沖田の言う通り、自分はバカだった。
そう気付いたのは、三日後のことだ。
副長室に調査報告にやってきた山崎が、報告を終えても出て行く気配が無くて。不審に思った土方は文机に固定していた視線を上げた。
まだ何かあんのか、と問いかけようとして、じっと物言いたげな視線にぶつかる。
「副長」
「…何だ」
聞き返すのを一瞬躊躇ったのは、山崎が言おうとしていることが判る気がしたからだ。
この部下は監察という職務柄か妙に鋭いところがあって、しかも偶に、遠慮なくそれを口にするから。
「何かありましたか」
ああ、やはり。
土方は細く長く、煙草の煙を吐き出した。
「何の話だ」
冷たい声で短く言葉を発する。
さぞ白々しく聞こえているだろうが、それでいい。踏み込むな、という意思表示だ。しかし。
「先程報告した通り、一週間前のテロ予告はガセです」
「そのようだな」
「今のところ、他に気になる案件はありません」
「そうだな」
「書類業務も、副長がこの三日ずっと机に向かってたおかげでほとんど片付いていますよね」
「……だから何だ」
じろりと睨んでも、山崎は平然とこちらを見返していた。普段は少し凄むだけで大げさなほど後ずさるくせにこういう時だけ。
まったく可愛くない野郎だ。
踏み込むなという土方の意思をきちんと汲み取った上で、踏み込んでくる。
ついさっきは直球で突っ込んできたというのに、今度は随分と婉曲な表現で。
土方は小さく舌打ちした。
「五回」
「あ?」
「何の数か判りますか」
山崎の唐突な台詞に眉を寄せる。
今のタイミングからして…舌打ちの数、とかだろうか。きっとそうなのだろう。山崎の視線は土方の口元に固定されている。
報告しながらずっと数えてたのか。嫌なヤツだ。この短時間に五回も舌打ちするなんて何かあったんでしょう、とでも言うつもりか。
それなら、テメェの報告書が小学生の作文みてェだからだと書き直しを命じてやろう。
短くなった煙草を灰皿に押し付けて口を開こうとすると、山崎はその灰皿を指差した。
「俺が今日、山盛りの灰皿を取り替えた回数です」
「…………」
そっちか、と。
土方はまた舌打ちをした。
「いくらなんでも吸いすぎですよ副長」
何かあったんでしょう、と、その目が言っている。
土方は黙って目線を逸らした。
この三日間。
ほとんど一日中机に向かい続けて、些細な書類すら完璧に仕上げ。半ばガセだと判っている情報も綿密に調べ上げた。
寝る間も食事する間も市中見廻りに行く時間すら惜しんで、仕事に没頭した。
仕事している時は、余計なことを考えずに済むから。そうすることでいつも通りでいられると。
なのに。
急ぎの案件も無いのに仕事に没頭していること自体が、違和感だと、指摘されてしまっては。
気付かぬうちに増えていた煙草の本数にまで、気付かされてしまっては。
自覚せざるを得ないではないか。
認めたくもない、己の変調を。
まったく、嫌なヤツだ。
そういう指摘を受けないために、この三日間さり気なく沖田を避けていたのに。
「局長が」
「ん?」
斜め下を向いて新しい煙草に火を付けると、しばらく黙っていた山崎が、また口を開いた。
ちらりと目を上げると、山崎は少し眉を下げて困ったように微笑んでいた。
「心配してるんです、副長のこと。最近働きすぎだから、急ぎの案件が無いようなら休みをとるように勧めてくれって」
「………」
「俺に言ったのは、副長が偶に俺に内々で調査を命じたりしてるのを知ってるからだと思いますけど。副長がまた一人で何か抱え込んでるんじゃないかって心配してるみたいです」
「……そうか」
「どうですか、副長。局長を安心させると思って、今日明日にでも休暇をとったら」
山崎をじろ、と横目で見て、土方は煙とともに深く、溜息を吐いた。
本当に、可愛くない野郎だ。
山崎に何を言われても土方には休んだりする気がないと判っていて。それでも、近藤の名を出せば土方が折れざるを得ないのも知っていて。
それでわざと、そういう言い方をするのだから。
「…判った。今日と明日は休む」
渋々、という口調で言えば、山崎はニッコリと明るい表情を浮かべた。
「わかりました!局長にそう伝えておきます」
「何だ?随分嬉しそうじゃねェか。俺がいねェのがそんなに嬉しいかコラ。ミントンか。俺がいない隙にミントンする気だろテメェ」
「いいいいえそんなことは!!」
途端に蒼ざめ、あからさまに怪しい態度で後ずさる。
その様子に土方が目を細めると、山崎は「ひィッ」と短い悲鳴を上げて慌てて退室して行った。
それを見送って、土方は再度溜息を吐いた。
土方の変調に気付きながら、深く聞き出そうとはせずに、上手いこと言って休暇をとらせ。
最終的には、「上司がいない隙に自分が羽を伸ばすために」休暇を勧めたのだと、そういうことにして去っていった。
…本当に、まったく。可愛くない野郎だ。
グシャリ、と、まだ長い煙草を灰皿に押し付けて、土方は立ち上がった。
こんな時に休暇をとるなど、先日の出来事にダメージを受けていると自ら認めているようで本当は嫌だったのだが、仕方がない。
あの部下にああまで気を遣われるということは、きっと俺は自分が思っている以上に…落ち込んでいるのだろう。
自覚と絶望が同時にやってきた想い。
最初から判っていたのだから、今更決定的な事実を突きつけられたところでどうってことないと思っていた。
むしろ、告げる手間もなく振ってもらえて好都合じゃねェかとすら。
数日仕事に集中すれば吹っ切れて、そのうちこの想い自体を忘れることもできるだろうと。
そんな風に、考えていた自分は。
沖田の言う通り、バカだったのだ。
花ならば。
散り際が美しいこともあるだろうが、と、川沿いの道を当てどなく歩きながら、土方はつらつらと考えていた。
道に沿って植えられた桜並木は、もう葉すらもほとんど落ちて、枝だけの状態になっている。
開くことの無かった蕾だとか、人知れず散った花弁だとか。
そういう綺麗なものに喩えることのできる想いだったら、などと益体もないことを考えて、自嘲の笑みを零す。
花、なんて。そんな目立つものは欠片たりとも付けまいと、必死に頑張っていたのが自分だ。
土方は、自分の中に芽生えた想いを雑草のように扱っていた。
隅でこっそりと、ひたすら地味に目立たなく。
こんな草、さっさと抜いてしまいたいと思いながらも、一方で。
人の目に…銀時の目に、触れて…目障りだと引き抜かれることを。何よりも、恐れた。
想いが破れることを怖いと思ったことはない。破れるも何も、この想いには最初から絶望という穴が開いているのだから。
それなのに知られないように悟られないようにと必死だったのは、この想いがバレてしまえば、喧嘩にかこつけて近くに寄ることすらできなくなると…そんな女々しいことを考えたからだ。
気持ち悪がられて、言葉を交わすことすらできなくなると。それを恐れたからだ。
だから。
雑草の存在にすら気付かずに踏みつけていった三日前の銀時には、いっそ感謝すらしたのだ。
気付かなかったのならば、気持ち悪いと俺を避けることもないだろうし。
その上でああまで見事に望みを絶ってくれたならば、この雑草もそのうち枯れるだろう。好都合だ、と。
しかし。
「あれ?マヨの人じゃん」
聞きなれた怠い声に、心の隅がもぞり、と動く。
「……っ」
何度踏みつけられても起き上がる雑草のしぶとさを、俺はナメていた。
そもそもコンクリートのような心に根を張った草なのだから、その生命力は推して知るべしだったというのに。
本当に、俺はバカだ。
「…ハムの人みてェに言うな」
努めて冷静な声を出して振り返った土方の目に、白い棒を咥えた銀時が映った。
一瞬、煙草を吸っているのかと目を瞠ったが、どうやら飴の棒であるらしい。
相変わらずガキみてェなもん食いやがって、と眉間に皺を寄せていると、銀時が大げさに溜息を吐いた。
「お前、古ィよ。知らねーの?今年はハムの人のCMやってねェんだぜ?」
「どうでもいいわ」
「よくねーよ!俺がどんだけがっかりしたと思ってんだコノヤロー!」
「テメ、人のこと古いとか言っといて自分もちょっとあのCM楽しみにしてたんじゃねーか!」
怒鳴り返せば、即座に何か言い返してくるだろうと思われた銀時は、何故かちょっと口を噤んで土方を見返した。
そして。
「…んだ、元気そうじゃねーか」
やる気のない声で、しかし僅かに微笑みを浮かべつつそう言われて、土方の心臓が跳ねた。
元気そう。
それは、元気がないのではないかと思われていたということだろうか。
心配…は、あり得ないとしても。土方の様子が気になっていたと、そういうことだろうか。
問いかけるように黙って見返せば、銀時はバリバリと頭を掻いた。
「だってオメー、らしくもなくボーッと歩いてるし、そのくせ煙草はいつもよりスゲー勢いでスパスパ吸ってるし、溜息多いしよ。こりゃ鬼の霍乱ってヤツかと思ったんだけど」
キリリと。土方の胸が音を立てる。
(…コイツは、どうして…っ)
大嫌いなはずの相手に、こんな言葉をかけられるのだろうか。
らしくない、とか。煙草の本数とか、溜息の数とか。
そんな、普段から観察しているような物の言い方。
質が悪い。
以前ならば、その優しさを単純に嬉しいと思えたのかも知れないが。
完全に望みが絶たれた今、そんなことを言われるのは。
(…ああ、総悟、お前は正しかったよ)
土方は胸中で、この場にはいない部下に語りかけた。
どうせ望みが絶たれるのなら、きちんと告げて、想いを根元から引き抜いてもらうべきだったのだ。
気付かずに踏みつけられても、想いはまたすぐに頭をもたげてきてしまうのだから。
叶わぬと想いと知っていても、近くにいたいと思った。だが。
本当に絶対に届かないのだと思い知らされた上で、近くでこんな優しさを感じさせられるのは。
避けられるよりもずっと残酷なのだと。
…今、知った。
「…お前、やっぱどっかオカシイのか?」
訝しげな声をかけられてふと我に返ると、思ったよりも近くに銀時の顔があって息を飲んだ。
じっとをこちら覗き込んだ銀時は、煙草くせェ、と顔を顰めると、ひょいと無造作に土方の口から煙草を抜き取って踏み消し。
パチンコの景品が詰まっているらしい袋から棒つきの丸い飴を取り出すと、ペリペリと包装を剥いた。
呆然とそれを眺めている土方に、銀時は。
「お前、煙草吸いすぎだって。嗅ぐに耐えねーもん。ちょっと控えろ。口寂しいならコレ咥えとけ」
そう言って、煙草を失って半開きの口に、飴を突きこんだ。
「ーっ」
しまった、と。
思った時にはもう遅かった。
バッと身体を離して顔を背ける直前、土方の目に映った銀時の顔は、驚いたように目を瞠っていて。
それに背を向けて俯いた自分の顔は。
…きっと真っ赤で、泣きそうな目を見せていたに、違いなかった。
背中に視線を感じて、土方は俯いたま歯を食いしばった。
歯に挟まれた白い棒がギシリと音を立てる。
いつもの煙草を奪われて、代わりに飴を口に含まされたこの状態では、吸い込んだ息ですら甘くて。
眩暈がする。
崩れてしまった仮面が、元に戻らない。
振り向けない。
振り向かなくたって、察しの良いコイツにはもうバレているに違いないのだけど。
「…お前」
かけられた声に、ビクリと肩が跳ね上がった。
ああ、今の反応で決定的だな、と、頭のどこか冷静な部分で土方は自嘲する。
背中越しに伝わってくる銀時の戸惑った気配が、痛い。
伏し目に飴の棒先が細かく震えているのが見えて、ぐっと目を瞑った。
自分はなんて弱いのだろう。
つい先程、きちんと告げて振ってもらうべきだったのだと思ったばかりだというのに。
いざ、本当に知られるとなったら…こんなにも、恐ろしいのだ。
指先が震えているのが許せなくて、土方はきつく拳を握った。
細い棒を噛み切りそうなほどに食いしばった歯の隙間から、途切れ途切れに細く息を吐き出す。
もう、観念しなくては。
自分のこの想いを悟った銀時に、完全に拒絶される覚悟を。
気持ち悪いとドン引きされて、今後一切、側に近寄れなくなる覚悟を。
何も知らずに半端な残酷な優しさをもらうよりその方がずっといいと、そう思ったばかりではないか。
土方はようやく吐ききった息を、思い切って大きく吸い込むと。
我ながらひどいことになっているのだろうと容易に想像がつく顔を上げて。
ゆっくりと、振り返った。
どうせなら、完膚なきまでに。
この愚かな想いを叩き潰してくれ。
崩れた仮面を繕いもせずに振り返った土方に、銀時が息を飲んだ。
その音にすら責められているように感じられて、土方は呼吸を詰まらせる。
言葉を発することなどできそうにない。しかしこの状況ならば、銀時には充分すぎるほどに伝わっているはずだから。
だから。
震えの止まらぬ身体を胸中で罵倒しながら、土方はただ黙って、銀時を見詰めた。
「お前…」
「…なんだ」
迷うように開いては閉じられていた銀時の唇が、やっと言葉を紡ぐ。
目を閉じ耳も塞いでしまいたい衝動を必死に耐えて、土方は可能な限り冷静に、その先を促した。
もっともその声は、やはりみっともなく掠れて震えていたのだけど。
たとえどんな言葉を浴びせられようとも、これ以上の醜態は晒すまい、と。
土方は、爪が掌に食い込むほどに拳を握り直して銀時の言葉を待った。
雑草を駆除される準備はできていた。
乱暴に引き抜かれる痛みにも、その後にポッカリと空くであろう穴にも、耐える覚悟はできていたのだ。
しかし。
「…お前、今頃あの薬が効いてきてんのか?」
銀時の台詞は、予想外のもので。
土方は、必死に開けていた瞳を…そっと、閉じた。
(…ああ、そうか)
そういう結論に達したのか。お前は。
この見苦しい雑草は、薬のせいで突然発生したモノに過ぎなくて。
地中深く張った根など、あるはずがないと。
お前が俺に惚れるなど、薬の影響でおかしくなったとしか考えられない…それほどまでに、あり得ない事態だと。
銀時はそう思っている。
もしくは…そう、思いたいのだろう。
土方は、いっそ笑い出したくなって口元を歪めた。
俺の中に確かに根付いて育ってきたこの感情は。
引き抜かれ叩き潰される以前に…その存在さえも、認めてもらえないのだ。
いっそのこと、ここで頷いてしまえばいいんじゃないか、と。
霞みのかかったような脳の片隅で、僅かに残った冷静な部分が訴えた。
今頃薬が効いてきたのか、なんてまるで見当違いな銀時の言葉に、どうやらそうらしい、と頷いて。
テメェらが変な薬を飲ませやがったせいだ、どうしてくれる、と。この想いの責任を、銀時と沖田に擦り付けて。
そうすれば、銀時はこの怖気立つような事態を不幸なアクシデントだと解釈するだろう。
沖田の悪戯心と、それにうっかり乗せられかけてしまった銀時自身が招いた事態だと。
その解釈ならば、土方は純然たる被害者だ。
…そういうことにしてしまえば。
銀時が土方を、心底嫌悪するということは無いかもしれない。
お互いに不幸だなオイと苦笑して、ほとぼりが冷めるまで距離を置くかなんて言って。
穏便に無難に、柔らかめの表現で土方を振って。頭を冷やす時間を与えて。
最終的には、何も無かったことにする、と。そういう話になるのではないだろうか。
…随分と俺に都合の良い話だな、と土方は胸の内で自嘲した。
相手の勘違いに乗じて、責任転嫁して被害者面。
姑息な手段だ。
しかし、この状況ではそれがベストの選択だろう。
…お互いにとって。
そう。銀時にとっても。
不幸なアクシデントだと思っていた方が。地中深く張った根など知らないままでいた方が、精神衛生上良いに違いないのだから。
だから。
ここは肯定するべきなのだと。それは充分に理解していたはずなのに。
なのに、口をついて出た言葉は。
「ふざけんな。あんな薬効くわけねェだろ」
肯定とは真逆の台詞、だった。
それは存在を根本から否定された雑草の、怒りと哀しみの叫びで。
言ってしまった後になって、土方はザッと蒼ざめた。
薬なんかのせいじゃない。
そんなもので、一朝一夕に芽生えた想いではないのだ。
ずっとずっと。否定してもしきれなくて。認めたくないのに認めざるを得なくて。消そうとしても消えなくて。見ないようにしても目に入って。
そうやって俺を苦しめながら、着実に育ってきた想い。
何度早く枯れろと祈っても、何度乱暴に引き抜こうとしても、しぶとく根を張って動かなかったこの厄介な雑草に、知らずにとは言え水をやり続けた張本人が、お前だ。
そのお前が、この雑草の存在自体を否定するのかと。
そう思ったら、勝手に口が動いていた。
…ああ…ダメだ。
土方は閉じた瞼をますます強く瞑って俯いた。
銀時の精神衛生のために、地中深く張った根を知られてはならないと。理性ではそう考えていながら。
その根を丸っきり無視されたという怒りに任せて、衝動的に言葉を吐き出してしまうのだから。
この感情は本当に、利己的で醜悪で…直視するに耐えない。
今すぐにでも逃げ出したくて、でも足が動かずにただその場に俯いていると、呆気にとられたように黙っていた銀時がようやく口を開いた。
「…いや。いやいやお前、自分が今どんな顔してんのか判ってんのか?その顔で薬効いてねェとかあり得ねェだろ」
その台詞に、土方の中の雑草がザワリと葉を揺らした。
マズイ、よせ、という理性の制止も間に合わず、また口が勝手に動く。
「効いてねェよ」
「いや、ちょ、お前、鏡見てみ。絶ッ対効いてっから。認めざるを得ねェ顔してっから」
「効いて、ねェ…っ」
そんなもの、見るまでもない。
泣きそうな面で俯いて全身細かく震えていることなんて、嫌というほど判っている。
それが薬のせいでは無いのだと、そう言っているのに。
「あのなお前、もういっぺん落ち着いて自分の状態を見直してみろ。効いてんだろ?」
…そんなにお前は、薬のせいにしたいのか。
ギリリと。
雑草の根が、土方の心を締め付ける。
もうやめろ、と頭のどこかで頻りに鳴っている警鐘も聞こえないほどに。
「…っ、効いてねェっつってんだろうが!!」
バリンッ
怒鳴って噛み締めた歯が、溶けて一回り小さくなっていた飴を噛み割って派手な音を立てた。
破片が口内を傷付けたらしく、微かに鉄の味を感じる。
ポロ、と飴の棒が口元から零れて地面に落ち、土方は咥える物を失った唇を強く噛み締めた。
銀時は唖然と、地面に落ちた飴の棒と土方の顔を見比べ…やがて、諦めたように溜息を吐いた。
「…わかったよ」
わかってねェよ。と、続く言葉を待ちもせずに、土方は心の中に呟いた。
銀時に判るはずがないのだ。
判るはずもないのだということが、つい先程のやりとりで判ってしまった。
「土方が自分に惚れている」など。銀時にとっては何が何でも認められない、あり得ない事態なのだと。
つまりは、そういうことなのだ。
土方は銀時を睨むように見詰めていた目を再び伏せた。
さあ、もう充分だろう。いい加減諦めろ。
内なる雑草にそう呼びかけて、細く長い息で呼吸を整える。
震える脚を叱咤して踵を返そうとして…ポツリと聞こえた声に、その動きが止まった。
「…つまりお前にとって、俺に惚れるなんてことはどうあっても認めたくねェ事態っつーわけ、か」
後頭部をバリバリと掻きつつ呟かれた銀時のその台詞は。
自分の思考とよく似ているその台詞は、しかし。
「…何だって?」
逆、じゃないのか。
何を言い出すんだコイツは、と、土方は呆然と銀時を見返した。
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3へ続く