バカな。タイムスリップなんて、そんな漫画か小説みたいなこと。
咄嗟に浮かんだ言葉はどこかで聞き覚えのあるもので、そういえば先程ワープと言われた時も同じようなことを考えたのだと新八は思い出した。
と、いうことは。コレも天人技術とでも言うつもりか。
…ちょっとそれは、何でもアリにも程があるんじゃないだろうか。
時空を遡るなんて技術が存在したら、今頃世界は大騒ぎになっている気がする。万が一存在したとしても、それはきっと一部の者たちだけが知るトップシークレットだ。一般人である自分たちがそんな体験をすることなどあろうはずがない。新八はそう思う。

しかし。

新八は緊張感とともに目の前の少年を見詰めた。
先刻、彼が言ったこと。
天人がこの国にやって来たのが、たったの五年前だという言葉。
それに嘘が無いとするならば、ここは新八の知っている世界から十五年前ということになる。
…つまり。今ここにいる自分達は、やはりタイムスリ…

(いや、いやいやいや。そんなまさか!きっとアレだよ、聞き間違いだ。十五年前って言ったのを僕らが五年前だと聞き間違えただけなんだ。きっとそうだ!)

ゴクリ。唾を飲み込んで、新八は少年に向きなおった。
引き攣る顔で無理矢理笑顔を浮かべながら少年に問い直す。

「…あああのさ、さっき、何年前って言った?天人襲来…」
「アァ?だから五年前だろ」

今度は聞き間違えるまい、と完璧に身構えていたにもかかわらず。
少年の口から吐き出された数字は前と同じで、新八はクラリと眩暈を感じた。

「じゃ、じゃあ…」
「今は戦の真っ只中か?」

上手く言葉が出て来ずに口を開閉させる新八の後を引き継いで、銀時が少年に尋ねた。
少年は訝しげに眉を寄せる。

「当たり前だろ、何言ってんだ。…まァ、ここらは江戸に近いわりには平和なもんだけどな」
「…ここじゃない場所では、まだまだ戦火が広がってんのか」
「そうだろ。俺が自分の目で見たわけじゃねェけど、そういう噂だぜ」
「その戦ってのは、攘夷の戦のことだよな?」
「他に何があんだ」
「戦が始まって何年だ?」

続けざまに問われた少年は、呆れたような溜息を吐くと目を眇めて銀時を見返した。
そして。

「何だテメェら、いい大人のクセして本格的な世間知らずかよ。…天人が来たのが五年前。幕府はビビッてすぐに開国しちまったらしいけど、侍は今もまだ色んなトコで戦ってるって話じゃねェか。そんなもん常識中の常識だろ、何で知らねェんだよこのクルクル白髪。頭ん中まで渦巻いてんじゃねェか?」
「……………」

完全にバカにしきった口調で言われたその台詞、の。
前半部分の重要な情報よりも、寧ろ後半に付け加えられた言葉に銀時はヒクリと頬を引き攣らせた。
銀時のコンプレックスを絶妙に逆撫でする、どこかで聞いたことがあるようなそのフレーズ。

「…なんか、いちいちムカつくガキだな、オイ」
「銀ちゃん、あいつシメるアルか」
「ちょ、二人とも落ち着いて下さいよ!何だかんだ言って質問にはちゃんと答えてくれてるじゃないですか。ちょっと口が悪いだけでイイ子ですって!それよりホラ、これ…!」

不穏なオーラを纏わせて呟き交わす二人を、新八は慌てて制して腕を引いた。
三人で円陣を組むような体勢に戻って、顔を寄せて声を潜める。

「ま、間違いないみたいですね、タイムスリップ…!」

興奮と緊張が綯い交ぜになった声で新八がそう言えば、銀時は不機嫌のオーラを収め、代わりに困惑と辟易を足して二で割ったような表情で低く呻いた。

「マジでか。ラベンダーの香りなんか嗅いだ覚えねェぞ」
「銀ちゃんそれ何のことアルか?」
「うわー、年齢が出ますね」
「うるせーよ!お前これはアレだ、最近アニメになったりして再ブームだろーが!年齢とかの問題じゃないから!」
「いや、いくらアニメになったからって最近の若い人の中じゃ知らない人もいますし」
「……オイ、お前ら」

あっという間にグダグダな方向に傾きかけた会話を遮ったのは、少年の不機嫌な声だった。
見れば、腕を組み眉を跳ね上げて、円陣を組む三人をジロリと睨みつけている。

「何なんだよさっきからコソコソしやがってムカつくな。言いたいことがあんならハッキリ言えやコラ」

舌打ちなんかも織り交ぜつつ、苛立っていることを隠しもせすに。
クッと顎を上げて、見上げる体勢であるはずなのに何故か見下すような視線で。
子供らしからぬふてぶてしさで、ギラリと眼光を強めた。


――その、瞳に。


ザワリ。先刻からそこはかとなく感じていた既視感が、急速に色を濃くして新八の背を駆け上った。


「…あの、銀さん、実は僕、さっきからずっと気になってることが…」
「言うな。気のせいだ」

少年に視線を固定したままボソボソと呟けば、隣からは即座に固い声が返ってくる。
――ああ、やはり銀さんも気になっていたのだ。だけど敢えて口にしなかったのだ。新八がそう思うよりも早く。

「あのガキんちょ、瞳孔開いてるね」
「言うなっつってんだろうが!俺だってちょっと気になってたわ!でもそこ突っ込むと面倒なことになる予感がプンプンすんだろうがァァァ!」

神楽に決定的な事実を指摘されて、銀時は潜めたままの声を引き攣らせた。


そう、似ているのだ。この少年は。
彼らがよく知っている、或る人物に。

最初に見た時から、何となく感じていた既視感。それは一に顔の造作、二に雰囲気、三に喋り方。と、どんどん色鮮やかになっていって。何よりも特徴的なその瞳が、既視感の正体をいとも簡単に特定してしまった。
ダラダラダラ。新八の背中を汗が伝う。
これはワープだ、と思い込んでいた時点ならば、他人の空似や、もしや親戚?という話で事は済んだだろう。しかし。

今、自分達は、タイムスリップして十五年前の世界にいるらしいのだ。
…と、いうことは。まさか。ひょっとして。もしかすると…

チラリ。
窺うような視線を向けると、少年はビキリと額に青筋を浮かべた。

「んだコラ。喧嘩売ってんなら買うぞ。アァ?」
「………………」

その、凄み方。

「…あの、君、名前は?」
「あ!コラ新八テメェ!」

好奇心に負けて恐る恐る問いかけた新八を、銀時が慌てて遮ろうとする。
しかし時すでに遅く、少年は新八の問いに眉を顰めつつも、あっさりと口を開いていた。

「あ?…土方だけど」

その返答に。

その場の空気が凍りついた。
ある程度予想はついていたけど、それでもやはり凍りついた。


(…ものすげー目で俺らのこと睨んでやがったクセに何でこっちの質問には普通に答えてんだよ…あーそういやアイツも、こういう律儀っつーより迂闊なトコあったよな。つまり成長ゼロかテメェは。ちったァ学習しろやボケ…じゃなくて!)

やっぱりか。やっぱりそうなのか。
銀時は頭を抱えた。
瞳孔の開いた目。サラッサラストレートの黒髪。スッキリ整った顔とガラの悪い態度。口論での言葉の選び方。
…そして、十五年前の世界で十歳前後、の、「土方」

そんなもん、一人しかいない。
いや、もしかしたら世の中には非常によく似た同姓の別人、なんてものもいるかもしれないけれど…

「…ひょっとして、十四郎君?」

ああバカ新八、それ肯定されちまったらもう取り返しがつかねェじゃねェか、と銀時は胸中で叫ぶ。
だがその叫びも虚しく、少年は新八の言葉に驚いたように目を瞠ると、訝しげに顔を顰めた。

「…何で知ってんだ」

――確定。
銀時はガックリとうなだれた。
なんてこった。タイムスリップ先で知り合いに会うなんて。厄介な事この上ない。
…しかもよりによってコイツかよ、と。ガリガリと頭を掻いて深い溜息を一つ。

(どうせ会うなら、もうちょい違う相手がよかったっつーの…)

例えば、お登勢のババァとか。若い頃の長谷川さんとか。百歩譲って、ガキの頃のゴリラとか。
彼らだったら、突然風変わりな連中に会ってもきっと邪険にはしない。多少訝りはしても、結局は何も聞かずに世話をやいてくる気がする。
…だが、コイツは。

銀時は頭に手を当てたまま、チラ、と目を上げて少年…土方を見た。
その眉間に寄った皺の深さと、開ききった瞳孔に再び深々と溜息を吐く。

悪いヤツだとは言わない。
しかし彼は決して人懐こい性格では無いし、見ず知らずの人間に無条件に手を貸すようなお人よしでも無いはずだ。懐に入れた人間に対しては甘いところもあるが、敵と見做した相手には何の躊躇いも無く刀を抜く。銀時の知っている土方はそういう男だった。

仲間を大切にする分、外への警戒心が強い。
その上に血の気が多くて喧嘩好きで、他人に突っかかって問い詰めることを厭わない。

…要は。
こちらに何も怪しい点が無い時ならばともかく、今のように説明しがたいことを抱えている場合に相対するには、実に面倒な相手。ということだった。
銀時のその印象を証明するように、少年の土方は一度解いた警戒心を再び顕にしてこちらを睨み付けている。

「テメェら何モンだ。天人ってのァ人の心も読めんのか」
「いや、僕は地球人だけど」

新八がそう言えば、土方はちょっと虚を衝かれたように瞠目して、それから益々胡乱げな表情をこちらに向けた。
それはそうだろう。ここが本当に十五年前の世界ならば、天人はまだ地球に馴染んでいないはずだ。地球人と天人が仲良く連れ立っているなど奇異に感じられるに違いない。天人を初めて見たというこの少年にとっては特に。
江戸に生まれた新八は、成長とともに天人が地球に馴染んできただろうから、そういう感覚は薄いかもしれないが…。

…マズイな。銀時は眉を顰めた。
少年の土方が、天人にどんな思いを抱いているか…そんなことは銀時は知らない。だが普通に考えて、こんな時代に地球人と天人が仲良くしている様など受け入れられるはずがない。神楽が天人と知った時の土方の表情は、少なくとも天人を好ましくは思っていないことを物語っていた。
大人になった彼は幕府に仕えて天人の高官達を護る立場にいるが、それとこれとは話が別だ。

寧ろ、「侍」に憧れて、刀一本で何かを護ることに誇りを持っているらしいアイツだからこそ。
ガキの頃には、攘夷に似た思想を抱いていてもおかしくない。

「…………」

強い眼光のまま押し黙った土方を見て、銀時は内心で身構えた。
何を言われるか。もしくは何も言われなくても、里に案内するという言葉は撤回して去ってしまうのではないだろうか。せっかく人里に出られると思ったところで山中に放置されるのは勘弁願いたいのだが。
さっきは口八丁でこちらのペースに巻き込んで天人云々から気を逸らすことに成功したが、同じ手はそう何度も効かないだろう――このガキは土方だ。頭は悪くない。


そんな銀時の内心を知ってか知らずか、土方少年は黙って三人の顔を見比べた。
新八の居心地悪そうな顔、神楽の喧嘩を売るような顔、そして銀時の、表面上は気怠いやる気のなさげな顔を一通り眺めて…それから、フ、と溜息を吐く。

「……ま、いいけどよ」

その口から零された言葉に、銀時は意外の念を覚えて微かに目を瞠った。

「…で、お前ら、里に案内すりゃいいのか?この辺のヤツらは血の気が多いから、天人なんて知られたら攘夷気取りで殴りかかられるかもしれねーけど」
「上等アル。返り討ちにしてやるネ」
「いや、それはマズイよ神楽ちゃん」

冷めた口調で神楽に話しかける土方を見ながら、益々強まる違和感に眉を顰める。

――オカシイ。
ここはそんな、あっさりと追求を諦めるようなところではないだろう。
田舎の山道に突然現れた、天人と地球人の三人組。しかも何故か自分の名前を知っている、なんて。そんな怪しさ大爆発の連中を、問い質すこともせずに「まァいい」などと。
その上、身元も全く確かめないままに里に案内しようとする、など。
そんなのは。

(らしくねェ…)

銀時はグッと眉間に皺を寄せた。
彼の知る土方は、確かに偶に迂闊なところもあるが、ここまで隙だらけでは無かった。
…いや、隙があるというのとはちょっと違う。
この少年の態度は。年若い故に人を疑う事を知らないとか、素直でお人よしだとかそういう類のものでは無くて。

投げやりなのだ。
別に何でもいい、どうにでもなれ、みたいな態度。

…それがひどく、らしくない。


「…オイ、じゃあさ、オメーんちに案内してくれねェ?」
「……は?」
「ちょ、銀さん!?」

唐突に口を開いた銀時に、土方はキョトンと目を見開き、新八が慌てたような声を上げた。
何を考えてんですか、と目で訴えてくる新八に、銀時は顔を寄せて声を潜める。

「しょーがねェだろ。この時代、列車なんかねェし通貨だって違うんだぞ?人里に案内されたって宿すらとれねェじゃねェか。いつ帰れるかわからねーのに、それまで野宿と食い逃げでしのぐのか?サバイバル生活か?どんな黄金伝説に挑戦だコノヤロー」
「あ…そ、そうか。そうですね…」

銀時の説明に新八はすぐに納得した…が、勿論、銀時にとってそれは建前に過ぎなかった。

…確かめたいのだ。
この土方の態度を、もう一度。
自分の家に行かせろと言われて、それでも尚、あんな投げやりな態度が取れるのかどうか。
もし取られたとしたら。

(…………取られたとしたら?)

何だってんだ、と、銀時は自問する。
判らない。判らないが…


何だかひどく不愉快なのだ。

追求もせず、突っかかることも睨むことすら途中でやめて、不審人物を投げやりに受け入れている、「土方らしくない」この少年が。


「あの、今夜一晩だけでもいいから、君の家に泊めてくれないかな?僕ら行く当て無くて…」
「………」

新八が申し訳無さそうな顔をしながら軽く頭を下げる。
それをしばらくの間じっと見詰めていた土方少年は、やがて黙って踵を返した。

「あ!ひじ…!」
「何してんだ。さっさとついてこい」
「え?」

土方は背を向けて歩き出した足を少し止めて、振り返らぬまま、言った。

「…仕方ねェから、一晩だけだぞ」

渋々、といった口調でその口から吐き出された言葉に。
新八はホッと息を吐き、神楽は面白くもなさそうにパチリと瞬いて。


銀時は、眉間に深く深く皺を寄せた。




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3へ続く