第二訓 思い込みの力は侮れない
「トシエさんって、さっき話してたトシエさんアルか、銀ちゃんの作り話じゃなかったアルか!?」
「ってことはちょっと待って下さいよ!この人、男の人なんですかァァァ!?」
「ちょ、オイ、俺ァ確かに万事屋の坂田銀時って名乗ったけど、住所までは教えなかったよな?あんた、どっかで調べたのか?」
ひとしきりの混乱の後、トシエは万事屋の居間兼応接室に案内された。
お茶葉だけはかろうじて残っていたので、新八が未だショックに震える手で茶を淹れる。
神楽は疑惑の眼差しでトシエを見詰め続け(もちろん疑っているのは性別だ)、銀時はトシエの正面に腰を下ろしていた。
「えー…と、それで、トシエさん。俺に何か用でも?」
ポリポリと頭を掻きつつ、銀時が口を開いた。
「先日お世話になったので、まずはそのお礼を」
「竜宮城アルか!?」
「神楽ちゃん、そんな訳ないでしょ!すいませんトシエさん、気にしないで下さい」
「はあ…」
頭を下げる新八に、トシエはどういう返事をしたものかという表情で曖昧に頷いた。
「お礼ねェ…。俺はそんな大したことしたわけじゃないし、そんなん別に…」
銀時は今度は頬をポリポリと掻いて、戸惑ったように呟いた。先程は新八や神楽に恩返しがどうのと嘯いたとはいえ、まさか本当に来るとは
思わなかったのだ。改めてお礼をと言われると、少々対応に困った。
万事屋は常に内証が苦しい。故に、仕事に対する報酬は多ければ多いほど嬉しい、というのが基本姿勢であることは確かである。だがしかし、
頼まれもしないのに自発的に手を貸した時には、銀時は依頼料を要求しようとはしなかった。半ばタカり目的で知り合いに親切を押し売り
した時は別として。
口では面倒だなんだと言いながら、困っている人間にはつい無償で手を貸してしまうのが銀時という人間だった。口が悪いのはお人よしの
自分を誤魔化す、いわば照れ隠しのようなものでもあるのだ。万事屋の内証の苦しさは、神楽と定春の食費に加えて、万事屋面子の人の良さ
にも起因するところが大きかった。
別に改めて礼なんかいらねェよ、そう言おうとして、銀時は口を噤んだ。トシエが上品な長方形の包みを机の上に差し出したからである。
「大和屋の、お団子です」
「何ィィィ!?評判の老舗じゃねェか!」
「食い物アルか!?」
つい先刻の当惑はどこへやら、ぐわばっと血相変えて身を乗り出した銀時に、トシエは少しのけぞった。
「別に、とか言っといてなんだその食いつきっぷり!カッコ悪!!ああでも、食べ物は本当に嬉しい…こんな良い物、いただいていいんですか?」
「いやホント物がイイよ。さすが老舗だよこの味!」
「うう、おいしいアル…!」
「ってもう食ってるし!!す、すいませんトシエさん、いただきます…!」
「……どうぞ…」
トシエは万事屋の面々の歓喜をしばらく呆然と眺めていたが、やがて呆れと哀れみが半々で混ざったような溜息を吐いた。
その視線を感じて新八は情けなさに涙が出そうになったが、やはり食欲には勝てず、団子にパクつく。
流石に老舗の団子は味が違う。なんというか、高級そうな味がする。
(高いんだろうなコレ…トシエさんはお金持ちなのかな…)
浮かんでくる考えがどれもあまりに情けないので、新八はしばらく何も言わないことにした。
「コラ神楽!なに一気に五個も口に入れてんだ!いいか、この箱のここからこっちは銀さんの領域だ。お前ら侵入してくんなよ!」
「銀ちゃんそれほとんどアル!せめてここからこっちにするネ、あとは私のテリトリーアル!」
「お前それじゃ五分の一以下じゃねェか!ふざけんな!コレは俺の労働に対する報酬なんだぞ!!」
「お前ら二人ともちょっとは黙れ恥ずかしいなもう!!」
醜い争いを繰り広げる二人に怒鳴りつつ、新八はチラリとトシエの様子を窺った。トシエは最早口を挟む事も諦めて、所在なげに銀時たちを
眺めている。そわそわと胸元に手を運んでは、何かに気付いたように手を下ろす仕草は、もしかしたらこの人は普段煙草を嗜んでいるのだろう
かと推測させた。
落ち着かない様子のトシエに申し訳なくなった新八は、急いで口の中の団子を飲み込み、トシエに向き直った。
「それで、トシエさん?先程、『まずはお礼を』とおっしゃってましたよね。ということは、お礼以外にも何か御用があるんじゃないですか?」
新八にそう切り出され、トシエは驚いたような、次いで感心したような面持ちで頷いた。察しが良い、と思われたことを感じて、新八は少し
誇らしくなる。
「あ、そうなの?」
銀時もそれを聞いて、団子をもごもごとさせながらではあったが、トシエに目を向けた。神楽もそれに習う。
トシエはもう一度頷くと、僅かに身を乗り出した。
「実は、依頼したい事がある…ん、です」
「え」
「うそ」
「マジアルか」
トシエの言葉に、三人は三様に一言放ったきり、絶句した。
依頼。
つまり、
仕事。
それは、彼らがここ数日、求めども求めども何故か手に入らなかった、収入への希望であった。
(ええェェェ!?団子だけじゃなく仕事まで持ってきてくれたってこと!?何コレ何この人神様!?ああ女神さまっ!って、いや男の人なんだっけ!?)
突如訪れた幸運に滝汗を流して固まってしまった三人を見て、トシエは少し不安そうに眉を寄せた。
「もしかして今は、別の仕事に忙しい、とか?」
尋ねるトシエに、万事屋三人は思わず立ち上がらんばかりに慌てて首を横に振った。
「いいいいえいえそんなとんでもないです!」
「ヒマヒマネ!仕事買ってでも欲しかったとこアル!」
「買うのはダメだ金がねェっつか本末転倒だ!…しし新八君、お客様に早くお茶お出しして!」
「もうお出ししてます銀さん動揺しすぎ!」
「冷めてんだろお取り換えしろって言ってんだ気が効かねェなダメガネ!」
「お茶菓子どうぞアル。お口に合えばいいアルけど…」
「神楽ちゃんそれトシエさんが持ってきてくれたお団子でしょ!?」
本日何度目かの万事屋の混乱を前にして、トシエは一瞬呆気にとられたが、すぐにキュッと眉間に皺を寄せ、頭痛をこらえるかのように
額に手を当ててうつむいた。
深い溜息が聞こえて万事屋の面子がそちらを向くと、トシエは額に当てた手の下から不機嫌そうな目をチラリと上げて、押し出すように
呟いた。
「…話を進めたいんだが」
美人には不似合いな低い苛立ちをはらんだ声に、三人はサササッと音が聞こえるような素早さで座り直した。
「で、依頼の内容は?」
銀時は先程まで少女と団子を奪い合っていた男と同一人物とは思えないほどの真面目な表情でトシエに相対した。銀さんとっておきの
営業用スタイルだ。大抵は長続きしないのだが。
トシエもやっと仕事の話ができると感じ取ってか苛立ちを収め、静かな口調で語り出した。
「先日ご協力の甲斐あって、あの男達から情報を引き出すことに成功したのですが…」
あの男達、というのは、トシエが「かまっ娘倶楽部」で探っていた連中のことだろう。
「それが予想以上に、大物の尻尾だったことが判明しまして」
「大物?」
「尻尾?」
イマイチ具体性に欠ける言い回しに、万事屋の面々は首を傾げる。しかしトシエはそれにかまわず、どこか事務的な口調で言葉を続けた。
「その大物に捜査の手を延ばそうとしているところなのですが、ウチも大きな組織の一部なので色々としがらみがありまして、大っぴらに
手を出しにくい筋があるんです。そこで」
トシエはそこまで口を挟ませずに一気に言い切り、ひたり、と銀時の目を見据えた。
「フリーの万事屋さんに、捜査に協力していただけないかと」
「……………」
銀時は眉間の皺を隠そうともせずに盛大に顔を顰め、顎に手を当てた。
組織。しがらみ。筋。
具体的な形が一つも見えてこない上に、キナ臭さがプンプンする言葉の数々。
基本的にお人よしの新八でさえ、
(アヤシイ…)
と思ってしまったのだ。人生経験の豊富な銀時が顔を歪めたのは当然の事だった。
「いくら喉から手が出るほど仕事がほしいっつても…」
銀時は営業スタイルをあっさり捨て去り、溜息混じりに、片手でわしゃわしゃと自らの天パを掻き回した。
「そんな伏せ語だらけの依頼じゃ、受けようがねェよ。本気で依頼する気があるなら、もっと具体的に言ってくれねェ?」
率直な物言いに渋い顔をするかと思われたトシエは、諦め九割、躊躇一割といった表情を作ると、深い溜息とともに「まァそりゃそうだよな…」
と呟いた。
アヤシさ爆発の言い回しをしている自覚はあったらしい。
「そうだよ。だからちゃんと判るように依頼内容を説明しろっての。あ、男言葉でいいからな。お前敬語だとしゃべりにくそーだし」
客に対してこういうぞんざいな口のきき方をする時は、依頼人がくだけて喋れるように配慮をしているのだよ新八君、と本人から聞いたこと
があったが、まあ八割方は素だろうと新八は見ていた。
しかし、この接し方はトシエに対しては効果があったらしい。
トシエは少し苦笑をもらすと、作り声はそのままに、だが口調を完全に男のものにガラリと変えた。
「じゃ、そうさせてもらうぜ」
絶世の美女の口から出る男言葉、という激しいギャップに新八はたじろいだが、この口調が彼女…いや、彼本来のものだということは
何故か納得がいった。それまでのトシエの不自然なギクシャクした感じが消え、リラックスした雰囲気が醸し出されているからだろうか。
「大方の事を正直に説明する…だが、これから話す事は他言無用だ。本来なら、聞くからには依頼を受けろと言いたいところなんだがな…」
「そりゃ、聞いてからじゃねェと判断できねェな」
「ちっ、言うと思ったぜ」
口調を変えるとともに態度もガラリと変わったトシエに、万事屋メンバーは少なからず驚いた。
(なーんか、いきなりムカツク野郎になったなァ、オイ)
(トシエさんって実は怖い人なのかな?)
(トシエ姉、カッコイイアル…)
(あれ?神楽ちゃん、その反応おかしくない?)
(第二のアネゴアル)
(いやアネゴって、姉上と一緒にしない方が…ってか、トシエさんは男の人だから)
(うるさいネ黙れメガネ)
(んだとォォ!?)
「うるせェ!なんで心の声で会話してんだテメェら!」
「ひィ!すいません!」
トシエに怒鳴られて首をすくめながら、新八はアレ、と首を傾げた。
(なんかこの口調とこの態度、誰かに似てるような…)
誰だっけ、と首をひねるが、思い浮かばない。
「まぁいい。本題に入るぞ」
トシエは溜息を吐くと、銀時に向き直った。
「いいか。まず、俺があの時オカマバーで調査してたのは、ある裏取引の噂があったからだ。何の取引か、詳しい事はあの時はまだ判然と
していなかったんだがな、あの店にいた連中を捕らえて吐かせたら、とんでもなくヤベェブツのでかい取引が動いてるってことが判った。」
「ヤバイって…麻薬とか、爆弾とか?」
「…そんなもんじゃねェよ」
口を挟んだ銀時にゆるくかぶりを振って否定するトシエの顔が、心なしか蒼い。
数秒の躊躇の後に、トシエはようやく、決定的な一言を告げた。
「生物兵器だ」
「え…」
生物兵器。言われた単語を心の中で復唱して、新八は絶句した。具体的にどういうものかはよく判らないが、その言葉の響きがヤバいことは判る。
「セイブツケーキ?おいしいアルか?」
「少なくとも食べられた代物じゃねェことは確かだ」
ベタな神楽のボケに、トシエは険しい表情を一片も崩さずに答える。
そのまま、一切の躊躇を振り切るかのように大きく息を吸って、言葉を続けた。
「恐ろしい速度で空気感染する宇宙産のウイルス。俺達人間の医学じゃ手の施しようもない病気を引き起こす。発病すりゃ簡単確実に死に
至る」
固く強張った声。事の重大さに似合わぬ淡々とした口調が、逆にこの話が冗談などではないということを物語っていた。
あまりにもシャレにならない内容に、新八の顔がどんどん蒼ざめていく。
「感染対象はヒト科の生物限定。早い話が、人間にとっては脅威だが大半の天人には痛くも痒くもねェってことだな。取引されていたのは
その最悪のウイルスと、唯一それに対抗できる天人製のワクチン…つまりは人類の生殺与奪の権利だ。この星に住む人間を根絶やしにするも、
そう脅して巨額の富を吐き出させるも思いのまま…下手なヤツの手に渡りゃ、人間に未来はねェ」
トシエはここで一旦言葉を切って、ギリ、と奥歯を食いしばった。
「俺達人間が一刻も早くそれを押さえなきゃならねェ。だが、ウチの組織は天人筋からの圧力に弱い。もちろん、今回ばかりは圧力かけられ
たからって見逃す気はねェ。だが強引に捜査を進めれば、核に辿り着く前にウチがツブされる。かといってコソコソした調査じゃラチがあかねェ
…だから、表立っての捜査をお前らに頼みたい」
ひたり、と、トシエは再度、強い視線を銀時の瞳に固定した。
依頼を受けるのか、受けないのか、とその眼が聞いている。聞くからには受けろと言いたいところだといったトシエの言葉を、新八は思い
出した。確かに事が事だ。簡単には話し出そうとしなかった理由が、今なら判る。
話を切り出すまでの躊躇の大きさに比例する覚悟が、その表情からは見てとれた。
「銀さん」
「銀ちゃん」
左右から挟みこむように、新八と神楽は銀時を覗き込んだ。
彼らの知る限りでは、銀時は今のような話を聞いておいて依頼者を突き放すようなマネをする男ではない。今までだってそうだった。
やっかいな依頼に面倒くさそうなそぶりを見せながらも、結局は手を差し伸べる。口先の不平は照れ隠し。彼はそういう男なのだ。
じっとトシエを見返す銀時の目は、いつもの死んだ魚のような目ではない、険しい光を宿していた。
「…ったく、めんどくせー話を持ち込んできやがって。こんなん無視したら寝覚めがワリーじゃねェか」
「銀さん」
彼らしい物言いに、新八はつい笑みを浮かべて勢い込んだ。この嫌々みたいな口調こそが、銀時流の承諾の証だ。
(やっぱりそういう人なんだよこの人は!イザって時には頼りになんだよ!)
「…しょうがねェなァ…ったくよー」
「銀さん!じゃあ!」
「ああ受けてやるよ。…ただし」
すぐにでも「依頼受諾、仕事開始!」と立ち上がろうとした新八を、銀時の片手が制した。
銀時の目は、真っ直ぐにトシエに向いたままである。
「アンタが本当のことを言っているなら、な」
銀時の言葉にトシエはピクリと片眉を跳ね上げ、新八は驚いて銀時を見詰めた。
「ナニ言ってるネ銀ちゃん」
不審そうな神楽に、新八も同意の声を上げる。確かに、ハイそうですかと信じるには大きすぎる話だ。しかし、トシエさんの様子はどう見ても
嘘を言っている人のものではない。万事屋で働くようになって様々な経験を積んだ新八は、年齢の割には人を見る目があると自負している。
狂言をはかる人と本当に深刻な人との見分けが、朧気ながらもつくようになっていた。トシエさんは真剣そのものだ。銀時ならば、新八や
神楽以上にその真剣さが感じ取れているに違いないのに、一体何を言い出すのか。
イチャモンをつけている場合ではなかろうと、先程の勢いも相まって怒りすら沸いてきた新八は銀時を睨み付けた。
「オイオイ何だよその目は。まるで俺が悪者みてェじゃねェか。何も俺はコイツが嘘ついてるって決め付けたわけじゃねェだろうが」
「じゃあどういうつもりアルか」
ダルそうに抗議した銀時に、神楽も非好意的な視線を向けた。彼女も新八と同じような怒りを抱えているらしい。すでに喧嘩腰である。
二つの攻撃的な視線と、問い質すようなトシエの視線に囲まれて、銀時は居心地悪そうに頬を掻いた。
「いや、だからさ、トシエさんが所属している組織の素性さえ明かしてくれれば、俺もそんな疑ったりしねェって。だってお前、正直に話す
って言ったくせに、自分トコの組織だけ伏せたままなんだぞ?怪しみたくもなるじゃねーか」
「あ…そういうことですか」
言われてみれば尤もな銀時の釈明に、新八はフ、と怒りを解いた。
トシエも納得したような顔をして、しかし一瞬後には当惑したように眉を寄せた
「そういうコトだよ。わかったかこのガキども。大体なァ、最初善玉のフリして近付いてきたヤツが、実は一番の悪役でした〜なんて展開は
漫画やアニメでもよくあるパターンだろ。しかもそれが目も眩むような美女って、セオリー通りじゃねェか」
「根拠に漫画を持ち出すほうがよっぽどガキアル」
「うるせェよ!」
確かになァ、と新八は思った。いや神楽ちゃんの指摘がじゃなくて、それも尤もなんだけど、銀さんの言い分がね。
確かに、自分の組織の名すら明かそうとしないトシエの態度は、怪しいといえば怪しい。事が大きいだけに、話の出所はキチンと保証して
もらいたいものだ。これはトシエ個人を信頼するかどうかとは、また別の次元の話である。
「それで、本当のところ、どうなんですかトシエさん?あなたは一体、どういう組織の人なんです?」
「それは…」
新八にズバリ聞かれ、トシエは言いよどみ視線を外した。やっぱり怪しいかも。
「言えねェってか?やっぱりよからぬ組織なんじゃねェか。犯罪シンジケートか?」
「違う!…俺はただ、それを言うとお前らが協力を拒むんじゃないかと思っただけだ。ウチは…その、お前らとはアレだ。折合いが悪いから」
勝ち誇ったように腕を組む銀時の台詞を即座に否定しておいて、トシエは後半部を力なく付け足した。新八は意外そうに首を傾げる。
「え?以前に僕らと係わり合いがあるんですか?」
「おいおいマジかよ。そんな変な組織といがみ合った覚えはねェって」
「どこアルか?舞流独愚?班池組?それとも溝鼠組アルか?」
「まさか宇宙海賊春雨とか、煉獄関の関係者、なんてことはないですよね?」
「柳生一派とか?まさか鬼兵隊じゃねェだろうなオイ」
「敵だらけじゃねェかお前ら何が『覚えはねェ』だ!どれも違う!そもそもウチは合法組織だっつってんだろ!今言ったトコほとんど
非合法じゃねェか!!」
テーブルをひっくり返しそうな勢いで怒鳴ったトシエに、万事屋三人はますます首をひねる。
「じゃ、どこだよ?心配すんな、コトがコトだから多少の犯罪組織には目を瞑るって」
「だから犯罪組織じゃねェっつってんだろ何度言えばわかる!!」
「真っ当な組織と個人的な因縁を作った記憶はありませんよ僕ら」
「さっさと吐いて楽になるアル」
「お前らアホか!?ここまで言って何で判らねェんだよ!意図的にボケてんのか!?わざとだろ!俺をおちょくってんだなコラァ!!」
いつの間にか作り声もやめ、ゼーゼーと息を吐くトシエに既視感を覚えて、新八は今までと反対方向に首を傾げた。
(この激しいツッコミとこの声、どこかで聞いたような…というか結構聞きなれてるような気がするんだけど…誰だっけ)
「ホラ吐くヨロシ。カツ丼が待ってるぜ」
「やめろ神楽想像でも食い物の話をするな腹が減る」
「…何で取調べ風になってんだコラ」
トシエは額にピキピキと青筋を浮かべて反発していたが、やがて諦めたように大きく溜息を吐くと、ボソリと、本当〜にボソリと、口を
開いた。
「………真選組だ」
確かにそれならば。
新八は内心で大いに感心した。
それなら、合法だというのも、闇取引の調査をしているというのも、天人筋の圧力に弱いというのも、僕ら万事屋と因縁があるというのも、
納得できる。
しかし。
「ありえないネ」
「よくできた嘘ですね」
「まったくだ。なかなか考えたな」
「…………………あ?」
万事屋三人に即座に「嘘」と断定されて、トシエはたっぷり間を置いてから、目を点にした。
まさかコレを否定されるとは思わなかった、という顔だ。
(残念ですね。他の相手なら騙せたでしょうけど…)
新八は同情を込めてトシエを見やった。銀時も同じような心境なのだろう、「あー」とぐしゃぐしゃ頭を掻き回しつつ、説明し始めた。
「まァ確かに、それなら全てに説明が付くよな。俺らとアイツらに因縁があるなんてことまでよく調べたよホント。でもな、悪いんだけど、
俺らとアイツらはアンタが思ってる以上に因縁が深くてな。その手のウソはすーぐ判っちまうんだ」
「そうなんですよトシエさん。僕ら実はかなり、あの人達のことには詳しいんです」
「残念ながらそういうことアル。諦めて本当の正体を明かすヨロシ」
「……なんだそりゃ、どういう意味だ」
三人に口々に言われて、トシエは不満と疑念と憤怒の三拍子揃った表情を浮かべた。
「嘘じゃねェ。真選組だっつってんだろ。殺すぞコラ」
うーん、このチンピラっぷり、まさしく真選組。ホントよく調べてるなァ、と新八は再び感心した。
でもここまで調べてるなら、そうしてそんな嘘はすぐバレるって判らないんだろう?
「オイ、何だその哀れみの籠った視線は!?何を根拠に嘘だっつってんだって言ってんだよ!」
逆ギレ気味のトシエに、万事屋三人は顔を見合わせて肩をすくめた。どうやら決定的な事実を告げるしかないようだ。
「いいアルか」
神楽が立ち上がり、もったいぶって腕を組んだ。
「あのチンピラ警察24時には、ゴツくて目付きの悪い男どもとサディスティックなクソガキしかいないアル!トシエ姉みたいなキレイな人
があの集団の一員なわけないネ!!」
「………は…?」
声高らかに宣言した神楽に、トシエは固まった。
銀時と新八はうんうんと頷きつつ、神楽の説を捕捉する。
「いくら変装してるとはいえ、基本的な顔の造りは変えられませんからね。あの人達にはムリですよ。こんな美人に化けるのは」
「隊員の家族って線もナシな。あのムサイ連中に美人の奥さんがいるとか聞いたことねェし、兄弟ってのも遺伝子上考えられねェから」
なんか反論ある?とソファにもたれて言い放たれ、トシエは俯いた。肩が小刻みに震えている。完璧だと思っていた嘘が思わぬ方向から
見破られて動揺を隠せないのか、と、新八はますます同情をつのらせた。
「トシエさん…あの…」
「……キは」
「え?」
「山崎はどうなんだっつったんだよ。アイツは大してゴツくねェし、Sでもねェぞ」
下を向いたまま発せられた低く震える声に銀時は軽く首を傾げる。
「ヤマザキ?誰それ?ああジミー君?あんなのの名前まで知ってるなんて、ホントによく調べたんだな」
「確かに山崎さんはそんなにガタイよくありませんけど、彼の変装だったらいくらなんでも判ると思いますよ。なじみですから」
「この前も顔合わせたばっかりネ」
あっさりと答えれば、トシエの肩の震えがいっそう大きくなる。ぶつぶつと何やら呟いたかと思うと、ギラリと目を上げて三人を睨み付けた。
…んだコラ、俺は山崎よりもなじみが薄いってのかよ、ナメんじゃねェぞ、とか何とか言っていたように聞こえたが、その内容を気にする
より先に、あまりの眼光の鋭さに新八はのけぞった。
「わわ、ちょっとトシエさん目が危ないです、瞳孔開いてますよ落ち着いて下さい!」
「ちょ、オイ、どこぞのマヨ中みたいになってるから!美人が台無しだってソレ!」
慌てたような銀時の台詞に、トシエはとうとうキレて立ち上がった。
「何がどこぞのマヨ中だ!やっぱり判ってんじゃねェかテメェ、おちょくってんじゃねェ!」
言うと同時にガッと自らの長い黒髪を掴むと、それを引きちぎった、ように見えて新八は息を飲んだが、実際はカツラをむしりとっただけであった。
長髪の美女が消えてそこに現れたのは…短髪になっただけの、同じ美女。
の、はずなのだが。
その姿に、新八は今までに感じていた既視感が一つに合わさるような感覚を覚えた。
カツラをバシィッとテーブルに叩きつけ、トシエは…その男は、怒鳴った。
「真選組副長、土方十四郎だ!これでまだ嘘だとかぬかしやがったら叩っ斬るぞテメェら!」
……………………
『ええぇえェェェ!?ウソォォォォォ!!』
本日二度目の万事屋の絶叫は、かぶき町全域に響き渡るか、と思われるほどであった。