或る、気持ちの良い秋晴れの朝。 土方がいつも通りに隊服に着替えて執務室に入ると、廊下を通りかかった山崎に不思議そうな顔をされた。 「あれ?副長、なんでいるんですか?」 「朝から御挨拶だな山崎。そんなに切腹してェかよしそこへ直れ」 「えええぇぇ!?ちょちょちょっと待っ……!」 スラリと刀を抜き放てば、山崎は途端に顔を蒼くして後ずさる。 その眼前に、土方は問答無用で刀を突きつけた。理不尽だとは思わない。山崎の先の台詞こそよほど理不尽だ。 「なんで、とは何だコラ。ここは俺の執務室だ。俺がいて何が悪い。つーかむしろいない方がマズイだろうが。そんなに俺にいなくなってほしいのか、アァ?」 刀を額に突きつけたまま詰め寄られて、山崎はじりじりと後ずさりながら慌てて首を横に振った。 「ちち違いますよ!だって副長、今日非番でしょう!?なのにどうして隊服で執務室にいるのかなって……!」 「あ?なんで俺が非番なんだ。適当ぶっこいてんじゃねェぞコラ」 部下の必死の反駁に、土方は咥え煙草を揺らして剣呑な表情で見下ろす。 いくら彼が筋金入りの仕事人間だと言っても、自分の非番を忘れるほど馬鹿ではない。臨時の休暇願いでも出さない限り次の非番は一週間以上は先だし、もちろん休暇願いなど出した覚えは微塵もなかった。要するに、今日がオフであるはずなどないのだ。 切腹を逃れるために適当なこと言ってやがるな、と、土方は目を細めて刀を振り上げた。 「ひいィ!いいいやそんな適当じゃありませんって!ホラこれ見て下さい副長ォ!」 山崎は刀が振り下ろされる前にと、泡を食って取り出した紙を土方の目の前に掲げた。今月の勤務表だ。 面倒臭そうにザッとそれを眺めた土方は、今日の日付の部分を見て目を見開く。 「ほら!副長、今日と明日は非番になってるじゃないですか!」 「……俺はどっちかっつーと、なんでそこに花丸が付いてんのかってことの方が気になるんだが」 「ああっ!そ、それは……っ違いますよ!別にミントンやり放題デイの印とかじゃなぶぐほっ!」 とりあえず刀の柄で山崎にアッパーをかましておいて、土方は刀を納めて勤務表を手に取った。 しげしげと眺めるが、本日の自分の欄が非番となっている事実は変わらない。そのうえ明日まで。連休などここ数ヶ月とった覚えもないのに、一体どういうことだ。そもそも、勤務表を作成しているのは他ならぬ自分だというのに。 「アンタ、自分の非番の日も忘れたんですかィ」 ふいに背後から掛かった声に、土方は弾かれたように振り返った。 廊下に佇んで思い切り馬鹿にした目でこちらを眺めているのは、土方を揶揄うことにかけては労力を惜しまない一番隊長。そうかコイツならば、勤務表の改竄ぐらいお手のものだ。土方は眉を吊り上げる。 「テメェか総悟!」 「何で俺がわざわざアンタの休みを増やしてやらなきゃいけないんでィ」 ぺらり。一瞬の間すらなく即答されて土方は応えに詰まった。 確かに、沖田が力を注ぐのは常に土方への嫌がらせのためであって、休日を増やす、などという小細工を施す動機は彼にはない、ように思える。が、しかし。この男は本当に、効果的な嫌がらせのためならば手間を厭わないのだ。これが何らかの作戦の伏線でないと何故言える。 ……だが、今の沖田の表情と声色が、まったくもって怪訝そのもの、であるのも事実で。 さて、果たして本当に何も知らないのか、知らないふりをしているかどちらなのか。今まで何度もこの男に騙されてきた身としては判断に迷って、土方は軽い頭痛を訴える額を押さえた。 「おう。なんだお前ら、揃ってどうした?」 「近藤さん」 廊下の角から顔を覗かせた男が、おおらかな笑顔を浮かべて歩み寄って来る。土方はそれに少し表情を緩めると、いやこれが、と勤務表を差し出した。 花丸の位置を指さして、覚えがない旨を説明しようとしたところで。皆まで言わぬうちに、ああ!と何かを思い出したような声を上げた近藤に遮られた。 「すまんトシ!それ書いたの、俺!」 「は?」 いやーすまんすまん、言うの忘れてた。と、近藤は笑顔のままで頭を掻いた。 いや言う言わない以前に、何故こんな。土方は呆気にとられて、親友にして上司たる男の顔を見上げる。 すると近藤は、土方の表情から当惑を読みとったのだろう。パチリと一つ瞬くと、逆に不思議そうな顔で首を傾げた。 「え?いや、だってトシ、休むだろ?今日ぐらい」 「は?え、今日って、何が」 今日何かあったか。ひょっとして自分は何か重要な事を忘れているのか。慌てて見渡すが、沖田も山崎もいまいち要領を得ていない表情である。 尋ねるように近藤に向き直ると、近藤はキョトン、という目をして、事も無げに答えた。 「え、だってホラ、誕生日だろ。今日」 「……は?」 この人は一体何を言い出すのか。土方は目を点にした。 自分の誕生日は今日ではない。 土方は自分の誕生日なんてものには頓着しない質だが、流石に日付を間違えたりはしない。そもそも日付の問題ではなく、季節からしてまるで的外れだ。 お江戸の町は今、涼風吹き抜け紅葉舞い散る、秋の半ば。土方の誕生日とは実に数ヵ月もの隔たりがある。 毎年毎年五月を迎える度に、いいというのに祝いの席を設けようとするのが近藤だ。その近藤がこんな変な間違いをするはずはないのだが。 土方は首を傾げながら、一応正すべく口を開いた。 「何言ってんだ近藤さん。俺の誕生日は五月五日の…」 「悪魔の日ですぜィ」 「こどもの日だ!!」 すかさず入った茶々に思わず怒鳴り返すと、沖田はさも痛いものを見るかのような目をして眉を顰める。 「いい歳した男が、なに全く似合わねェ単語強調してるんでィ。こどもの日に生まれたって言やァ可愛げが出るとでも思ってんですかィ。死ね」 「お前がありもしない祝日を創り上げるからだろうがァァァ!」 むしろ俺はお前の生まれた日を悪魔の日に認定してーよ。こめかみを引き攣らせながら怒鳴れば、まァまァ、とでも言うように近藤が笑顔で土方を制した。 「いや、トシの誕生日じゃなくて。ほらアレ。銀時の」 「……………」 ……なんだって? 耳に飛び込んできた一言に、土方はピシリと固まった。 近藤に不思議そうに覗きこまれ、「おーいトシー?」とヒラヒラ手が振られて尚、土方は動きを止めたまま動かず。 「え、え?なにトシ、どうしたの?」 困ったように目を瞬かせる近藤が視界に入っていても、何も言葉を返せずに立ち尽くしたまま。 そんな土方を見て、山崎がポンと手を打ち合わせた。 「あっ、プレゼント用意してなかったんですか?なら、美味しいケーキ屋さん教えましょうか」 いいアイデア!とばかりに言った山崎の顔に瞬間的にイラッとして、条件反射で殴り飛ばす。 そこで漸く石化が解けて、土方は知らずと詰めていた息を咳き込むように吐き出した。 すると今度は近藤がワハハと笑って、土方の肩に手をかける。 「なんだトシ。忘れてたのか?しょうがないヤツだな」 トシは偶にうっかりさんだからな。そう言われても流石に近藤は殴り飛ばせず、土方は何とも言えぬ表情をして口を開閉した。 そこへ、沖田の声が追い討ちをかける。 「忘れてたっていうか、そもそも知らなかったんじゃねーですかィ。あーあ。旦那も不憫だねィ」 わざとらしく肩を竦めて、溜息なんか吐かれて。 土方の中で何かがプチンと、音を立ててキレた。 「うるせェェア!なんで俺がそんなモン知ってなきゃいけねェんだよ!ああ知らねーよ!アイツの誕生日なんか知るかァァァ!」 声の限りに怒鳴ってから。 ぜーはーと肩で息をして、急に大声を出したせいかクラリと感じた眩暈に堪える。 ……と、何故か。周りの三人がジッとこちらを注視しているのに気付いて、土方は嫌な予感を感じて一歩後ずさった。 何だ、コイツらの、この目は。 「呆れたねィ。相手の誕生日も知らねーで堂々としてるたァ、アンタ、それでも付き合ってるつもりですかィ」 「付き合ってねーよ!」 聞き捨て難い台詞に反射的に声を上げれば、近藤がまた、豪快に笑う。 「またまたー、ラブラブなのはもう皆知ってるぞ!」 「いや、だからそれは違ェって……!」 「大丈夫ですよ副長。旦那ならプレゼントなんかなくても、お祝いに行くだけで喜んでくれますって。だからそんなに意地張らなくてもあだだだ!」 「なんで俺がヘコんでる感じになってんだ!アイツの誕生日なんか知ったこっちゃねーっつってんだろ!」 さっき殴り飛ばされたくせに懲りずに復活してきた山崎を蹴り倒し踏みつけていると、近藤はおおらかな笑顔をちょっと曇らせて、咎めるように眉を寄せた。 「トシ、意地っ張りもほどほどにしないとダメだぞ。年に一度の恋人の誕生日くらい、な?」 「恋人じゃねェェェ!」 諭すがごとき口調で掛けられた言葉のとんでもなさに、思わず掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り返す。 土方にそんな形相を向けられたのが久方ぶりだったからだろう、少々面食らった様子で口を噤んだ近藤に代わって、沖田が隣で目を眇めた。 「ったく、往来であんだけイチャついといて、なに今更照れてんでィ。死ね土方」 「テメェが死ね!……つーか、だから……ッ」 舌打ち混じりに、侮蔑すら浮かべた視線とともに罵倒されて。 土方は再度、眩暈を訴えはじめた身体を辛うじて支えながら……引き攣る声で、絶叫した。 「アレはそういうんじゃねーっつってんだろーがァァァァ!!」 ――あァ、そうだ。 確かに最近、近藤が名を挙げた男……万事屋の坂田銀時とは、街中でよく顔を合わせている。 いや、顔を合わせている、のみならず。 近頃あの男には出遭う度に抱き締められるし、放したくないだの離れたくないだの、切羽詰まった声を耳に吹き込まれる。 腕を捕らえて放さない馬鹿力に抵抗虚しく、いかがわしい宿の褥に引きずり込まれてあれやこれや、口にも出せぬような事をされたことだって、認めたくないが一度や二度ではない。 ……だが。 だがしかし、だ。 付き合ってなどいない。断じて、違う。 恋人、なんて関係じゃない。ヤツと自分の間に、そんな事実は一切ない。 ――あの男は、ただ。 何だかんだと言い募る三人をどうにか追い返して、土方は私室に戻って仕方なく隊服から私服に着替えた。 文机の前に胡坐をかき、灰皿を手元に引き寄せながら溜息を一つ。 ……と、開きっぱなしだった障子の向こうを通りかかった隊士が不思議そうな顔で鼻をひくつかせるのが目に入って、慌てて煙草を咥えて火を点けた。 こちらを見た隊士をジロリと威圧の視線で追い払ってから、ピシャ、障子を閉める。 そうしてから、ようやく。 土方は再度、深い深い溜息をついた。 吐き出された紫煙はヤニ臭さの陰にほんのりとバニラのような香を纏っていて、鼻孔をくすぐるその甘さが、土方の秀眉をますます顰めさせる。 土方の呑んでいる銘柄は、バニラフレーバーなどという可愛らしい付加要素がついた代物ではない。いわゆる「煙草」の匂いしか持たぬはずの、スタンダードな紙巻き煙草だ。 それがどうして、ふわりと漂う煙に仄かな芳しさが混ざるのかと問われれば。 その理由は唯一つ。土方の肺に吸い込まれて気道を通り、彼の口から吐き出された煙だから、と答えるしかない。 ――土方十四郎には、この江戸ではまだほんの一握りの人間にしか知られていない秘密があった。 それは彼が物心ついた時から必死に隠してきた事で、まだガキと言える年頃から煙草を吸い始める原因にもなった――生まれもっての特殊体質。 身体から、菓子の匂いがするのだ。 「……うるせーな、俺だって意味わかんねーよチクショー」 誰にともなく、苛立った口調で土方は低く唸った。 溜息零せばバニラの香り。 髪掻き上げればほんわりバター。 流れる汗は季節のフルーツ。ピーチ、グレープ、ストロベリー。 ……なんて。 「どこのお伽噺のヒロインだバカヤロォォォ!!漫画のジャンルが違ェだろ!日曜朝の美少女アニメじゃねーんだよ!いらねーんだよこんな設定ィィィ!!」 ガシャン、文机に拳を打ち下ろして土方は呻いた。 本当はあらん限りの声で絶叫したいところだが、そういう訳にもいかない。何故ならば、土方のこの特殊体質は真選組隊士にすらほぼ知らせていない極秘事項だからだ。 武装警察真選組の「鬼の副長」の異名をとるこの自分が、ケーキ屋の厨房に常駐しているかのごとき甘ったるい匂いを放っているなど。間が抜けているにもほどがある。こんな事を知られては副長としての威厳が危ういと、土方は本気で危惧していた。 いや、副長がどうのこうの以前に、男として。 更に言うならば、人として。 こんな、食べ物だとしか感じられない匂いが己の生まれ持っての体臭だということが……それを他人に知られる事が。どうしても、堪え難いのだ。 だから、なるべく肌身離さず煙草を携帯して。 周囲から呆れられるほどのヘビースモーカーを装って。 食事時には、大量のマヨネーズを使用して……っていや、コレは単純にマヨが好きってのも本当だけど。 とにかくそういう涙ぐましい努力をもって、土方は己の身体が放つ匂いを誤魔化し続けてきたのだ。 結果、現在この江戸には、彼の体質を知る者はほとんどいない。 今、この秘密を多少なりとも知っている者と言えば。 武州からの付き合いである近藤と沖田と、山崎と……それから。 万事屋、だ。 ヤツに知られてしまったのが一生の不覚だったと、土方は頭を抱えてまた深々と息を吐いた。 以前から反りが合わず、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた相手に……ひょんな事から秘密を暴露してしまって、それ以来。 甘党と普段から公言しているあの男は、土方の身体が放つ菓子の匂いを、どうやらいたく気に入ってしまったらしい。 否、気に入った、という言い方は生ぬるい。むしろハマり込んだとか、魅入られたとか――或いは、とりつかれた、という表現が一番近いか。 要は、常軌を逸した様相を呈して土方に執着するようになったのだ。 先に述べた、遭う度に抱き締められるとか放したくないと囁かれるとかは、偏にここに起因している。 「……それは、さんざん説明したっつーのによ……」 文机に両肘をついて頭を抱えたまま、ポツリと漏らした声は、疲労のあまりか泣きそうな色すら滲んでいて。 自分の受けているダメージの大きさに情けなさを感じながら、土方はずるずると机に突っ伏した。 近藤も沖田も、山崎も。 あの後どれほど必死に訴えても、土方の主張を信じてはくれなかった。 そんなに照れるなトシ、うざってェなァ、意地張らなくてもいいのにと言われるばかりだ。 先に述べたように近頃は街中であの男に出遭う度に抱き締められているから、残念な事に、誠に非常にとんでもなく不本意な事に、「真選組の副長と万事屋の旦那の間柄」は周囲の公認事項と化している。誤解なのだが。 最近どの定食屋に入っても、気のよさげな亭主が「銀さんとはどうだい」と聞いてくる。どうもこうもないのだが。 甘味処の前を通りかかれば、「旦那のツケ払ってくんねーかな」と言われる。そんな義理は断じてないのだが。 土方とて決して諦めているわけではなく毎度毎度しっかりキッパリ否定して回っているのだけれど。 それでも如何せん、万事屋の態度があまりにもアレなものだから、土方の否定など誰の目にも「照れ隠し」としか映らないようなのだ。 ……それは、まあ、冷静に客観的に見れば仕方ない事かもな、と土方も思う。主観的感情的に言うならば、正直泣きたいのだが。 事情を知らない者から見たら、万事屋のアレは確かに、所謂ひとつの、そういうアレにしか見えないだろう。 そして土方は、その「事情」に関しては口を噤まざるを得ない……とくれば、周囲の誤解が深まるのは、まあ当然の展開とも言える。 だが。 しかし、だ。 近藤と沖田と山崎。 あの三人は全員、土方の特殊体質を知っている。 知っているはずの彼らでさえ、土方と万事屋の仲を誤解している、という、それが最大の問題なのだ。 土方は机に突っ伏した姿勢のまま煙草を灰皿に押し付けると、本日何度目になるか分からない溜息を吐いた。 何度も言うが、説明はしたのだ。 最初に道端でとんでもないシーンを目撃していた沖田にはその時から事情を話していたし、近藤にも山崎にも、妙な誤解をされて溜まるかと全力で釈明した。アレはただ、あの甘党男が匂いに血迷ってるだけなのだ、と。 それなのに。 「またまた〜、トシは嫌いなヤツに匂い嗅がれたりしたら問答無用で半殺しだろ?」 「なに笑顔で人聞きの悪ィこと言ってんだ近藤さん!」 「事実じゃねぇですかィ。アンタ、武州でどんだけ屍の山を築いてきたと思ってんでィ」 「さらに人聞き悪くしてんじゃねェェ!別に殺してねーよ!殴りとばしてただけだろうが!」 近藤には他意の無い笑顔で。沖田には他意の有りまくる笑顔で、アッサリと土方の主張は跳ね返されて。 さらには。 「ほら、ねィ」 「アァ!?」 ニヤリと嫌な笑みで目を光らせた沖田に、思わず眦を吊り上げて突っかかれば。 「万事屋の旦那のことは、なんで殴りとばさねーんで?」 「そ……っれは、アイツが馬鹿力で腕ごと締め上げてきやがるから身動きとれねーだけ……!」 「でも脚は自由に動きますよね」 「トシは腕が使えなかったら脚が出るよなァ。なんで蹴らないんだ?」 思わぬ指摘に率直に答えたというのに、山崎や近藤までもが、オカシな突っ込みを入れてきて。 「そんなもん、理由なんて決まってるじゃねェですかィ。なァ山崎ィ」 「え、はあ、まあ、そうですね」 ニタニタと腹の立つ顔で、ちゃっかり山崎に同意まで促して……沖田は、言ったのだ。 ――それは、アンタが、 「がああァァァアアア!!」 十数分前の沖田の台詞を反芻して、土方は叫びつつガバリと文机から顔を上げた。 「ナイナイナイ。ねーから。あり得ねーっつーのふざけんなコラァァ!」 「何があり得ねーって?」 ぶんぶんと頭を振って、腹立たしい台詞を脳内から追いやっている、と。 不意に背後から聞こえた声に、土方は文字通り跳び上がるほど驚いた。 人払いをして障子もキッチリ閉めて、独りの空間だったはずの私室。 それなのに、一体どういうわけか。土方が慌てて振り返れば、そこに居たのは。 「テ……テテテテメ、万事……!」 「よォ」 「よォ、じゃねーよどっから入ってきやがったァァァ!」 畳の上に堂々と胡坐をかいて、ひょいと片手を挙げてみせた銀髪の男。 渦中の人物の突拍子もない登場に、土方は咄嗟に刀を引き寄せることすら出来ずに悲鳴に近い声を上げた。 ----------------------- 後篇へ |