って桂の足取りを追うこと一日。
桂一派がターミナル爆破を断念したらしいという情報が手に入ったのが夜の十一時。
気が緩みがちになる包囲班を叱咤して引き締め直し、情報の真偽を確かめるため慎重に捜査を続行。
どうやら情報は本当らしいと判明したのが今日の未明。
上層部と話を付けて厳戒態勢を解き、夜間包囲班だった隊士と監察に休息を命じたのが朝六時。
連続爆弾テロの報告書を書き終わり、尋問の済んだ攘夷浪士を調書付きで奉行所に護送して、厳戒態勢による緊急総動員のために狂った 休暇シフトと市中見廻りシフトを組み直し…

ようやく通常業務に戻れる状態になったのが、つい先程。

要するに、徹夜の激務だった。
桂の行方は杳として知れない。

「………」

土方は疲労が色濃く漂う溜息を吐いた。
厳戒態勢の間も隊士は交代で休ませていたが、副長である彼はそうはいかなかった。
何せ、局長はターミナルに立ち入ろうとする幕府要人を止めるため、常に警察本部に詰めて上層部に掛け合っていたのだ。前線指揮の責任は 土方の双肩にかかっていた。
つまり土方は二日連続で、ほぼ完徹なのである。
眩暈も起きようというものだ。

「だから副長なんかさっさと俺に譲って引退しなせィって言ってるんでさァ」
「その台詞だけ聞くとまるで俺を気遣ってるみてェだな。え?総悟」

眠気を通り越して吐き気を訴える頭を軽く振って、土方は先程から神経を逆撫でしてくる部下を睨み付けた。

「冗談やめて下せェ。そんな気持ち悪ィ」
「オイィ!そこはウソでも気遣ってんだって言うトコじゃねェの!?白々しくても肯定するトコじゃねェのかコラァ!」
「なんでアンタのために心にもねェこと言わないといけねェんでィ」
「いや肯定されても俺のためにはならないけどね。白々しすぎて腹立つだけだけどね。正直に否定されんのもすげェムカツクんだけど!」
「そうやってこの世の全てに腹を立ててるから性格が捻じ曲がるんでィ。いっそあの世に逝った方が幸せかもしれやせんぜ」
「俺が腹立ててんのはこの世の全てじゃなくてお前の全てだよ」

こめかみを引き攣らせつつ、土方は吸殻の山に煙草を無理矢理押し込んだ。

「総悟、俺ァちょっと部屋で休んでくるから、何かあったら起こしに…」
「副長、見廻り組から応援要請です」

立ち上がりかけた土方の背後で、障子がスラリと開いた。
顔を覗かせたのは監察の山崎である。今朝方激務から解放されて休息をもらったが、昼から業務に復帰していた。
監察が全員休みなのは困る、という土方の命である。その代わり、明日一日はオフにしてもらえた。
明日ミントンに興ずることだけを楽しみに、眠い目を擦りつつ仕事をこなしていた彼は、今、副長の背中から瞬時に立ち上った不機嫌オーラに 一瞬で覚醒した。

「…応援要請だ?」
「ひっ…は、はい!」

振り返った土方の目は、普段の一割り増し瞳孔が開いていた。

(どひィィィィ!ムチャクチャ不機嫌だよ副長!うわァ嫌な時にきちゃったな…)

部屋の中を見回せば、灰皿らしき物の上に山となった吸殻と、その横に積まれた書類、そして沖田の姿が目に入った。

(徹夜明け、溜まった仕事、沖田隊長…不機嫌要素揃いすぎじゃないか)

山崎は思わず溜息を吐いた。
それにすら、土方はピクリと眉を寄せる。

「なに溜息吐いてんだコラ。吐きたいのはこっちだ。なんだ応援要請って。ウチが出なきゃなんねェような事件なのか?」

休もうと思っていた矢先に予定外の仕事が舞い込んで、土方の機嫌は最下層に落ちていた。しかも他組織からの要請ときては、底まで落ちた 機嫌がさらに足下を掘り下げていく。

武装警察真選組は、警察組織の中にあって「対テロ用特殊部隊」という位置付けにいる。しかしその仕事はかなり曖昧で、テロ防止・ 反乱分子の処分が本分であるはずなのに、何故か幕府要人の失せ物を探索させられたり、交通違反の取締りまでやらされたりしていた。 ほとんど「幕府のパシリ」と化しているのだ。野蛮なコトや面倒なコトはアイツらに回しとけ、みたいな扱いだ。
そのくせ、こちらから色々動こうとすれば、管轄外だ越権行為だと文句を言われる。
そんなこんなで、土方は他組織からの「応援要請」という言葉には無条件に苛立ちを覚えるまでになっていたのである。

まァ、その要請の内容が真選組の武力を切に必要とするものであった場合は、その苛立ちも氷解するのだが。

「で、見廻り組が、何だって?」

土方は自分の苛立ちを鎮めようと煙草に火を付けた。
沖田があからさまに嫌な顔をしてこちらを団扇で扇ぐのは見ないフリをする。

「あ、はい。アイドルのライブで客の一人が暴れ出したそ…」
「思いっきり管轄外じゃねェかァァァ!!」
「ギャアァァァ!」

言葉が終わる前に飛んできたライターを、山崎は必死になって避けた。
百円ライターが障子の木枠を粉砕したのを見て、避けてよかったと心底思う。

「アイドル?ライブ!?なんだそりゃァ!そんなもんウチに持ち込むんじゃねェよ!山崎テメェ断れバカヤロー!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ副長!最後まで聞いて下さい!」

鬼の形相で迫ってくる土方から逃げるように、山崎は尻餅をついた体勢のまま後ずさった。

「あのですね!暴れ出した客ってのがただの客じゃなくて!天人、それも食恋族らしいんですよ!」
「…食恋族?」

テメェ切腹だ俺が解釈してやると刀を抜きかけていた土方は、山崎の言葉にフと動きを止めた。

(しょくれんぞく食恋族…ああアレか。興奮すると好きな相手を捕食するとかいう厄介な種族な。確かにあれァガタイが人間の二倍近いし、 力も強いって話だ。そいつが暴れ出したとなると…)

天人製の武器をほとんど持たない見廻り組には、多少荷が重いかもしれない。
土方は認識を改めて、煙草の煙を吐き出した。
土方が落ち着いたのを見て、山崎はホッと一息ついて立ち上がった。

「それに今、見廻り組はパトカーを奪って逃走中の脱獄犯を捜索中で、人手が足りないそうです」
「なんだァ?脱獄?署の警備もたるんでんな」
「はあ…何でも署の前を通行していた一般市民を人質にとられたそうで、手遅れになる前にと血眼になっているようです」
「人質ねェ…そりゃ厄介だな」

市民を守るのが仕事のはずの警察の前を通りかかったら、脱獄犯に人質にされて殺されました、なんてことになったら洒落にならない。 その人質も気の毒にも程があるし、警察もマスコミにどれだけ叩かれるか。ただでさえ最近は警察に対する世論の風当たりが厳しいのに。
土方は溜息を吐いた。
まあ、人質ってことはそう簡単には殺されないだろうし、山崎の口ぶりでは脱獄犯は多分人間なのだろう。食恋族に比べれば楽なもののはずだ。

「ま、そっちは見廻り組に任せときゃいいとして…食恋族か。しょうがねェ、ウチが鎮圧に行くか。誰か捕食されてからじゃ遅ェしな」

今、真選組は普段より多くの者に休息をとらせ、必要最小限の人数で働いている。外からの要請に裂ける人数はそういない。
しかし、まあそこまで大人数を向かわせなくてもいいだろう。隊長クラスの腕のヤツが行けば、二、三人で充分だ。

(…でも俺は寝てェしな)

「総悟、お前山崎と一緒に…」

振り返った先で、沖田一番隊隊長はアイマスクを付けて畳に転がっていた。
土方は最早怒鳴る体力も気力もなく、ただ、深く深く溜息を吐いた。




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